第162話 集まって来る同級生たち



「クラウン様、と、落ち合えたんですね、レガシー様」

「うん、おかげさまで」

「レガシーのやつ、例に漏れず飲食スペースの端っこで震えてたぞ」


 可哀想なくらい震えていたと、おそらくセシリアとクラウンが勢ぞろいしているお陰でほぼ平常運転に戻っている今を見れば、まるで冗談であるかのように聞こえる事を言ってくる。



 セシリアの向かいでハンツが少し緊張の面持ちになったのは、おそらく『保守派』の家の子息であればほぼ関りの無い目上がこの場に来たからだろう。

 暇と告げるべきかという逡巡があったが、決める前にクラウンがハンツに声を掛ける。


「社交の場面では、ちょっと珍しいツーショットだな?」

「彼は課題で同じグループ、同じセクションでしたので」

「あぁそうだったな。――大変だっただろう、セシリア嬢の隣に居るのは」


 クラウンが話をハンツの方へと向けたお陰で、逃げる道がやんわりと途絶えた。

 この事実を機を逃したと思うか機を得たと思うかはハンツの心次第だが、どうやら後者だったようだ。

 まるで他の場所に行かずに済んだ事に安堵でも覚えたかのような表情を覗かせながら、「ついて行くのは大変でしたが、その分得るものも多かったです」と言葉を返す。


「……まぁセシリア嬢は、良くも悪くも思い切りが良すぎるからたまに度肝を抜かれるが、根は悪い奴ではないからな」

「ちょっとクラウン様、かなり人聞きが悪いですけれど」


 口をツンと尖らせながら異議申し立てを行うと、すぐさま「日頃の行いを悔いるんだな」と言われてしまう。

 何だか納得いかないが、隣でレガシーが深く頷いているので何だかこれ以上言い募るのも不利な気がする。


「例のフリーマーケットだが、結構噂になっているな」


 おそらくハンツも入りやすい話題を、と思ったのだろう。

 クラウンがそう話が切り出す。


 もしかしてクラウンも、今年から大人の社交に参加しているのだろうか。

 基本的に学生は学生だけで社交のような事をして大人の社交の前段もとい訓練をするものだから、もしそうなのだとしたら他の同級生達とは一歩リードしている事になるが。


「社交の為に王都にやってきた両親――とくに父上が、かなりピリついていた」


 深いため息と共に、愚痴じみた声を吐き出した。


 なるほど、彼は『革新派』の家の子、しかもヴォルド公爵とは懇意にしている。

 結果的にフリーマーケットの妨害に失敗した陣営の一人としては、フリーマーケット関連の噂自体、あまり嬉しいものではないのだろう。


「今年はあまりインパクトのある噂話が無いようですからね、相対的に目立つのでしょう」

「いやいや、学生の考えた事が国の施策として引き上げられるなら、それってかなり大事でしょ?」


 呆れたようなレガシーの声に、正直言って少し驚く。


「あらレガシー様、何故その情報をご存じで?」

「クラウン様に聞いたんだよ。っていうかその『僕には情報収集なんて無理でしょう』みたいな顔するの止めてくれない?」

「実際に無理でしょう? 私達が居ないと顔色がマズい事になるようなレガシー様なのですから」

「う……まぁそれは、そうだけど」


 今度は言い勝った。まぁクラウンから貰った言葉をレガシーに返した訳だから、レガシーとしては貰い事故みたいなものだろうけど。


 そんなやり取りをしていると、ハンツの視線が何かを見つけた様に動きを止めた。

 そちらを見れば、ちょうどどうしていいか分からず戸惑っている様子のロンとトンダの二人が居る。

 課題の時から思っていたが、やはり二人は普段からも仲がいいらしい。



 ハンツも一人じゃ心細いだろう。

 そう思って、クラウンに「彼らを呼んでも?」と許可を申し出る。


 家格が下の者は基本的に、社交場では上の者からの声掛けが無いと話に入る事は出来ない。

 この場での最高家格は侯爵家のクラウンだから、一応伺いを立てた形だ。


 セシリアの声でロンとトンダに気が付いたクラウンは、私に答えを返す前に自ら手を上げ二人を呼んだ。

 本来三人は、同じ派閥だ。元々の関わりが少なからずあった事が窺えるようなやり取りで、二人がイソイソとやって来る。


「呼んでいただいて助かりました」

「身の置き所がイマイチよく分からなくて」


 ホッとした様子で口々にお礼を述べた二人は、ハンツの隣へと並んだ。

 するとハンツは大いにそれに頷き返す。


「俺もだよ、セシリア様が声を掛けてくださったお陰で身の寄せ所が見つかって、ちょっとホッとしてた所だ」

「確かに。なんかちょっとホッとする」

「何だろう、本当にホッとする」


 三人して、さっきから「ホッと」「ホッと」と、そればっかり言っている。

 これで会話がちゃんと成立しているのかは些か疑わしいものの、どうやら心は強固に結束している様なので、良いのだろう。


 と、ロンがセシリアの後ろに控えるクラスメートの存在に気が付いた。


「あれ、ユンじゃないか」

「――ホッとされたようで何よりです、ロン様」


 話を振られ、ほんの一瞬のタイムラグの後にユンは畏まった言葉を返した。

 おそらく教室では、ロン相手でもここまで畏まってはいないのだろう。

 怪訝な表情になって彼が聞いてくる。


「どうしたユン、腹でも壊したか」

「ロン様、ここは社交場で私はセシリア様の護衛騎士です。貴族の方に相応の礼を示す事は、すなわち主人であるセシリア様の評価を下げない為に必要な配慮だと愚考いたします」


 スラスラと出てきた言葉たちは、おそらくそっくりそのまま誰かの受け売りだろう。

 丸暗記したからこそのぎこちなさが垣間見える返答だが、内容自体は及第点だ。

 ロンも納得し、「あぁそうだった」と独り言ちたが、その表情が豆鉄砲でも食らったかのような何とも言えない表情だったのがちょっと可笑しい。


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