白薔薇さんは染まりたい
傘木咲華
前編
――眩しい。
それが、彼女──
純白のロングヘアーに、水色のセーラー服の上に羽織った白いカーディガン。スカートから伸びる華奢な脚は白タイツに包まれている。
そして何より気になるのは、彼女が白いオーラを放っているということだ。
(……どういうことなんだ)
驚きながらも、彼──
どういうことなんだ、は自分に対しても言えてしまう話なのだ。
人の感情が色として見えてしまう。
それが琉生にとっての幼い頃からの当たり前だった。中学生の頃は「これはもしかして中二病ってやつなのか」と思っていたのだが、こうして高校生になっても卒業できずにいる。
教室を見渡してみると、様々な色に溢れていた。
今日は四月六日。桜が咲き誇る始業式の日。新しい環境による不安からか、隣の席の女子生徒は青いオーラが漏れ出ている。中学から一緒らしい男子生徒二人は、リラックスしているような緑の光に包まれていた。
でも、彼女だけは白い。
まるで心の中まで真っ白だと言わんばかりに、眩しくて仕方がなかった。
「あ、の……。白薔薇さん」
しかしながら、残念なことに琉生はコミュ障である。
高校に入ったばかりで友達ができるかさえ不安な中、異性のクラスメイトに声をかける勇気などなかった。
「染山くん、だっけ。……何か用?」
ようやく会話ができたのは、始業式から三日が経った放課後のこと。
スクールバッグを肩にかけて、そそくさと教室を出ようとする白薔薇さんを何とか呼び止める。
目が合うと、琉生は思わず背筋をピンと伸ばした。
「その……ずっと、気になってて」
上手く言葉がまとまらないまま、琉生は口を開く。
すると、白薔薇さんは戸惑うように「えっ」と漏らした。いつも冷静そうに見える白薔薇さんの意外な反応に、琉生も心の中で「……えっ?」と思う。
放つオーラも相変わらず白いままで、琉生はますます困惑してしまった。
「…………私のことが?」
「は、はい。教室で初めて見た時から、ずっと」
「それって、一目惚れ?」
「……っ!」
じっと琉生を見つめながら、コテンと小首を傾げる白薔薇さん。
その瞬間、琉生の心に衝撃が走った。
愛らしく首を捻る白薔薇さんが可愛いから、というのが一ミリもない訳ではない。でも、そうではないのだ。自分のやらかしにようやく気付き、琉生は自分の顔が赤くなるのを感じる。
「い、いやっ、その……。そういうことじゃなくて、白薔薇さんは何でそんなに白いのかなって」
そして――焦った挙句に馬鹿正直な言葉を口にしてしまった。
心の中で「俺の馬鹿ぁ……!」と叫ぶ。しかし叫んでみたところで状況が変わる訳もなく、どうしようもない沈黙が流れるだけだった。
「……あぁ、そういう」
と、思ったら。
何故か彼女は納得したように呟いた。
「変態」
「……はい?」
「気になってるって。…………下着の色も白いのか気になってるってことでしょ」
「いやいやいやいや」
突拍子もない白薔薇さんの発言に、琉生は透かさず手をブンブンと振る。
いったいこの子は何を言っているのだろう。表情も声のトーンも白いオーラもまったく変わらないまま、とんでもない発言をしている。
なのにも
「ごめん。悪かった。確かにいきなり変なことを訊いてしまったとは思ってる。ホントにごめん。だから許してくれ」
何はともあれ、初めて会話をする女の子に「変態」と言われてしまった事実は変わらない。必死すぎて引かれる可能性はあるが、早口で謝りながら頭を下げまくってしまった。それに、ほとんど初対面で容姿のことに触れてしまったのだ。そういう意味でも怒るのは無理もないだろう。
「……私の方こそ、ごめんなさい」
すると、何故か白薔薇さんまで頭を下げてきた。
唖然とする琉生に、無言で見つめ返してくる白薔薇さん。微妙な空気が流れ、琉生は「どうしたものか」と思う。
しかし、意を決して口を開いたのは白薔薇さんだった。
「私、冗談を言うのは初めてだったから」
ぶれない琥珀色の瞳を向けながら、白薔薇さんは少し──ほんの少しだけ、声を弾ませる。
「ちょっとだけ、楽しかった」
言いながらも、相変わらずオーラは白いまま……という訳ではなかった。
確かに見えたのだ。見間違いでも何でもなく、白の中に微かなオレンジ色が混ざるのを。
オレンジ色は、楽しいとか嬉しいとか、そういうポジティブな感情の時に見える色だ。
「…………っ!」
琉生は思わず息を呑む。
初めて見えた白薔薇さんの感情。それが、琉生には嬉しくてたまらなかった。
「……染山くん?」
「あぁ、ごめん。まさか白薔薇さんが冗談を言うとは思わなかったから、ちょっとビックリして」
また首を傾げる白薔薇さんに、琉生は慌てて言い訳を口にする。意図せず声色は高くなってしまった。
だって、仕方がないではないか。
白薔薇さんのことは、あまりにも浮世離れした存在だと思っていた。でも、そうじゃない。きっと、人より感情の振れ幅が小さいだけなのだろうと思う。少なくとも、「どういうことなんだ」という気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。
むしろ、彼女のことを知りたくて仕方がなくなっている。
「あのさ、白薔薇さん」
「……何?」
「また、今日みたいに声をかけても良いかな」
その言葉は、意外と簡単に口から零れ落ちた。
一瞬だけ間があったあと、白薔薇さんは小さく頷く。
こうして、二人の不思議が関係が始まる。
しかし、琉生はまだ気付いていなかった。
始業式から三日が経って初めて会話をして、少しだけ距離が縮まる。
――そのペースでは、あまりにも遅すぎるということに。
***
それから毎日、休み時間や放課後に白薔薇さんと会話をするようになった。と言っても、琉生が一方的に質問をする形だ。
白薔薇さんについてわかったことは、超が付くほどのインドア派ということだった。
兄弟はいなくて、両親も共働き。一人で過ごすことが多い白薔薇さんの趣味は読書と映画鑑賞で、好きなジャンルはミステリーとホラーだという。どうやら、それ以外をまったく観たり読んだりしないほどに偏った趣味をしているらしい。
それから──。
琉生がコミュ障であるように、白薔薇さんもまた、人とコミュニケーションを取るのが極端に苦手なのだという。
小学生の頃までは頑張っていたのだが、中学生になってそれをやめたら楽になってしまったらしい。
余計な感情を使わない方が楽だ。
さも当然のように言い放つ白薔薇さんに、琉生は「あぁ、なるほど」と納得した。でも、同時に寂しさも感じてしまう。
「染山くん。…………また明日」
始業式から一週間が経っても、琉生と白薔薇さんの関係性は変わらない。
果たして今の白薔薇さんは無理をして会話してくれているのか、それとも変わりたいと思っているのか。表情もオーラも変わらない白薔薇さんからは読み取ることができない。
(……まぁ、まだまだ時間はあるしな)
焦らなくても、少しずつで良い。
琉生はそう思い、いつも通り白薔薇さんに手を振った。
遠慮がちに手を振り返す白薔薇さんは、そのまま教室を出ていく。
──その瞬間。
(…………えっ?)
ぐにゃり、と視界が歪んだ気がした。
いや、気がしたどころの問題ではない。頭がぐるぐると渦を巻き、まともに立っていられなくなる。
やがて琉生は──その場に倒れ込んでしまった。
***
いったい、何が起こったのだろう。
目が覚めると、琉生は自分の席に座っていた。クラスメイトもほとんど席についているし、さっきまで茜色だったはずの空も明るい。別れたはずの白薔薇さんの姿も確かにあった。
一瞬、琉生は「朝に戻っている……?」と思った。しかし、驚くのはまだ早い。
黒板に目を移すと更に驚愕する文字が書かれていた。
四月六日。
つまりは──始業式の日だった。
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