第164話 ツンツンアンジェリー



「ちょっとクラウン様。私をこの女の前に呼びつけないで頂きたいんですが」


 この女と言いながらセシリアの方を真っ直ぐ見るのだから、誰を指しているのかは最早明白だ。

 まぁそうでなくとも生憎とここに今『女』と形容できる者自体、セシリアとテレーサしかいないのだから、結局どんな言い方をしてもセシリアを嫌がっての言動である事はすぐに分かるのだが。


「おぉぅ、すまん……。っていうかアンジェリー嬢、一緒に課題をこなして少しは交友を深めたのかと思ったが、そういう所は相変わらずだな」

「深めるべき交友がそもそも微塵も無いのだから仕方が無いでしょう?」


 クラウンの言葉にフンと大きく鼻を鳴らしたアンジェリーに、セシリアは思わずクスリと笑う。


「私はわりと好きですよ? あなたのそういう歯に衣着せぬが過ぎた結果わざわざ嫌われに行くような言葉のチョイス」

「ほら聞きましたか? クラウン様。こんなだから一生仲良くなんて出来ないのよ腹立つわ」

「いや今のはどっちもどっちなんじゃないか?」


 セシリアから言わせると、先にアンジェリーが突っかかってきたのが悪いのである。

 どっちもどっちという評価は、些かアンジェリーびいきが過ぎるというものだ。


 しかしまぁ、私には私の交友関係がある様に、彼には彼の交友があり、どことどう繋がろうが、ソレは個人の自由である。

 彼が何かとアンジェリーの事が気になる理由も何となく察せられているから、私から何かを言う事は無い。


「それで? こんな所にぞろぞろと集まって私に一体何の用なの?」

「いや、特に用事は無いのだが……」


 おそらくクラウンは、フラフラと一人で歩いていたアンジェリーを放っておけなかったのだろう。


 今年、特に冒頭辺りでは、主にセシリアとの一件のせいで悪目立ちも良いところだった。

 その余波がまだ残っているせいで、今まで腰巾着をしていた令嬢たちもどうやら接触に消極的みたいだし、アンジェリーはそんな相手に媚びへつらうくらいなら孤独の方を選ぶだろうから。


「……それじゃぁ私は必要ないわね」

「まぁまぁちょっと待て」


 クルリと踵を返したアンジェリーを、苦笑しながらクラウンが止める。

 ゆっくりと振り返ったアンジェリーの顔にはありありと「大きなお世話」と書いているが、それでもめげないのがクラウンだ。


「軽食を食べて飲み物を飲む間くらいは、ここに居たっていいだろう?」


 どうせ他に行くところも無いんだろうし、とは言わなかったが、流石にそういうニュアンスをはらんでいる事は窺えた。

 おそらくそれは少なからず、アンジェリーにも伝わっただろう。

 片眉を吊り上げて口を開こうとした彼女だったが、乞うような彼の表情に、代わりにため息を吐き出す。


「私なんかを引き留めて、一体貴方に何のメリットがあるのだか……」


 そんな言葉を吐きながらも、結局彼女は一時的にでもここに居座る事を決めたようである。

 セシリアとしても、特段仲良くする意思はなくともだからといって追い出したりするほど子供でもない。

 許可も意義も口にすることなく、ただ無言で彼女の残留を消極的に肯定する。


 そんな私達を見て、ハラハラしていたのは他の子息連中だ。


「課題の時は何だかんだで上手くやってる感じだったし、正直言ってこんな一触即発になるなんて思っていませんでした……何というか、いい意味でも悪い意味でも切り替えがすごい」

「セシリア嬢、普通に話す分にはちゃんと優し気なのに、そっか、喧嘩を売られるとこんな感じになっちゃうのかぁ」

「ねぇ二人とも分かってる? セシリア嬢のこれなんてまだ序の口だからね? 怒ったらもっとすごいから」

「え、マジかよ」


 みんな割と言いたい放題である。貶してはいないが褒めてもいない。

 妙に感心している者と妙に真顔の者がいる中、たった一人苦笑顔になっている訳知り顔のレガシーは、いつの間にか人見知りもせずに周りと話せているようだ。


「レガシー様? そんなにスラスラと達者な言葉が出てくるのなら、他の所でも社交スキルを磨いた方が良いんじゃありません?」


 にこりと笑ってそう告げると、「ヒッ!」という声が上がった。


「そんな恐ろしい事言わないでよ、まだ僕には早いから! 早く過ぎて呼吸が止まっちゃうから」


 想像してみれば、人ごみの中恐怖に呼吸の仕方を忘れて顔を真っ青にして倒れるレガシーの姿が容易に想像できてしまった。

 どうやらちょっと悪戯言葉が過ぎたらしい。


「会話だって、『セシリア嬢』っていうよく知ってる人の話題があるからギリギリ話せるのであって」

「では是非とも、もっと楽し気な会話をする事をお勧めします。楽しくないでしょう? 私の悪口を言ってばかりでは」

「わ、悪口だなんてそんな……」


 と言いながら、目が泳ぎまくっているのだから確信犯だ。


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