後編

 例えばこれが恋愛シミュレーションゲームだったなら、白薔薇美雪という女の子は相当攻略の難しいキャラクターなのだろう。なんなら隠しキャラと言ってもおかしくないのかも知れない。


 だって、どう考えても意味がわからないのだ。


 ──タイムリープだなんて。


 最初はとにかく混乱した。

 自分だって感情が色として見えるという能力があるが、それとはまた種類が違いすぎる。時間を移動したという事実さえも、理解するのに時間がかかったものだ。

 これは白薔薇美雪が影響しているタイムリープだ──と理解できたのは、三回ほど一週間を繰り返した辺りだったと思う。


 今日は、十回目の始業式の日。

 普通だったら六月に入っているはずなのに、琉生はまた四月六日を生きている。満開の桜も、高校に入学したばかりのピリピリとした空気も、琉生は何度も繰り返し見つめていた。


「初めまして、白薔薇さん」


 始業式が終わると、琉生はすぐに白薔薇さんの元へ向かった。

 躊躇ためらいなくあいさつをする琉生をじっと見つめてから、白薔薇さんは口を開く。


「染山くん、だっけ。……何か用?」


 聞き慣れた声色に、一言一句変わらない初対面のセリフ。

 最初は声をかけるだけで緊張していたが、今はそういう訳にはいかない。何せ一週間しかないのだ。たった一週間で、白薔薇さんの心を動かさなくてはいけない。

 悩んでいる時間なんて琉生にはなかった。


「君がこんなにも白い理由が、気になって仕方がないんだ」


 琉生はきっぱりと言い放つ。

 何を馬鹿正直に、と最初の頃の琉生は思っていた。でも、これは決して間違った選択肢ではない。


「それって……」

「ちょっと変なこと言うんだけどさ。俺……人の感情が色で見えるんだよ。それで、白薔薇さんだけがずっと白かった。だから気になったんだ」


 また「下着の色云々うんぬん」と言われる前に、琉生はますます正直な言葉を口にする。

 これは家族にさえ伝えていない秘密だった。信じてもらえるかなんてわからないし、だいたい頭のおかしいやつだと思われるかも知れない。


 だから――本当は、言うのすら怖いことだった。


 でも、彼女の秘密を知りたいのなら、自分の秘密も打ち明けなればいけない。

 先へ進みたいのならそこからだ、と琉生は思った。

 最早これは、賭けというやつかも知れない。


「…………からかっているようには、見えない」


 長い沈黙のあと、白薔薇さんはか細い声を漏らす。

 揺れる瞳は、何かを求めるようにこちらを見つめていた。


「だって、私……本当に頭の中が真っ白だから。何もないから。……染山くんが言ってること、間違ってないから」


 震えを帯びた、弱々しい声。

 だけどその声は、確かに琉生の耳に届いた。


 さっきから鼓動がうるさい。

 何度も繰り返された一週間の中で、ここまで大きく『何かが動いた』と感じたのは初めてのことだった。

 自分の能力を告白すること。そのハードルは酷く高いものだと思っていたけれど、今はまったく逆の感情に包まれている。


「ありがとう」


 思わず感謝の言葉を口にすると、白薔薇さんは「どうして?」と言わんばかりに首を傾げた。


「きっと、物凄く言いづらいことだったと思うから。……だから、話してくれてありがとう」

「…………それは、あなたも同じでしょ」


 ぼそりと呟かれた言葉に、琉生は思わず苦笑を浮かべる。

 確かに言いづらいことではあった。ループする中で「告白しよう」という発想にならなかったくらいには、目を逸らしていた部分ではある。

 でも、琉生は気付いてしまったのだ。

 今までずっと、一人で抱え込んでしまっていたのだと。


「もしかしたら、俺は……誰かに打ち明けたかったのかも知れない」


 溢れる感情を抑えられなくて、琉生はまた本音を零す。

 正直、やばいと思った。だって、今の白薔薇さんにとっては初対面の男に訳のわからない告白をされているのだ。

 なのに彼女は、必死にこちらを見つめてくれている。

 話を聞いてくれている。

 向き合ってくれている。


 それが、嬉しくて仕方がない。


「ねぇ、染山くん」

「……悪い、さっきから変だよな」

「そうじゃ、なくて。…………私、人と接するのが苦手なの。家族とすらあまり会話をしなくて、友達も作ろうとしなくて……ずっと、逃げてきた」


 はっきりとした口調で言いながら、白薔薇さんはまっすぐな視線を逸らさない。

 ――その瞬間、琉生ははっと目を剥く。

 視線は、白薔薇さん自身というよりも、頭上を見つめていた。


「染山くん。あなたと一緒なら……こんな私も、変われるのかも知れない。…………だから」


 少しの躊躇いのあと、白薔薇さんは一歩、また一歩と琉生に近付く。

 やがて、恐る恐るといった様子で琉生の両手を握り締めてきた。


「お願いします。……私に色を教えてください」


 その声に。瞳に。手に込められた力に。

 琉生の心はぐわんぐわんに揺すられる。

 あぁそっか、この瞬間を待っていたんだ、と。

 当たり前のように感じてしまう自分が馬鹿みたいだった。……いや、実際に馬鹿なのだろう。胸の高鳴りが止まらない。


 だって――白薔薇さんの色は今、黄色に染まっているのだから。


「白薔薇さん。今、君の色が黄色になってるって言ったら……信じる?」

「…………逆に、こんなにもドキドキしているのに真っ白だったら、私はきっと頭を抱えることしかできないと思う」

「それもそうだな」


 琉生が笑うと、白薔薇さんも控えめながら笑みを返す。

 黄色はあまり見かけたことがない色だった。でも、琉生にはなんとなくわかる。

 これは、希望に向かって手を伸ばしているような、前向きな色だ。


「……そういうことだから。よろしくね、染山くん」

「あぁ、こちらこそ」

「私、結構面倒臭い女だから。苦労かけると思うけど、頑張ってね」


 言いながら、白薔薇さんは真顔のままウインクを放ってみせる。とてもシュールだが、それ以上に「面倒臭い女」発言に吹き出しそうになってしまった。

 何度も同じ一週間を繰り返されたのだ。これほどまでに面倒臭さを体現する出来事もないだろう。


 まぁ、その面倒臭さも琉生にとっては楽しいと思っていたのは内緒の話である。



 ***



 それから一週間が経過した。

 四月十二日。放課後になって白薔薇さんと別れると、必ずタイムリープが発生してしまう日。

 でも、それだけではない。


「私、実は今日が誕生日なの。……美雪なのに春生まれなの。おかしいでしょ」


 放課後になって初めて打ち明けられた真実。

 スクールバッグを肩にかけて、今にも教室を出そうなのに――瞳は何かを期待しているようにこちらを向いている。


「えー……っと。ケーキ……でも、食べに行くか?」

「……っ!」


 白薔薇さんが目を見開く。

 琉生もまさかこんな展開になるとは思っていなかった。一緒に下校すればミッションコンプリート、くらいに思っていたのだ。

 でも、白薔薇さんの思惑はもっと別のところにあったらしい。


「友達と一緒に誕生日を過ごすの……夢、だったから」

「……一応異性だからデートってことにもなるんだけど、大丈夫か?」

「…………」


 白薔薇さんが無言でこちらを見つめてくる。

 余計なことを言っただろうかと思ったが、何やら様子がおかしい。


 俯く白薔薇さんの頬がうっすらと朱色に染まっていく。

 と、同時に。

 ――白いオーラの中にも、淡い朱色が紛れ込んでいた。


「それも、してみたいって思ってた……から」

「そう、なのか」


 返事をするのがやっとで、まともに白薔薇さんの顔が見られなくなる。


「じゃあ、その……まぁ、行こうか」


 琉生には、自分のオーラを見ることができない。

 でも、きっと同じような朱色に染まっているんだろうな、と思った。



                                     了

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白薔薇さんは染まりたい 傘木咲華 @kasakki_

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