自分と他人の境界線は酷くあいまいなのだと気づかされる物語

 相手の瞳を見つめると、過去や未来が視えると言ってやってきた須見と言う男。
 精神病症状が疑われる彼に、鞠内(まりうち)心療内科クリニックの院長である喬之介(きょうのすけ)は箱庭療法を提案する。
 箱庭療法とは、小さな空間に心の赴くままにオブジェを配置していくことによって、己の中の声と向き合う心理療法の一つ。
 
 須見が形作る箱庭を読み解くうちに、喬之介の心にも思いがけない声が響き始める。小さなきっかけは、やがて大きな違和感を生み、その謎を追い求めていくことになるのだ。

 互いにシンクロし合う患者と医師の様子は、現実の社会でも大なり小なり私たちの身の上に起こっていることです。誰かの言動によって、過去の出来事を思い出したり、未来予想図が変化したり、心の奥深くが変容したり。
 
 他人と自分。別の個体であるとわかっていても、精神の深いところでは繋がり影響を与え合っていることを思い出させてくれると共に、それがもたらすものは、決して明るい感情ばかりでなく、己の頭が隠蔽していた暗い感情さえも白日の下にさらされてしまう恐怖が、じわじわと迫ってくる物語です。

 作者様が真摯に向き合って紡がれた骨太な物語。
 みなさんも堪能してみてください。お勧めです!