1章『消失する鈴原あゆ』第6話
ヒーローショーが終わって。
遊園地内の木陰に位置したベンチで、人質になった為に貰った戦隊の人形(全種)×2セットとその他戦隊のサイン入りタオルだとか色々なグッズが入った袋をぶら下げながら、『私』は涼んでいた。
本来なら戦隊の人形は1セットしか貰えないのだが、本番で『私』をステージに無理矢理上げたり、『私』の腕をを中々放さかったり、押して転ばせたり、と人の闇が行った事柄全般について偉い人みたいなのが何人かで頭を下げにきた。
その時にサイン入りグッズいっぱいと戦隊の人形をもう1セットをお詫びに、と貰った。
『私』としてはもう済んでしまった事は仕方ないし、人の闇の行為にも悪意を感じたけど、この人達が悪いわけではないとわかっていたし、実際『私』は戦隊には全く興味がないしグッズとか貰っても別に嬉しくないから、別にいい気にしてないそれもいらないよ、との旨を伝えようとした瞬間。
あゆぽんが『私』を見つめているのに気がついて。
『いらないなら、貰って、それを私にちょうだい』と懇願する瞳に見つめられて。
とりあえずグッズ達を貰って今に至る。
「遅いなぁ……あゆぽん」
あゆぽんは少し前に、『ごめん!!彩音っちのポップコーン全部食べちゃったから新しいの買ってくる』と言って買いにいっちゃった。
まぁ、この辺りにポップコーン売り場はないみたいだし少し遠くまで行ってるのかな……なんて俯きながら思考を巡らせた時。
すたすた、とこちらに向かってくる足音がして。
完璧にあゆぽんだと確信してしまった『私』は
「おかえり、あゆぽん」
と言って顔を上げる。
けれども。
「ごめんね四宮さん。私は鈴原さんじゃないんだ」
そこに居たのはあゆぽんじゃなくて。
「……堀さん?」
堀さんが『私』の目の前に立っていた。
堀迷彩(ホリメイサ)。
目の前にいる彼女の名前だ。
事実として、『私』は彼女のことを全くもって知らない。
いや、知らないと言ってしまえば嘘になってしまうけど、ただのクラスメイトであってそれ以上でもそれ以下でもない。
名前しか知らないし話したことも一度もない。
なにかと彼女はあゆぽんと関わる機会が他の子に比べて多いから『私』の記憶には残っているだけで、実際のところ、堀さんにこうやって話し掛けられる接点もなければ縁もない。
「隣、座ってもいいかな?」
訝しげな視線で堀さんを睨んでると、堀さんはベンチの隣のスペースを指差しながら愛想よく呟いた。
長居するつもりなのか……。
心の内で軽くため息を着く。
あゆぽんと仲良く接することが出来ていて忘れがちだけど、元々『私』には女の子としての対人スキルはあまりない。
元々が『四宮彩徒』の人格として構成されてる『私』であるが故に起こる所以であるが、しかし、最近は『四宮彩音』に侵食されて来ていることは自分でも認識している。
と、言っても、侵食された所で元々『四宮彩音』にも対人スキルは無かったようで。
結果として、『私』は『私』を求めてくれているあゆぽんとしか仲良くなれないのだ。
「どうぞ……」
「ありがと、四宮さん」
はっきりと言って、堀さんに隣に座られることには気分は乗らない。
堀さんが嫌いなわけでは断じてないのだけれど、かといって、目的不明な堀さんと何を話せばいいのか……何かを話さなければならないのだろうか……わからない。
「四宮さんってさ……」
葉っぱと葉っぱの間から漏れ出る木漏れ日を右手で隠しながら、隣に座った堀さんは唐突に呟いた。
「暗いよね」
「……ケンカ売りにきたの?」
カチンときた。
確かに、『私』は自他共に認めるくらいクラス内での立場は暗いし、誰にでも優しい筈のテンプレートあゆぽんにすら無視されてる始末だけれど、でも、だからと言って直球にそれを言われるのは嫌だ。
「冗談だよ、四宮さん。そんなに怒らないでよ」
あはは、と笑いながらに言う堀さん。
「まずは、お疲れ様。さっきの」
「さっきの……?」
「ステージ上がってたよね。かっこよかったよ」
そういえば、堀さんをステージ上段から見つけたのだった。
……かっこよかった、と言われたところでバカにされてるとしか思えないのは『私』の勘違いじゃないよね?
「四宮さん転んだときパンツ見えるかもって思ったのにさ。下に短パン穿いてるなんてがっかりって顔してたよ周りの男達」
「それは、あゆぽ……鈴原さ……あ……鈴……」
それはあゆぽんに言われた通りに下に短パン穿いておいて正解だった、と言おうとして言葉に詰まった。
あゆぽん、という呼称はニックネームであって堀さんに言って通じるのだろうか、と一瞬考えて鈴原さんと言おうとしてそれはなんかやだな、って考えてあゆと言おうとしてそれはなんか恥ずかしいなと、思考がくるくる回ってしまった。
……あゆぽん以外の事務的な会話以外の第3者との会話はすっごい久しぶりだ……あゆぽんの呼称でこんなに混乱するなんて。
「それなんだけどさ、四宮さん」
そんな混乱している『私』に対して堀さんは黒い笑みを浮かべながらに呟いた。
黒い笑み……なんというか、鬼の首を取った、みたいな笑み。
「鈴原さんってさ、四宮さんのこと彩音っちって呼んでるよね?四宮さんも鈴原さんのことあだ名で呼んでるっぽいし」
「そうだけど……それがなに?」
「2人ってさ。私が見る限り学校で全然接点ないし、むしろ鈴原さんって四宮さん嫌ってるような雰囲気だったんだけど……」
……なにそれ。
なにそれ、なにそれ、なにそれ、なにそれ。
テンプレートあゆぽんに『私』はそんなに嫌われてるの?なにそれ、すごいショックなんだけど。
そんな『私』の表に出さずに悲痛に暮れる心の内を知るよしもない堀さんは言葉を続ける。
「2人が中学からの知り合いって言う線も考えたけど、それにしてはあそこまで鈴原さんが四宮さんを邪険にする筈もないし、あれはやり過ぎだし……」
邪険って、やり過ぎって、……テンプレートあゆぽんと『私』の間に何が起こってるように修正されてるのか知りたいことも山ほど出来てしまっているけれど。
けれど、ここで堀さんの真意に関係のないことで話の腰を折る程『私』もバカではない。
堀さんが話しているのは修正された世界で起きた事実であって、真に重要なのは、堀さんの本意、接点の全くない『私』に話しかけてでも『私』に問いただしたいこと。
「……堀さんは何が言いたいの?」
「四宮さん達なんかおかしくない?……異常だよ」
続けて堀さんは『私』に言葉を繋げる。
「なんかあるよね?2人の間に。常識では計り知れない、常識じゃあ起こり得ない秘密。……私はそれが知りたいんだけど」
堀迷彩----彼女は『私』とあゆぽんを異常だと言った、確かに、『私』とあゆぽんはこの世界、常識で当てはめるのならば、異常で異質。
「……何を言っているの?堀さん……」
同時に、『私』にとって堀さんもまた異常で異質に見えた。
当然、彼女はあゆぽんの世界修正の特性を知るよしもない。
けれども彼女は、普段の『私』とテンプレートあゆぽんとの関係性と今の『私』とあゆぽんの関係性との違和感を見破って、真相に近い場所までたどり着く。
随分と浅い真相だけれども、別段間違ってはないのだ。
本来ならたどり着くことすらない領域まで堀さんは近づこうとしているのだ、十分及第点だ。
「何を言ってるかって……それは四宮さんが知ってるんじゃないかな?」
「……『私』にはわからない。堀さんが何を聞きたいのか……あんまり電波なことは……その、よした方がいいよ?」
けれども。
まだ足りない、全然足りない。
そして、どんなことよりも『私』はあゆぽんを悲しませることだけは何としてでも避けないといけない。
仮に、堀さんに言われた通りに真相を---あゆぽんの世界修正の特性を話したとして、必ず堀さんはあゆぽんにも話しかけるだろう。
話し掛けられたあゆぽんは『私』以外にも友達になれる人が増えるかもしれない……そう考える筈だ。
あくまで、堀さんは今日この時たまたま偶然、『私』とあゆぽんの違和感に気づいただけで、彼女は明日には修正されているだろうから、堀さんは『私』のようにあゆぽんの側にいられない。
堀さんにはまだ真相を知る資格も値もない。
……あゆぽんの友達は『私』だけでいい、あゆぽんにぬか喜びをさせて悲しませたくはない。
「……あくまでもしらばっくれるんだね?四宮さん」
「何を言ってるのかわからない、そう言ってる……」
「ねぇ、四宮さん。お願いだから教えてくれないかな?2人は明らかに異常なんだ。もし、仮に、2人は本当は仲良しだとしたら、学校でのあの関係はどう説明つけるつもり?」
学校での関係。
『私』とテンプレートあゆぽんの関係性を『私』は知るよしもない。
けれども、『私』とあゆぽんの関係性を聞かれて、嘘偽りなくこれだけは言うことができる。
「堀さんの見ている世界がどうかは知らないけど、『私』とあゆぽんは仲良しだよ。……あなたがそんな世界を見ているのなら、堀さんが知りたいことを知る資格はないよ」
「……ッ!?へぇ、やっぱりわかってるんだ。そして、やっぱり何かあるんだ、2人の間には」
堀さんは『私』の発言に一瞬ビクッ、と反応して、自分の予想が当たっていたのが嬉しかったのか、若干、表情が綻んでいた。
「……さぁ」
『私』はそっけなく答える。
充分ヒントは与えた。
結局のところ、堀さんが真相に辿り着くことはないだろう。
火を見るより明らかなことで、彼女は『私』やあゆぽんのように特別ではないし、見たところ『色無し』でもない。
彼女は今日のことを明日は覚えてはいないだろう。
それが普通。
したがってそれは、『私』達の側に居ることはできないし、堀さんがもう『私』達に関わることはないだろう。
「で、結局教えてはくれないんだ」
「……ゴキブリが入ったケーキの箱は?」
「……え?なにそれ。……暗号?それが解けたら教えてくれるの?」
念のため、あゆぽんが関わったせいで、修正された世界では無かったことにされていたゴキブリカーニバル事件のことを尋ねてみる。
一度『私』の所有からはずれてあゆぽんが堀さんに手渡したことで---テンプレートあゆぽんはゴキブリの箱なんて手渡さない---に沿って修正されたであろうあの事件。
もしも彼女にその記憶があればまだ一考の価値はあったけど、残念ながら、彼女の反応を見る限り彼女は覚えていないようだ。
「……わからないなら知らなくていい」
元々、無理に彼女が首を突っ込む必要もない。
彼女も『私』と同じようにあゆぽんの修正を受けない存在だったとしても、彼女には彼女の交遊があるし関係があるし世界がある。
無理に『私』達と側にいる必要もないし、興味本意で知られてもはっきり言って迷惑だ。
突き放すような『私』の言葉に、堀さんは言葉に詰まり、途端、緊張が抜けたように息を漏らしてそのまま椅子から立った。
「ありがとう、四宮さん。久々に、あの時以来に刺激的な会話ができた。あの子達じゃ、できない、会話だからさ。普通すぎて、つまらない」
あの子達、それは堀さんが今日一緒に来ていたグループの人達を指すのだろう。
……それにしても、仮にも友達に対して つまらないって。
ズバズハと本音を言い切った堀さんを逆に尊敬する。
「できれば私は四宮さんと今日みたいな鈴原さんとこれから仲良くしたいんだけど。それは可能かな?」
疑問符を浮かべ、問いかける堀さん。
……だから、テンプレートあゆぽんはどれだけ『私』に対してひどいのだと、むしろそっちの真相を刻々鮮明に問いただしたくなる。
「堀さんが今日のことを覚えてたら……」
もしも、堀さんが今日から修正を受けなくなるなんて都合のいい奇跡が起きたのなら、彼女と仲良くなるのも悪くないのかもしれない。
そんなことを考えながらに発言した『私』に堀さんは、「なるほど、それが条件ね」と嬉しそうに微笑んで。
途端に、目を泳がせて。
『私』の隣に置いてある戦隊の人形と『私』を交互に見つめて呟いた。
「あ……あと、その、頼みづらいことなんだけど……その戦隊の人形、2セットあるなら1セット買い取らせて欲しいな……なんて、無理かな?」
……どれだけ人気なんだろ、これ。
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