1章『消失する鈴原あゆ』第4話

あれから1週間とちょっと。

堀さんがあの後どうなったのかは、『私』達はそのまま学校を抜け出してしまったのでわからない。

その翌日に、『私』の両親が呼ばれて生徒指導室で担任と面談することになるとは思いもしなかったけど。

この1週間とちょっとの間で『私』に起こった不幸はこれくらいで、あゆぽんと歩み寄ったにも関わらず、不思議と平穏な日々は流れていった。

相変わらずあゆぽんの修正は続いているようだけど、あゆぽんはあゆぽんで毎日が楽しそうだ。

自惚れかもしれないけど、それが『私』の影響、関わりもあってのことなら、なおさら嬉しい。

「あゆぽん遅い……」

そんなことを思いながら、すみきった青空の下、さんさんと光輝く日光を浴びながら『私』は呟いた。

6月の初旬、夏に入りはじめの、若干になま暖かい風が『私』の体を通り抜ける。

あゆぽんが昨日買ってくれた麦わら帽子と白を貴重としたあゆぽんの人に着させる時の趣味全開の服に身を包んで、『私』は駅の前の噴水の水飛沫をぼーっと見ていた。

日曜日。

全国的な休暇日で、2日前からあゆぽんはこの日の為にそわそわしていた。

前日には、『私』の服装を半強制的に決められてしまったものだ。

あゆぽん曰く、彩音っちの魅力を最大限に引き出せる理想的な服を選ぶよ!!と言われて、昨日は着せ替え人形にされてしまった。

……まぁ、『私』としては楽しかったし別にいいのだが、また、洋服選びを楽しいと思ってしまう辺り、『私』の価値観が四宮彩音に侵食されていっているんだと目の当たりにすることでもあるが、あゆぽんのことを覚えていて、意識が『私』でいられるのなら構わない。

「あ、彩音っちぃ~~。ごめんね、遅れちゃった」

待ち合わせ時間の10分後、あゆぽんが慌てながらに走ってきた。

「大丈夫あゆぽん、『私』もいまきたところ」

テンプレートな言葉であゆぽんを気遣う『私』……いけめんだよ、キリッ。

「うわぁ。彩音っちすごいどや顔。ジト目と合わさって可愛いけど」

「……『私』ドヤ顔だった?」

「うん。ドヤぁ、ってなってた。すごい可愛かったけど」

どうやら表情に出てしまったらしく、絞まりは悪かった。

途端に恥ずかしくなり、頬が紅潮するのがわかる。

「じゃ、彩音っち。行こっか」

羞恥で頬を紅潮させる『私』をからかったりもせず、にこやかな表情のまま、あゆぽんに手を掴まれる。

あゆぽんこそいけめんだった。

「でも、彩音っちのあのドヤ顔ってヘコませたくもなるような、希望と絶望の転移っていうか、あんなにドヤ顔してた彩音っちが数瞬後には半べそとかになってるのも中々にそそるというか、とにかく、どっちでも可愛いしむしろ私は彩音っちに泣きわめかれながら抱き着かれて頼られたいというか、彩音っちはジト目だから、ギャップがあるというか、結論、彩音っちが私に抱きつけば……ブツブツ」

ちがう、あゆぽんこそは変態だった。

「あゆぽん……」

そんなあゆぽんに若干呆れてため息を着きながらもあゆぽんに手を引かれるままにつれてかれる。

彩音っちは振り向いて、明るい笑顔で『私』に言う。

「彩音っち、今日はいっぱい楽しもうね」

今日はあゆぽんとの初めての遠出。

ちょっと遠い、遊園地へのデー……げふん、……お出掛けだ。


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遊園地の中に入ったすぐにある広場。

「お昼からヒーローショーあるらしいよ、彩音っち」

「見たいの?」

「ぜ、全然」

入場口で貰ったパンフレットを広げながら、『私』とあゆぽんは歩いていた。

広場、と言ってもかなりそこは広くて。

中心に大きな噴水があって、その噴水の周りには色とりどりの花が植えられた花壇……ガーデニング?があった。

ところどころ『色無し』があるのがナンセンスだけど。

その広場には、この遊園地特有のキャラ、ラビッツ君といったマスコットキャラがいることがパンフレットの表紙に描いてあった。

パンフレットとにらめっこしているあゆぽんから目を離して広場内をキョロキョロと見渡す。

ラビッツ君というのは、どうやらウサギをモチーフにしたマスコットキャラらしく、まぁ名前からだいたいの予想はつくのだけれど、そのチャームポイントともいえる尖ったウサミミは思いの外すぐに発見できた。

噴水の手前、家族連れと一緒に記念写真を撮っているところだった。

「あゆぽん。ラビッツ君見つけたよ」

「んー?あ、ほんとだー。耳が思いの外尖ってるね」

「あゆぽんラビッツ君と写真とる?『私』カメラ持ってるけど」

「えぇ……私はいいよ彩音っち」

手を前に出して苦々しい表情を作るあゆぽん。

「こことは違うところなんだけど、ずっと前に中のおじさんが汗だくになりながら着ぐるみの頭外してるの見ちゃって……それ以来ちょっとトラウマで……私もはしゃぎたくはあるんだけどね」

悲しそうな顔をしながらに、淡々と過去のトラウマを告白するあゆぽん。

確かにその体験はつらい。

着ぐるみの中に人が入ってる、そういった事実はみんな知りながらにして知らないふりをするのが常識なのだ。

だけど、それは知っているだけだからできる行為で。

知ると見るでは、感覚と経験では大分違う。

必ずしも中身が汗だくのおじさんとは限らないが、一度あゆぽんがそれを見てしまった以上修正は不可能なのだ。

「……あゆぽん」

『私』は悲しそうに項垂れるあゆぽんの肩に手を乗せることしかできなかった。

途端。

「うにゃーーー!!」

あゆぽんは沈んだ空気を払拭するかのように高く叫んだ。

遊園地なんてものは喧騒の固まりみたいなものだから、あゆぽんの叫び声は背景の景色に溶け込んで、あゆぽんが奇異の目で見られることはなかった。

「あ、あゆぽん?どうしたの?発作?」

「違うよ彩音っち!!テンション上げたの!!ちょーマックスだよ!!今日はおもいっきり楽しむんだから!!

彩音っち、今日はずっと一緒だからね!!」

そう言いながらあゆぽんは『私』の手を掴む。

柔らかく、ほんのりとした暖かみが『私』の手に伝わる。

「……言われなくても」

満面の笑みのあゆぽんに、『私』も同じく笑みで答えて、あゆぽんの手を握り返した。

広場を抜ける最中。

「……?」

もう広場を抜けて遊園地、アトラクションの中に入るぞってところで。

「ラビッツ君?」

ラビッツ君に腕を掴まれた。

掴まれた腕はそのままで、ラビッツ君の無言の圧力が『私』を襲う。

「え、……と、……?」

「彩音っち?」

あゆぽんも異変に気づいたらしく、不安そうな声音で呟く。

ラビッツ君は尚も無言、無表情でただただ『私』を見つめた……着ぐるみなのだから喋れないし無表情なのはまっとうなことなのだが、なんにせよ不気味だ。

ところでなんで『私』はラビッツ君に掴まれているんだろう。

あれだろうか、ラビッツ君と写真を撮らないと遊園地に入れないみたいな暗黙の了解があるのだろうか。

そんな思考に陥っていると。

「カメラ?」

ラビッツ君ら自分の懐から自分の?デジタルカメラを取り出してあゆぽんに渡して『私』と自分を交互に指差す。

「えっと、これでラビッツ君と彩音っちを撮れば?」

訝しげなあゆぽんの言葉にラビッツ君は頷く。

「どうしよう彩音っち」

「撮らないといれてもらえないみたいだし……一枚だけなら」

仕方なく撮ることを了承し、噴水前までラビッツ君と戻る。

なんであゆぽんじゃなくて『私』限定なのか、どうしてラビッツ君が出したカメラで写真を撮るのか。

答えのない問いに深く悩む。

疑問は尽きることはないけど、『私』は早く遊園地であゆぽんと遊びたいので思考を放棄するしかなかった。


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「ずっと一緒って言ったのに!!」

お昼頃、『私』は遊園地の中、正確に言うならジェットコースター乗り場の前の空いたスペースにポップコーンを持ちながら一人で立っていた。

ポップコーンを買いに行って来るからと、あゆぽんと別れたのが数分前、ポップコーンを買ってきて戻ってきた時には、あゆぽんがいたはずの場所にはあゆぽんの『あ』の字もなかった。

あゆぽんとはぐれた。

あゆぽんが勝手に居なくなってしまった、ただそれだけだった。

「……いない。どこに行ったのあゆぽん」

辺りをキョロキョロと見回してもあゆぽんらしき影は見当たらないし、あゆぽんは『私』にとっては『色無し』に見えるのだから、人混みの中でも十分にその存在は際立って目に見える筈なのだ。

けど。

視界に捉えられる範囲にいないということは、少なくともこの周辺にはいないということ。

あゆぽんがどこに行ってしまったのか、『私』に予想もつくはずがない。

「……連絡入ってるかも」

不意に、ある可能性を呟いた。

あゆぽんとは修正される度に連絡先を交換している。

テンプレートあゆぽん『私』とも仲良くしてよ、と、『私』のアドレスが入っていない修正されたあゆぽんの携帯を見る度に思う。

とりあえず、ポップコーンをベンチに置いて、バッグから携帯を取り出す……けど。

「……お約束だよ、もぅ……」

取り出した『私』の携帯、元々の色が青だった『私』の携帯は真っ黒に変わっていて。

『色無し』はここでも『私』の邪魔をするのだ。

……いきなり爆発するんじゃないか、最近携帯が爆発する事件を良く耳にするし。

そんな不安を抱きながら、起動ボタンを押す。

幸い、爆発することはなかったけれど。

「まだ充電80%はあった筈なのに…なんで」

ショートしたのか漏電したのか、どんなに長押ししても『私』の携帯に電源が入ることはなかった。

『色無し』は、携帯電話の充電を食いつくした。

これでは、仮にあゆぽんから連絡があったとしても、見るのは不可能になってしまった。

あえていうなら、あゆぽんがもし、どこどこにいるよー、みたいな趣旨の連絡があったとしても、あゆぽんがそこを動かない分、広大な遊園地の中のその場所にピンポイントに行かなければならないのだ。

連絡手段のない『私』とあゆぽんはもう再会出来ないのかもしれない。

どうしようか、となんとかあゆぽんとの再会方法を考えていた最中だった。

「迷子の…………………」

園内各場所に設置されたスピーカーから迷子案内の放送が流れた。

「あゆぽんが勝手に居なくなっちゃうのが悪いんだよ」

『私』はこれしかない、と思い立つ。

あゆぽんを迷子放送で呼び出す。

あゆぽんがとてつもなく恥ずかしい思いをするのは目に見えてるけどこれしかもう方法はないのだ。

『私』はポップコーンを食べながら、迷子センターのある場所に向けて歩を進める。


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「ねぇねぇ、おねーちゃんも迷子なの?」

「違うよ。『私』は人を待ってるだけだよ」

「私もママとパパ待ってるー。おねーちゃんは迷子じゃないの?」

「迷子じゃないよ」

迷子センターの小さな建物の中。

6、7歳くらいの小さい子に聞かれた『私』はそう答えていた。

迷子……目の前にいる小さい子もどうやら両親とはぐれてしまったみたいで。

それにしては元気だな、と強さに感心する。

迷子センターに向かって、本来、はぐれてしまった人を呼び出すのは迷子センターとはまた違った場所にあるらしいのだけれど。

今日、この日に限って点検日のようなものだったらしく、今日だけは迷子センターと呼び出しを請け負う場所は混同されていた。

迷子センターは両親とはぐれてしまった子供用。

呼び出しの方は、やむを得ずはぐれてしまい連絡がつかない人達用。

いわば、大人用と子供用の違いだけなのだが、どちらで呼び出されるかによって世間的意味合いが大分違ってくるのは事実だ。

そういえば、ここに来る途中に堀さん達の堀さんを含めた5人グループを見つけた。

今日来てたんだ、とげんなりする反面、『私』は一人でいるのを見つかってしまうのを恐れた。

あゆぽんがいれば、特に見つかっても何も問題はないんだけど、現時点、『私』は遊園地の中に一人でポップコーンを持ちながら歩いているのが現状だ。

もし、その状態で見つかってしまったのなら。

『四宮さん1人でこんなとこにいるんだー!!マジうける……え?ほんとに1人?遊園地だよここ?ソロプレーするところじゃ……まって、流石にちょっと……かわいそう 』

堀さんのグループの1人にそんなことを言われて、そのまま話のネタにされる惨めな状態になってしまいそうだったし、『私』のしたことはあゆぽんと違って修正されないのだから、遊園地に1人で行くファンシー女としてクラスの話題になってしまうかもしれない。

それだけは避けなければいけなかった。

幸い。

堀さん達の視界に入らないよう上手に彼女達を避けて、迷子センターにたどり着くことができたのだ。

迷子センターについて、係員のお姉さんに旨を伝えて、用紙に呼び出してほしい人の名前と自分の名前を記入。

大人用の呼び出しの紙が足らないと係員のお姉さんに言われ、仕方なく子供用の方へと記入。

お姉さんが呼び出すのでこっちでも大丈夫、間違えない、と言って星形の印を着けたので、向こうもプロフェッショナルだろうしとりあえずは安心かな、と自分の心を落ち着かせる。

記入も済んで、大人用の呼び出しの待機スペースで寛いでいよう思い立った直後、お姉さんから迷子の子達の相手をしてくれないか、と頼まれて今に至る。

「迷子の……」

園内に響き渡るお姉さんのアナウンスが建物の中のスピーカーを通して伝わる。

「あ、私のなまえー」

にこにこと嬉しそうに呟く小さい子。

可愛い。

……大丈夫、今は『私』だから、可愛いと思っても犯罪にはならないはず、はず、はずだよね?

「おねーちゃんのなまえはなんてゆーの?」

「四宮……彩音だよ」

「あやねーちゃん!!」

名前を繋げられてしまった。

えへへー、と笑う小さい子を見て和やかな気分になってくる。

「お客様のお呼び出しを……」

大人用のアナウンスが流れる。

そろそろ『私』のも呼ばれるかな、なんて、アナウンスのお姉さんの方をちらりと見る。

「……え?」

アナウンスが流れ終わって、途端、お姉さんが無線で慌ただしそうに連絡をとって。

お姉さんが後ろにいた事務をしていたおばさんの係員になにやら頼み事をしてその場から走ってどこかへ行ってしまう。

そして、アナウンスのマイクがある席に、子供用の呼び出し、つまり、次に呼び出すであろう迷子の子用に記入された用紙を持っておばさんの係員が座る。

その用紙は『色無し』だった。

あれ『私』のだよ、きっと。

「……」

言葉が出なかった。

思考が止まってしまった。

大人用の用紙が足りなかったから子供用のものに記入した。

その事実を知っているのはさっきのお姉さんだけで、当然、星形の印だろうがなんだろうがそんなものが着けてあったところで事情を知るよしもないおばさんの係員は『私』をただの迷子と認識して子供用の呼び出しでアナウンスしてしまう。

堀さん達をさっき発見してしまった手前、それは見つかるよりも酷なものだしさすがにまずい。

『私』の世間体がもれなく大崩壊する。

「まっ……」

待ってください、と、言おうとしたのだけれど。

その声は届かずに。

「迷子のお知らせです。××からお越しの鈴原あゆ様鈴原あゆ様四宮彩音ちゃんが迷子センターで……」

無情にもアナウンスは園内全域に響き渡り。

「やっぱりあやねーちゃんも迷子!!」

にこにこと喋る小さい子の声が耳を突き抜けた。

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