第165話 『訳知り』面子は始まりを知る
セシリアとしては、正直言って自分の話題一つで彼が交友の足掛かりを作れるのなら安いものだと思っている。
過去に人の嘘で心に深い傷を負っている彼は、絶対に嘘だけは吹聴したりしない。
その部分は信じているし、そのラインさえ守ってもらえばセシリアとしては問題ないのだ。
常に領地と領民に恥ずかしくない振る舞いをする。
そう決めている彼女だからこそ、過去に行った数々の事実は隠し立てをするような事ではない。
が、それと彼との軽口は別腹というものだ。
「あまりそんな事を言っていると、先日ロック山で発掘されたらしい新鉱物についての性質と考察についての話題を話す相手を失いますよ?」
「君のそういう所がひどく、強かで恐ろしいっていう話なんだけどね」
「まぁ、ひどい言い草ですね」
暗に弱みを握って相手を従わせる事が上手いと指摘され、セシリアはクスリと笑いながら敢えてオーバーリアクションを取る。
その後ろでテレーサが「これ美味しいんです。一口食べてみてくださいな」と笑顔で進め、若干タジタジになったアンジェリーが勧められるままそれを口にしようとしていた。
流石のアンジェリーもどうやらテレーサの完璧な笑顔と有無を言わせぬ雰囲気には、中々反発しにくいらしい。
良い事を知ったなと密かに思っていると、そこに今度は「あぁみんな、どこに居るのかと思ったら」という声が向こうの方から掛けられた。
「いやぁ、誰かいないかと思って探すのに誰一人として居ないから、おかしいなと思っていたんだ。やっぱりみんな固まってたか」
「殿下、何故ここに?」
「何故ってひどいな、せっかく体が開いたから来てみたのに」
セシリアが心底不思議そうに尋ね、アリティーがニコニコ顔で応じている。
「ひどい」などと言いながら全くそう思って無さげに見えるのは、実際にセシリアと話が出来る現状だけで嬉しいからなのか。
だとしたら、階上の王族席での挨拶受けがよほど退屈だったと見える。
「そもそもあの場所からだと階下が一望できちゃうから、終始楽し気なセシリア嬢が丸見えだろう? もう行けないのが悔しいのなんのって」
「きちんと謁見に集中していないと相手に対して失礼でしょう」
「えー? 冷たいなー」
絡みに行くアリティー、あしらうセシリア。
そんな構図でやり取りが繰り広げられる中、戦々恐々としているのは、やはり課題グループ組の一角だ。
「すごいな、セシリア嬢」
「あぁ。元々人を選ばずに話す人っていうイメージはありましたが、まさか殿下に対してあんなぞんざいな……」
「でも殿下も、なんかちょっと楽しそうだし、いい……のかな?」
混乱するロン、ハンツ、トンダの3人に、横からレガシーが「騙されちゃダメだよ、セシリア嬢のアレは通常、相手が許していなかったらあまりに気安過ぎるやつだから」とくぎを刺し、それを聞いたアリティーが上機嫌に「セシリア嬢に対してだけの特別措置だよ」と胸を張る。
しかし、その物言いを聞き逃すセシリアではない。
「殿下。そうやって地味に周りへ『私と殿下は特別仲良し』という心的バイアスを掛けるの、止めてくれません?」
「バレたか」
「バレます」
ペロッと舌を出しているお茶目を装った確信犯に、思わずため息を吐く。
「ところで珍しい顔があるみたいだけど、これは一体どういう集まり?」
アリティーが、目を楽し気に細めながら尋ねてくる。
対して答えたのはクラウンだ。
「いつもの面子にセシリア嬢の貢献課題メンバーが集まった結果です」
「あぁ、なるほど。相変わらずセシリア嬢はいつもみんなの輪の中心だな。しかしならみんな訳知りかな?」
「『訳知り』とは?」
テレーサも気になったのだろう。アリティーに先を急かすように尋ねると、彼はにんまりと笑った。
「セシリア嬢、何かやろうとしているんだろう?」
「何の話です?」
「ほら見ろ、やっぱり。本当に何もない時は、貴女は絶対に『何もありませんよ』と言うからな」
少々ねちっこい執着じみた観察眼を発揮した彼に、セシリアは深いため息を吐いた。
何故って、その予想に誰でもないセシリア自身が納得してしまったからだ。
「……えぇ、公爵家に少し」
観念して今年の社交の大目的を口にすると、反応したのは意外な人物だった。
「公爵家って、アンタ社交界でやるの?!」
声を上げたアンジェリーに、セシリアは振り向いて頷く。
「えぇ勿論。そもそもの理由が社交案件である上に、つい先程本格的に喧嘩を売られたばかりですから。何一つとしておかしなことは無いでしょう?」
セシリアの言葉に、アンジェリーが絶句する。
公爵家に逆らう・敵に回すという事は、貴族界ではそれだけ非常識な事なのだ。
最悪家ごと潰される。
先方に貴族家一つ潰せるほどの力があるのが問題で、家の利の為には躊躇なくそれをやれる人たちだという事もまた問題だから、折り合いが悪い場合も彼らに関わらないようにこそすれど、反撃しようだなんて者など一人も無い。
「一応元王族の一族に牙をむくなんて、セシリア嬢以外には居ない」
「ちょっと殿下、嬉しそうな顔をしないでくれませんか?」
セシリアは別に、アリティーを喜ばせるために事を起こすわけじゃない。
「私はただ純粋に、自分の悪いところを認めず、貴族家の面子などという物の為に謝罪もせず、それどころか圧力による隠蔽工作さえしようとしてきた相手に対して、正当な反抗を行うだけなのですから」
そう言ってニコリと微笑めば、クラウンがまず「本当に素直に謝ってよかった……」と呟いた。
アリティーも「私も、ちゃんとけじめを付けに出向いてよかったよ」と言い、テレーサでさえ「仲直りしておいてよかったです。セシリアさんを敵に回すと怖いですからね」と苦笑する。
これらの言葉が示す騒動は全て、まだ同級生たちが社交というものにまるで興味を示さなかった2年前の出来事だ。
詳しく事の経緯や変化を知っている者は少ない。
故にこれだけの面子に畏怖されるセシリアに、他の者達は皆「一体どんな恐ろしい事が……?」という顔をしている。
この場でセシリア周りの一部始終を完全網羅しているゼルゼンと、話だけは聞いているユン。
そして8割がたをすぐ近くで見ていたレガシーだけは、無言でうんうんと頷いたが、どうやら知らない者達は一体何があったのかを彼等に聞く勇気は無いようだった。
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