第163話 風格と親しみ



 クラスメート同士のそんな会話に思わずクスクスと笑ってしまっていると、今度は横から「あら、大盛況ですね」という声が掛かる。


「同級生の社交コミュニティーの中で唯一楽し気だったので目に留まったのですが、流石はセシリアさん。周りがやはり賑やかしい」

「テレーサ様、それ、褒めています?」

「ふふふっ、もちろん」


 やってきたテレーサを、自然に話の輪に誘う。

 彼女もそれを当然として受け入れたが、セシリアとクラウン以外の面々はカチンと身をこわばらせた。

 

 その事に気が付かない彼女ではない。

 綺麗な笑顔を向けながら「そう緊張しないでくださいね?」と周りに気を遣う。

 が、それでも周りは軟化しない。


「テレーサ嬢ってなんかこう、オーラが常に全開なんだよねー。未だに慣れない……」

「テレーサ嬢を前にすると、反射的に緊張が禁じ得ません。同じ派閥であったとしても」


 レガシーとハンツが顔を見合わせながら互いに苦笑し。


「ほら、僕たちなんて派閥違うし、滅多に話す事なんて無いし」

「本当にレアだよなぁ。今までじゃ考えられなかった」


 トンダとロンが、暗に「緊張しない筈が無い」と後に続く。


 付き合いが始まってもうかれこれ2年になるというのに未だに慣れないレガシーは、レガシーだから仕方がないとして、他の面々にとってもテレーサが緊張の対象になるのは、彼らが揃って子爵家以下の家の子だからなのだろう。

 伯爵家以上は上級貴族と分類され、基本的に侯爵家の子女の友人役は、上級貴族から優先されて、同性で固められる事が常だ。

 セシリアでさえ、派閥は違えど伯爵令嬢。上級貴族の令嬢だからこそ、大人たちも交流を黙認していた節がある。


 そもそも彼らには、テレーサと親しくするレールが用意されていなかったのだ。

 それが急に現れれば驚き緊張する事も、まぁ仕方がない事なのかもしれない。



 そんな彼らの反応に、少しセシリアを揶揄ってやろうと思い立ったのがクラウンだ。


「なぁセシリア嬢、テレーサ嬢には緊張するのにお前にはみんな緊張のカケラも無い事についてはどう思う?」

「そうですね……」


 ニヤリ顔で尋ねてきたクラウンに、セシリアは少し思案しながら面々の顔を見回した。

 セシリアからすればあくまでも、自分は伯爵令嬢で、彼女は侯爵令嬢なのだからそういった差が出るのは最早必然なのではと思うのだが、どうやら彼らはそうじゃないらしい。

 みんなして「ヤベェ」という顔に様変わりする。


 が、至極真面目に考えた結果セシリアが導き出した答えは、おそらくクラウンの期待したモノとは違ったものになったらしい。


「親しみを感じてくださっているのだとしたら、私は嬉しいですよ?」


 この言葉に、クラウンが「へぇ?」を小首を傾げて先を促してくる。

 だからセシリアも先程のお返しだと言わんばかりに、にこりと良い笑顔を浮かべた。


「だってそれって口が軽くなるという事ですもの。威圧は出来ないまでも、色々な角度や立場からの情報が得られるチャンスではあるでしょう?」

「そう来るか」


 苦笑いしたクラウンに、楽し気なテレーサの「流石はセシリアさんですね」という声が被る。

 しかし他の面々は、思わず顔を引きつらせた。


「えー、何ソレ。余計な事、言えないんだけど」


 レガシーの声に、みんながそれぞれ頷いてくる。

 が、どうやらみんな、いまいちセシリアの言葉の真意を理解していないようだ。


「皆さんが何の取り留めも無い会話だと思って話している物の中に、意外と有用な情報があるのですよ」

「えぇー……それってアレじゃん。気を付けても意味ないやつじゃん」

「ふふふふふっ」


 苦いものを間違えた食べたかのような彼の表情に、思わず笑みが零れてしまう。

 すると彼は一層苦い顔になり「やだよ怖いよ」と歯に衣着せぬ物言いをする。


 他の三人は「お前よくセシリア嬢にそんなこと言えるな」とでも言いたげだが、彼は全く動じない。

 打ち解けられないと全く喋らないのに、心を許した途端に饒舌に毒舌気味な口になるのは、もはや彼の常套だ。

 

 

 そんな二人のいつも通りを「またやってるな」と言わんばかりに眺めていたクラウンが、ふとその視線の延長線上にローズピンクの縦巻きロールの髪の令嬢を捉えた。


「アンジェリー嬢!」


 距離は少しある。

 声を上げると振り返った。

 クラウンと目が合ったすぐ後にひどく嫌そうな顔になったのは、セシリアが隣に居たからか。


 貢献課題での協力は、あくまでも同じ目標を見据えていたからだ。

 その枷が無くなってしまった今、彼女たちを繋ぐ物は特に無い。


 あの顔じゃぁ黙礼一つで済まされそうだな、とセシリアは思った。

 しかしおそらくクラウンも、同じように思ったのだろう。

 片手をあげて暗に「来い」と意志を示せば、遠くからでも聞こえてきそうな程の深いため息リアクションの後、こちらに向かって歩いてくる。


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