最終話 傘を並べて



 次の登校日はふたたびの雨だった。


 三日間の晴れのうちに水は引き、街の人達は大急ぎで瓦礫がれきや泥を片付けていった。

 しかし梅雨は終わってはいない。大荒れにはならないようだが、今日は一日雨の予報だ。


 学校は浸水しなかったが、浸水地区に近いのと生徒の安全を考慮して、三日間休みになっていた。あまり他の例を知らないが短い方だと思う。私学のため避難場所にもなっていないし、勉強の遅れを気にしているのだろう。この地区かどうあれ、全国の受験スケジュールは変わらない。


 どんよりと灰色の空の下、海沿いの広い道をバスは進んでいく。バスの窓にぱらぱらと雨が打ち付ける。雨の勢いは弱めで、風はなく、泥でにごった暗褐色かっしょくの海はいでいる。

 

 僕は学校入り口から一つ前のバス停で降りるため、ボタンを押した。あと15分ほどまっすぐ歩けば着く道を、一緒に行く約束をしていたからだ。バスが止まり、ドアが開く。


「おはよう、マサキ」


 真新しい制服に身を包み、スカイブルーの傘を差した迫水先輩が待っていた。


 この色は僕が選んだ。僕らは二人とも、流されたり落としたりで傘をダメにしていたので、一緒に買いに行ったのだ。

 紳士傘売り場には黒の地味なものが並ぶ中、端のほうで目を引いたスカイブルーの傘。先輩に似合うと思ったが、正解だった。

 こうして灰色の景色の中にあざやかな空色かあると、やはり綺麗だ。


 僕もバスを降り、傘を開く。こっちは先輩が選んでくれた、濃く鮮やかな青、コバルトブルーの傘だ。


「おはようございます」

「傘、明るい青にして良かった。マサキらしい爽やかだけど落ち着いてる感じ」


 向こうも同じ気持ちだったらしい。


「避難所はどうですか?」

「みんな助け合って頑張ってるよ。お年寄りが多いから、力仕事はオレが」

「また差し入れ持っていきますね」

「ありがとう。でもそろそろ、センターの避難所は終わりらしい。街の方は無事だしな。オレも土日は新しい部屋を探さないと」

「ペット可で条件良い所が空いてるといいですね。僕も手伝います」


 生活の再建は想像よりずっと早いスピードで進んでいく。人間は慣れた所に居続けようとするもので、日常へ引き戻す力は強い。

 ただその強さも、まだ最初の一回目だからかもしれない。治水を進めるにしても、間に合わない時期に洪水はまた起こってしまう。


 その時、大きなエンジン音が近づいてきた。念のため車道側から遠ざかる。すると八淵川のほうから、瓦礫を載せた大型のダンプカーが、僕らの横を通り過ぎていった。

 

 先のことは分からない。でも、もしかしたら、この地では洪水に悩まされる事や、やれやれと後始末する事すら、慣れた光景になっていくのかもしれない。


 さて、続きの話は歩きながらしよう。僕は道路から先輩へと視線を戻す。

 

 傘をさす先輩を見て、ふと気がついた。

 

「そういえば、雨の日にちゃんと一緒に歩くのは初めてですね」

「たしかに、雨だと外にも出なかったから……」


 迫水先輩は上を見た。雲の灰色ではなく、傘の空色を見て、彼は微笑んだ。

 

「でも、いい傘があるから、出かけるのも楽しみになるかな」

「そうですね」 


 男にしては明るい青の傘が二つ、雨の通学路を歩き出す。 

 これからも雨の日はこうして傘を並べて、僕らは歩いていくんだろう。




 



 〈完〉







─────


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

彼らが共に未来へ向かうまで、物語を書き切れたのは、見守ってくださった皆様のおかげです。


コメント、レビュー、星評価、いつも心の支えになりました。完結後もぜひお待ちしております。


小説を書き、キャラクターの人生を紡ぐ楽しさが分かってきました。これからも精進していきます。

それでは、次回作でお会いできることを祈って、物語の幕を閉じさせていただきます。







 




 

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 血管都市の倫理問題 なごち @nagochi01

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