第6話

「それ以降の俺はお前の知ってる通りだ。そして今年、十七年越しに俺達は再会した」

 父はそこで一区切り付け、静かに息をついた。

 父が大人に——男になったと実感した体験。父はあの風間先生とは確かに違う。それを劣等感とは違う形で、明白にしたおかげで父は闇から救われたというのか。

 いずれ僕にも分かるのだろうか。本当にそんなことをして僕は正常でいられるのだろうか。

 父の告白を聞く限り、今まで僕の知っていた父は果たして何なのだろうかと疑問に思わざるを得ない。これまで通りの父が虚像だったのではないか。僕は父のことを何一つ知っていないのではないか。

 しかしまだ重要な点が残っている。そう、今年の四月半ばに発見されたそれの真実。

「どうして、白骨死体は? あれは一体誰が?」

「あれは俺がやったことだ。俺しか死体の在り処は知らないからな。他のやつにはやりようがない」

 やはりそうか。

「何で……。何で風間先生のお兄さんの死体を今更……」

 僕の声はうわずっていた。父に確かな恐怖を抱いていたのだ。

「あいつと今の学校で再会した時、思ったんだ。つばさ——お前に手を出させる訳にはいかない。学校関係者のほぼ全員がお前が俺の息子だってことは知ってるはずだ。もちろんあいつもだ。もしあいつが俺を恨んでいて、その矛先がお前に向くなんてことは避けたいからな。再会から間もなく電話で伝えた。

『三十年前の新聞記事を覚えてるか? 兄貴に早く帰って来て欲しいって。第一高校の体育館倉庫に行け。お前の兄貴と合わせてやる』

 果たしてこれが警告の意味を成したのかは分からんがな」

「三十年経っても死体の場所を覚えてたんだね」

「久々の肉体労働で疲れたよ。なんせ三十年振りだからな。見事な骸骨になっていた。最も今回は埋めるじゃなく、掘るだったが」

 父は少し笑っていた。穏やかな笑顔だった。

「何で体育館倉庫だったの?」

「高校三年の時、卒業式の準備を手伝ってる時に見たんだ。体育館倉庫で壁にチョークで何かを書いている陽子をな。『ごめんなさい』って書いてあった。当時は襲われた方が謝るなんておかしいと思ってたが、風間の告白を信じれば、確かに謝罪の言葉を書きたくもなるかもな。

 その後、もう一度見に行くと消えていた。風間か、それとも陽子自ら消したか。案外、悪戯書きと思った教師が消したのかもしんないな。趣味が悪いと思うだろうが、陽子の密かな懺悔の場所に置いてやろうと思ったんだ。供養になんて、なりはしないだろうがな」

「風間先生はそこで白骨死体を見つけた。そして通報したんだね。匿名で」

「ああ多分な。その時が風間とお兄さんとの三十年振りの再会であり、初めて俺のしたことを確認した瞬間だったろう」

「風間先生は本当に僕に何もしないかな」

 臆病と思われても構わないから、聞きたかった。これは率直な懸念だった。

「大丈夫だ。今回のことでお前をどうこうするどころじゃないだろうしな。あいつも残りの教員生活は穏便に過ごしたいだろうし。だがあいつの嫁には気を付けろ。陽子は人を殺したことがある」

 なんて不謹慎な冗談だろう。父がそんなことを言うとは。

 ふと僕は学校での噂を思い出した。

 旧第一高校の校舎で目撃された人影。それは白骨死体を置きに行った父、そしてそれを見に行った風間先生なのではないか。

 しかし、幽霊の目撃例は二度だけではないはずだ。誰かが幽霊を見た気がするだけの勘違いかもしれない。先入観でそんなものはいくらでも見ることが出来る。

 だがしかしだ。もし、本当に幽霊が——闇の少年が廃校の校舎内を彷徨っているとしたら、それは風間聡太の幽霊なのだろうか。

 真実を知った今、僕には異なるイメージもまた浮かんだ。

 それは父だ。

 いや、かつての父だ。

 劣等感に苛まれながら、歪な形で精一杯愛を捧げた哀れな闇の少年だ。

 今一度父の顔を見る。闇の少年の面影は感じられない。僕の知っている父、橘良介だ。

 罪と引き換えに、闇との決別を果たし、迷いや怯え、劣等感などあらゆる負のしがらみから解放された男がそこにはいた。

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闇の少年 カフェオレ @cafe443

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