1章『消失する鈴原あゆ』第5話
「ほんとにごめんね彩音っちぃ」
あゆぽんに迷子として回収された『私』は今、ヒーローショーが行われる舞台の観客席にいる。
観客席と言っても、所詮ステージの前のスペースに規則正しくに置かれた大量の横長の椅子。
スペース自体はとても広くてステージも中々に広く立派なものだった。
あゆぽんがいなくなった原因はこの場所取りの為だったらしい。
周りを見ると、もう開演するまで間もないので多くの家族連れのお客さんなどで賑わっていた。
「だって、このショー定員制だってこと彩音っちがポップコーン買いにいっちゃった時に気づいて……彩音っちの携帯に連絡入れたんだけど、まさか電源切れてるなんて……うぅ……ごめんねぇ、彩音っち」
その結果、あゆぽんはぎりぎり二枚の入場券を手に入れられたらしい。
「迷子のはあゆぽんのせいじゃないから……」
あゆぽんがさっきから謝ってくれてるけど。
実際、あゆぽんには全く非はないのだ。
『私』が迷子扱いで呼ばれたのも、小さい子に『もう迷子にならないようにねー』とか励まされたのもあゆぽんは全く悪くない。
悪いのは電源が切れていた携帯と迷子アナウンスをちゃんと継続のおばちゃんに説明しなかったあのお姉さんなのだ。
もう済んだことを悔やむのはしょうがない、気をとりなおす為にまた買ったポップコーンを摘まんで口に放り込む。
……ソーダ味は微妙だった。
「そういえばあゆぽん、ヒーローショー興味ないって言ってなかった?」
入場の時にあゆぽんがヒーローショーのことを口にしていたような気がする、けど、あくまでもそれは口にしただけのことでそこまで興味は持ってなかった気がする。
「ん……えへへ、実は私特撮系結構好きなんだ」
照れ臭そうにあゆぽんは呟く。
「そうなんだ……意外」
「意外……かな?」
「うん。あゆぽんってそういうの見なさそうなタイプに見えたから」
「そんなことないけどなぁ、私結構見るよ?こういうの。……ほんとは、このショーの時間になったらこの付近に来るつもりで、あくまでも成り行きで見るつもりだったんだよね」
「言ってくれれば最初から予定に組み込んでもよかったのに」
「えー……だってなんか……こういうの好きって知られるの恥ずかしくって」
照れるあゆぽんを見て微笑ましくなった。
段々と会場内のボルテージというのも上がってきた。
わいわいがやがや。
これから始まるであろうショーに興奮が隠せないちっちゃい子供達は所々でそのちっちゃい体を揺らしていた。
「意外と、大人の人も多いんだねあゆぽん」
会場内を見渡して、ふと疑問に思ったのは意外にも3~4人の大人や、『私』達と同年代の人達が多いことだった。
戦隊ものは子供向けといった固定概念に囚われていた『私』にとっては少し驚かされた。
と、思考に至ったのもつかの間。
思えば、魔法少女ものだって最近は大人用に作られたものだってあるのだ、戦隊ものの年齢層が高くなっていたところで大して疑問もなかった。
「ふふん、今期の戦隊はいつもとは違った作風で全年齢層から注目されてるんだよ」
あゆぽんが自慢気に話す。
その口調は滑らかで、誰かに自分の好きなもの、得意なものの話をするのはその人にとってはとても気分のいいものだって聞いたことがあるから、あゆぽんも今そんな感じなんだろう。
そんなあゆぽんを見て微笑ましく思う。
こうやって大切な誰かと平和に些細なことで幸せな気分になれるお話しをするのはいつ以来だろう。
「どこが違うの?配役が豪華とか?」
今期の戦隊が注目を浴びている理由。
とにかく知名度の高い人達……例えば、今人気絶頂期の女神の声を持つと称されるアイドル歌姫はるるんとか……まぁ、仮にはるるんを起用しているとかだったらもっととてつもない人気になっているはずだし何よりも『私』が知らないはずがない……はるるんは出ていないにしてもその関係の人を片っ端から使って注目を浴びさせているのだろうか。
でも。
「違うんだな~、彩音っち」
あゆぽんは否定する。
「豪華な人とか使ったりすれば知名度は上がるよ?でも、そんなミーハーなのじゃ他のひとはわかんないけど私は見ないよ」
あゆぽんはミーハーじゃないらしい。
アイドルとかを使っただけじゃ、知名度だけ上がってあとは無くなってしまうのだろう。
とゆうか、そこらのアイドルとかよりもあゆぽんの方が可愛いと『私』はおも……いや、確信してる。
実際、あれって結構ごり押しだよね。
可愛くなくても回りが騒いでればプラシーボ効果?みたいなので可愛いと錯覚してしまうし。
なにが言いたいかというと、結論、あゆぽんは可愛い。
……それは置いといて。
「じゃあなにが違うの?」
「なにが違うか、それはね彩音っち。ストーリーの奥の深さなんだよ!!」
「物語の奥の深さ?」
「そうだよ彩音っち。今までにない斬新なストーリーと……あと、いい忘れたけど三部作構成の物語の綿密さ。本来なら1年で終わる戦隊ものを3年続けようって言う一大プロジェクト。ちなみに、今は二部作目なんだよ彩音っち」
「そうなんだ……『私』が知らない内に進化していたんだね。……どんな物語なの?」
「うーんと、大まかにいうと……」
あゆぽんは軽く考え込んだ後、大まかなあらすじを話し出す。
「まず、レッド、イエロー、ブラック、ピンク、ブルーがいて」
「人数は平常通りなんだ」
「ピンクとブルーが女性でそれぞれレッドとブラックと交際してるの」
「…………え、それって」
「ある日の五人のやり取りを再現すると……」
‥‥
怪人倒した後。
レッド『今日も平和を守ったぜ!!さて、飯でも食いにいこうぜ』
イエロー『おぅ!!行こうぜ!!俺も腹へっちまったよ!!』
レッド『そうだなイエロー!!今日は食って飲もうぜ!!』
ブラック『あー、レッド。俺とブルーは都内の展望台で他の奴らと4人で食う約束して……あ、メール来てんじゃん……あいつら来れなくなったのか』
ブルー『……2人分空いたわね。ブラック、料金って前払いよね……。……当日キャンセルってできないお店なんでしょう?』
ブラック『料金はあいつらからもう貰ってるから大丈夫だよブルー。ドタキャンのお詫びに料金払うから他のやつ誘って行ってくれだってさ』
ピンク『え!?なになに!?なら私それいっきたーい!!ダブルデートしようよブラックとピンクちゃん!!』
ブルー『……私はピンク達で構わない。ブラックいいんじゃない?』
ブラック『……そうだな。レッドとピンクでいいか』
レッド『あ……いや、えっと、ちょっと待ってくれ……俺いまさっきイエローにさ……あはは……』
ピンク、ブルー、ブラック『あ……』
なんとも言えない空気と共に視線がイエローに集中する。
イエロー『……あ、あー!!そういえば、俺今日用事あったんだっだ!!あっはは……すっかり忘れてたぜ。すまん、レッド!!今日は俺行けないわ』
レッド『あ、あぁ……それは仕方ないな。また今度、な』
イエロー『おぅ!!、じゃまたな!!』
イエロー走り出す。
ピンク『イエローかわいそー、つか、みじめすぎ』
ブラック『言ってやるな。独り身だしな、仕方ねぇ』
ブルー『……イエロー、なんかじめじめしてる』
レッド『ちょっ、お前ら、イエロー干しやめてやれよっ……ぶふっ』
レッド『そういうレッドも笑ってんじゃーん』
『『『『あっはっはっは』』』』
‥‥‥‥
‥‥
‥
道路をとぼとぼと歩くイエロー。
イエロー『くそっ、くそっ、聞こえてやがんだよ!!くそっ!!そんなに彼女持ちが偉いかよ!!なんで五人一組なんだよっ!!博士しねっ。男女比おかしいんだよ!!これでこんなの何回目だよ!!』
ぽつぽつと雨が振りだしてイエローに当たる。
イエローは虚ろな目で空を見上げる。
イエロー『怪人が不定期に出現するせいで外部のやつとはろくに恋愛もできねぇ。本部には博士とナビゲーターの鳥しかいねぇ。……なんで俺にはチャンスがねぇんだよぉ』
‥‥‥
「って感じの一部はイエロー目線の物語だよ」
「イエローが悲しすぎるよっ!?」
あゆぽんの話しが終わって、一番最初に抱いた感想は驚きだった。
『私』が知る限り、戦隊ものシリーズでそのような展開……というか、恋愛的なのは絶対になかったし、確かに、そんな意外性をついた戦隊ものなら注目を浴びるのも頷ける。
というより。
「そんなドロドロした戦隊ものはやだよあゆぽん」
ドロドロし過ぎてなんだか見てると鬱になってきそうな内容だ。
イエローが博士を恨んでることもばっちりわかってしまう。
「ドロドロしてるからこそなんだよ!!……でもね、イエローはここからが見せ場なんだよ」
あゆぽんが言葉を繋げた。
‥‥‥‥
イエロー『……もうやだ。……変身ベルトネットオークションに出したらいくらになるかな……いや、もういっそ壊して』
悲観にくれながら、雨のなかを歩くイエロー。
そのイエローの視界に綺麗な女性に群がる3人のいかつい男の姿が映る。
女性『結構です!!』
男1『だからオレの家すぐそこだから髪とか服乾かしてやるって言ってんじゃん!!なに遠慮してんだよ!!』
男2『そうだよ!!そのままじゃ風邪ひいちまうだろうからなぁ。シャワーなんかも浴びてけよ』
女性『いやっ、離してください!!』
男3『あれ?涙目になってね?威勢はいいのに涙目とかかっわいいー』
女性『……っ!!』
通行人は見ないふりをして立ち去っていく。
イエロー『ったく、しょうがねぇな。俺は正義の味方だからな。助けないわけにはいかねぇよ。おいそこの……』
イエローは絡まれている女性と男達3人に向かって、歩を進めた。
‥‥‥‥
「そこで助け出した女性とイエローは交際することになるの。2人はお互いに一目惚れだったの」
「イエローが幸せになってよかったよあゆぽん」
「これが、後のイエローと女幹部の馴れ初め」
「女幹部だったんだ……」
「そうだよ彩音っち。それから第二部ではその女性が女幹部ってイエロー達にばれちゃってね……」
話を聞いてみたところ、思っていたよりもブルーだったし、ひたすらイエローいじめの激しい物語だった。
「……前半だけだと鬱になりそうな内容だよあゆぽん」
主にイエローの扱いの痛々しさに。
「んー。まぁそうなんだけどね……。でも後半からはイエローイケイケムードなんだよ!!」
「でも、イケイケムードの大部分の交際相手は敵の女幹部なんでしょ?」
「うん。そこでのイエローの葛藤がまたいいところなの!!イエローは女幹部と正義の戦隊、どっちを選ぶかの葛藤が第二部」
「イエローはどっちを選んだの?」
「もちろん女幹部だよ、彩音っち」
「……愛を選んだんだね」
「愛に勝る正義はない!!って言って戦隊のみんなを裏切ったの」
「それがなくても裏切られてもいいような仲間だった気もするけど……」
あゆぽんに入れ知恵をしてもらいながら少し。
ようやく、ヒーローショーも始まるようで。
テレテレテー、と軽快な音楽が流れて舞台の幕が開く。
「よいこのみんなーっ!!こんにちはー!!」
司会のお姉さんが現れてはじめの挨拶。
席に座る子ども達も興奮してるようで、一斉にこんにちはー!!と声を返した。
「……あの人」
司会のお姉さん……あれ多分、さっき迷子センターから出ていった受付のお姉さんだ。
「?どうしたの彩音?」
「……いや、なんでもない」
個人的に恨みはあるけど、この場で言い出す程でもないし、あゆぽんに伝えたところでお互いに嫌な気分になるだけだし、楽しい気分に水を差す行為はしないべきだ。
「……ふぅ」
隣に座ってるあゆぽんも心なしか楽しそうで、視界の隅に堀さんが見えたのはきっと気のせいで。
久々の色々なことに疲れた『私』はポップコーンを口に入れた。
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「あ、お姉さんが怪人に捕まった」
あゆぽんが『私』のポップコーンを摘まみながら呟いた。
ヒーローショーは、戦隊をみんなで呼んだにもかかわらず怪人達が出てきてお姉さんを捕まえてしまうお馴染みのシーン。
怪人と共に出てきた雑魚戦闘員達が数人舞台上でお姉さんの周りをくるくる回る。
「……なにあれ」
『私』の視線は怪人よりもお姉さんの周りを回る雑魚戦闘員に向けられる。
全身真っ黒な衣装を着て、顔の部分にはよくネット上に出回ってる恐怖画像によく似た仮面をつけていた。
顔は真っ白で瞳孔が開いていて、血を流した真っ赤な跡がある……怪人よりも怖いよあれ。
「人の闇の心だよ、彩音っち。人の闇を具現化した存在なんだ」
「そんなのが雑魚戦闘員なんだ……」
下手したら怪人よりも怖いよ。
怪人はというと、真っ黒で内側が赤いマントをしてドラキュラをモチーフにしたような怪人だった。
……絶対立場逆だよ。
『司会のお姉さんは我々がいただいた!!だかもう少し人質が欲しいものだな!!人の闇よ、観客席から人質を連れてこい!!』
スピーカーでドラキュラ怪人がそう叫ぶ。
くるくる回っていた人の闇は各々ステージを降りて観客席に人質を確保に向かう。
『人質になってくれる子は人の闇が近くにいったら手をあげるといい。人質になったら罰として後で戦隊人形とアメをあげよう』
続けざまに怪人が叫んで、子ども達が至るところで手を上げた。
「あゆぽんは上げないの?」
「いやいやいや……彩音っちは私に死ねって言ってるの?」
あゆぽんは笑いながらに言う。
当たり前、ああいうところに登るのはちっちゃい子どもと相場が決まっているし。
仮に登れたとしても、羞恥意外の何者でもないだろう。
そう、だから『私』の隣で人の闇が『私』をじーっと見つめているのも気のせいだ。
『…………ォォ』
隣にいる人の闇が、呻き声?をあげる。
途端、ガシッと左腕を掴まれた。
「えっ?ちょっ……え?」
周りには確かに手をあげているちびっこ達がいる。
けれども何故か、その人の闇は『私』の手をがっしりと掴んで離さない。
「え、ちょっ……『私』は別に……」
別に行きたくない……そう言おうとしたのだが。
その言葉が言い終わる前に、周囲に舞っていた筈の他の人の闇も集まって強引に『私』を押してステージまで連れていかれてしまった。
「……え?」
連行される最中振り返ると、あゆぽんは何が起きたかわからない、と言ったように『私』のポップコーンを持ちながら唖然としていた。
「……どうして……?」
無理矢理上げられたステージで、衆目に晒されながら呟く。
意味がわからなかった。
周りには他に手を上げていたちびっこ達がいたのに、どうして『私』が連行されてしまったのか。
……よく見ると、壇上が『色無し』だった。
ひどすぎる。
人の闇が再び散って続々と人質を連行してくる。
だけど。
他に連行してきた人質は5人。
平均年齢は8歳くらい。
……なにこれ。
ステージにいるのは元気な五人のちびっこ。
みんなはしゃいじゃって。
あれ?
なんか1人おっきい子が混じってる?
……『私』です。
「うぁぁ……」
恥ずかしいすっごく恥ずかしい。
顔が赤面するのがもう明らかに感じられるし、身体から出る汗の量が半端ない。
「じゃ、じゃあ……1人ずつ名前と年齢を元気よく……」
司会のお姉さんは『私』をちらちら見ながら訝しげに台本通りに話を進める。
お姉さんからしても『私』みたいなのが上がってくるのは想定外だったのだろう。
だけと流石プロフェッショナル、一時はうろたえたけど元のテンションを取り戻す。
……捕まっていた筈のお姉さんが司会進行をしてるのは、きっと突っ込んじゃいけないんだね。
人の闇は、というと、ドラキュラ怪人の側で呻いてた。
すべての元凶をキッ、と睨み付けるが相変わらず『ォォォ……』と唸りながら揺れているだけで生理的に怖い。
観客は、というと、『私』が元々居た席の近くの人は事情がわかってるから何とも言えない哀れみの目を向けてきて。
その他の人は、ん?と訝しげに視線を送る。
居ること自体は別に構わないけど、何で居るの?流石にやばいでしょ。的な視線を送ってくる。
『私』達とは離れた席にいた堀さんは唖然としていて、あゆぽんは何故かテンションが上がっていて『彩音っち~』とか言って手を振ってくる。
唯一救いだったのは、堀さんは1人で見に来ていたことだった。
ただ、堀さんがグループの人達に言いふらしてしまう危険性はぬぐえないけど。
「え、えっとぉ……お名前と年齢……」
「……」
ついに『私』に順番が来てしまうのだ
この後、名前と年齢を言わされたり等と散々な羞恥プレイを体験して……戦隊が登場して戦隊の方へと逃げる時に何故か『私』だけが人の闇に掴まれた腕を中々解いてくれなくて、え?、って空気になるし、いざ解放してくれた、ってなったらいきなり人の闇に押されて転ぶし。
物語が後半になって人質であることから解放されてあゆぽんの隣に座る頃には、『私』の羞恥心は限界に達していた。
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