色彩濁徒
@shinomiyaayu
1章『消失する鈴原あゆ』
1章『消失する鈴原あゆ』第1話
気づいたときから、白黒の物が視界に映っていた。
それは、ボールだとか、鉛筆だとか小さい物から自転車、車などの大きいもの。
はたまた、道路や壁など。
昔の白黒テレビみたいに、それらにだけ色がなかったのだ。
『色のないものには近づくな』
かつて『俺』だっだ時に、それを『色無し』と名づけた。
16年の短い人生の中で、得られた教訓だ。
白黒に見えるボールを見れば、いきなり破裂して怪我したり。
白黒の鉛筆を持てば、芯が折れて顔に当たったり。
白黒の自転車は、自分に向かって突っ込んでくるし。
白黒の道路に足を踏み込めば、上空から鉢が落ちてきて当たりそうになるし。
『色無し』の『アイツ』には、最後まで苦しめられた。
と言ったように、色のない白黒の存在には自分を危険に晒す危険信号と認識して生きてきた。
なるべく関わらないように、視界に映った瞬間に『白黒』の物から避けるように。
でも、『アイツ』がそうだったように全ての『色無し』から避けられるわけじゃない。
無機物は避けられる。
だが、あちらが意志を持っていたらどうだ?悪意をもっていたらどうだろう?
つまりは、意志を持つ白黒の存在は、なぜか自分に絡んでくるということ。
社会的立場がないならば、どこまででも逃げ続ければいい。
だがそうもいかない。
中学時代、同級生でクラスメイトだった『アイツ』が避けられなかったように。
いくつかのとんでもない代償を払わないと『アイツ』からは逃げられなかったように。
やはりまた、同じクラスに白黒は現れるのであった。
『アイツ』に続く、二人目の『色無し』ー鈴原あゆ。
鈴原あゆ。
成績優秀、スポーツ万能、誰にでも優しく、時に厳しく、おとしやかなお嬢様、
男子は彼女を最高峰の美人と讃え、女子は彼女をお姉様と心の中で慕い羨望する。
いわゆる、完璧超人と言う奴だった。
確か、鈴原あゆと言った少女はそんな設定だった気がするのだけど。
自分が彼女を発見したのは高校二年生でのクラス替えの時。
掲示板に張り出された新クラス名簿、自分の名字『四宮』のすぐ下にあった『鈴原』の字。
彼女のことを知らない人間はこの学園にはいない。
だから当然、自分も彼女のことを知ってはいたのだけど。
この学園は一年時は本校と分校に分かれて生徒が配置されるため、鈴原あゆと自分は一年時の時点は分かれていた。
鈴原あゆは本校に。自分は分校にいたから。
だから、鈴原あゆの名前を聞いたことはあっても直接その姿を目にすることはなかった。
だから。
彼女の名前が自分の後ろにあったときは緊張したのを覚えてる。
完璧超人、あわよくば知り合いに、なんて淡い幻想を抱いて。
そんなこと、無理なのに。知り合いになったところで無意味なのに、とある理由のせいで暗く考えて。
いつもの決まり決まった自分なりの日常を歩もうと決めていた。
「はろろー。鈴原あゆだよー。前の席の子だよねー?」
彼女を見て一つ目浮かんだ感想は、おとしやかってなんだっけ?
鈴原あゆの第一声。
がさつ、とまではいかないが、前から抱いていた美化した想像もあって
『ごきげんよう』
なんて平気で挨拶するような人だと思っていた分もあってか、意外に活発で度肝を抜かれた。
「ええっと、四宮……」
「……四宮彩音。それが『私』の名前」
「ふむふむ、四宮彩音……どうやって呼ぼうか……え?四宮でいい?そうだよねー、まだ名前で呼ぶほど仲良くないもんねー。なんて!!そんなこと言わないでよ!!ジト目がチャーミングな彩音っち」
活発でフランクで人懐っこそうで、想像の100歩先くらい行っていて、人の話を若干聞かなそうなところがあるけど特に気にするほどでもなく、逆にこっちの方が接しやすそうだ、なんて考えて。
同時に。
最悪だ、と思った。
鈴原あゆには色が無かった。
三次元には存在するのだけど、本来ならツヤのあるだろう肌色の色をした肌は、白黒テレビに映るような灰に近い白色に。
『色無し』というのは、なんというか、昔の白黒テレビに映る色合いが言い得ていると思う。
例えばパンダのような白と黒が混在しているものなども白黒テレビの画面を通して見たような色合いになる。
若干その物体の周囲にノイズのようなものが飛んでいるような状態でもある。
そして、いま視界に映る人物の全てを含めて判断すると。
つまりーー鈴原あゆは『色無し』だ。
色のついていない『もの』に近づかないのは簡単なことだけど、色のついていない『ひと』に近づかないのは容易でないことはわかって欲しい。
例えば、お昼休み。
自分はいつも1人で食べるのがいつからか決まり決まった事情になっていた。
1人、独り、一緒に食べることのできる友達がいない、作らないと言った方がいいかもしれない。
……とある、個人的な理由のせい、と、言い訳もできる。
クラス分けの初日。
『色無し』、鈴原あゆに当然のごとくお昼に誘われた。
『色無し』に目を付けられやすい、嫌な体質だ。
「ねえねえ、ねねね。彩音っち一緒に食べようよ~」
「……後ろの人達がお誘いしてるけど?」
鈴原あゆの友達?的な、いかにもお嬢様団体様が先ほどから鈴原あゆに『何してんのあゆ。あたし達とお昼食べないわけ?』
なんて不機嫌そうな顔して鈴原あゆの正面にいる『私』を忌々しげに見る。
濡れ衣だ、理不尽だ。
「えー?あー、ごめんね、君たちとは食べられないの~ばいばいー」
そんな視線をものともせずに威圧を軽くいなしながらに、いかにもあなた達には興味ありません的な態度で無碍に扱う。
「うわ……怒って行っちゃった。いいの?」
「んー?いいよ、どうでもー。どうせ明日には忘れてるし」
「あの人達は鶏じゃないんだから……」
「てかてか、あんなののことなんてどうでもよくてー。私的には彩音っちを堪能したいんだけどー?」
人の話を中々に聞かない人だった。
と、言うより噂ともだいぶ・・・というか1180度違うことに驚きを感じる。
清楚でおとしやか、なんて幻想どこから生まれたんだろう。
噂が一人歩きしたってレベルじゃない。
少し、思い浸って。……少なくとも、持っているだけで、干渉するだけで自分に害をもたらす『色無し』の物体とは違って、『色無し』の生き物は普段通りに、いわば普通に接していさえすれば自分に害はもたらさない。
『色無し』の人が、明確な獲物に自分を選んだら最後。
物体よりも酷く、凄惨な物が待ち受ける。
と、一回きりの経験談で得た教訓。
「彩音っち~にダーイブ」
「抱きつくな、暑苦しい。さりげなく身体揉むな」
「うえ~軽いスキンシップじゃん~」
少なくとも、どう転んでも『アイツ』よりはましなことは確かだ。
『アイツ』には潜在的な危険性が目に見えてたけど、対して鈴原あゆはごく普通の天心万欄な女の子。
問題は、自分に何かをもたらすのは確かなことと、その何かがいつ起こるのかがわからないと言うこと。
基本、それに気を付けていれば特に問題はない。
それよりも、いつも近くにいてもらった方がタイミングを計りやすいってのもある。
それに、フレンドリーになった方が、もしかしたら何も起きないかも知れないし。
下手に蔑ろにして恨みを買われたらもっと酷いし。
放っておいて、『アイツ』みたいに神出鬼没なのが一番困る。
「っていうか、彩音っちってなに?」
「え?あだ名だよ?彩音略して彩音っち。ジト目かわいいよ、ジト目」
「……何も略せてないし一文字増えてるんだけど」
「細かいことは気にしないの。あ、てかてか、私もあだ名で呼んでよ~」
「……なんて呼べばいいの?」
「そこを考えてよ~」
「めんどくさい・・・お魚さんでいいよもう」
「意味わかんないよ彩音っち!?」
「魚くさいから」
「嘘!?」
「うそ、ほんとのところは、だってあゆだし」
「なんでそこからお魚さんに言っちゃうの!?」
「……あゆぽん」
「なんかどこかの調味料みたいな名前だけど……彩音っちが言うならそれでいいよ!!」
あゆぽん命名。
それから、この日は、いっぱいあゆぽんと喋った。
放課後に寄り道した。
お別れのときのあゆぽんの悲しいような表情がちょっと気になったけど。
……翌日、早速嫌な気分になった。
あゆぽんが自分を見てくれない、昨日みたいに接してくれない、話しかけてくれない。
今朝、学校に行っても、あゆぽんは自分を見てもなんか他人を見てるみたいに、古くなった物を見るみたいな目をして行っちゃうし。
そりゃさ、自分から話しかけなかったのも悪いけど、無視することないじゃん。
……それなりに長い間人との関係を絶ってきた『私』に自分から話しかけるとか拷問にまさる諸行だし。
教室の後ろに設置された、連絡用の黒板を見る振りをして、他の子と、昨日の自分とあゆぽんの絡みみたいに抱きついたり笑ってる姿を見てなんだかもやもやする。
……はっ!?
落ち着け、落ち着くんだ。
思考がヤンデレ気味になっている自分を客観視して、あ、これ危ないなーなんて思考にたどり着く。
いいじゃない。
もとから、誰とも仲良くする気はなかったんだから。
でも、初日からあゆぽんと話していて、ただでさえ、話しかけることが困難な自分がクラス替え早々にぼっちにされたのは……きっと、『色無し』のせいなのかな。
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数日経って。
伸びすぎた、色素が無くなった銀に近い真っ白な毛をいじりながら、教室内をぼーっと見てた。
当然事実。
いくつかのグループが形成されて、どこのグループ内にも位置していないのは自分だけになっていた。
……この結果は当然、って胸を張って言える。
『俺』にするか『私』にするか、まだ決心半ばの状態で、この学校を選んで入学してしまったのは、きっと失敗だった。
これじゃあ、高校一年生の時と同じだ。
『俺』でいる覚悟はなくて、かといって、『私』になる覚悟もない、そんな半信半疑なままで、『私』でいることを強いられる環境下に身を置いたのは失敗だったなぁ、って自虐的な思考にしかたどり着かない。
やっぱりダメだった。
『アイツ』に『脱色』された時点で、もう、『俺』はこの世からいなくなったのかもしれない。
まぁ、でも、『俺』で入れることのできる環境下に居たとしても、その世界での『俺』でいることは、完全なる異物でしかなくなる。
『アイツ』に会う前の環境になんかなれるわけないんだ。
まだ、縋ってる。
アイツが『色』を返してくれることを。
そんなことあるわけもないのに。
だから、自分は決心したんじゃないか。
自力で取り戻す手段を見つけるまで。
『脱色』される前の四宮彩徒(シノミヤアヤト)じゃなくて、『脱色』された後の四宮彩音(シノミヤアヤネ)で、目立たずに過ごすことを。
その結果、相反する二つの心が徐々に精神を不安定、彩徒か彩音かどっちつかずのものになっていくのは、自分でもわかってた。
性別なんて、自分の前では人種を区別するただの言葉に成り下がった。
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一ヶ月が終わった。
暇があれば、ずっとあゆぽんを見て、彼女の異常性がなんとなく透けてきた。
視線を感づかれないようにする才能だけは、飛躍的に上がってしまた。
いらないよ、こんな特技。
そんなことは置いといて。
彼女、あゆぽんを観察してわかったことをまとめる。
……別に、せっかく仲良くなれたのに寂しいとかそんなのじゃない。
『アイツ』から色を取り戻すための研究だ。
同じ『色無し』なんだから、鈴原あゆから、『アイツ』の弱点が分かったりするかもしれない。
ふふふ、だから四宮彩音はあゆぽんを監視、吟味するのだ。
一つ、わかったこと。
それは、鈴原あゆは一日以上同じ子とはいない。
自分の例もあるように、一度親交を交えると、次の日から興味を無くなったかのように他の子へと向かってく。
クラスの人数は30人。
ちょうど、一回ずつクラスの人達と親交を交えたようなものだ。
グループの中にいてもお構いなしにひっぱていくんだよね、あゆぽん。
そう、つまりは、ローテーションが終わったという事だから、きっとまた四宮彩音のところに来るな、うん、来る、来るに違いない。
……うれしくないよ、ほんとだよ。
でも、このローテーションに関しては、気の合う仲間を見つけるため。
と言った、大がかりな行動で現実的にも証明できるので、特に異常性は見当たらない。
あゆぽんを観察していてわかったことの二つ目。
これが、一番重要だ。
それは、『鈴原あゆのおとしかやなお嬢様etc・・・の噂が今も尚、一人歩きしているという事』。
これだけの、彼女の奇抜性。
噂とは180度かけ離れた実体を見て尚、クラスの中、ひいては、学校全体での彼女の噂は消えることはなく、その場にとどまり続けている。
紛れもなく、異常で異質。
『色無し』の本懐とも言える、異常性だ。
だから、『私』、四宮彩音は本日、ローテーションを終えて、また『私』の元へと帰ってくるだろうから・・・来るよね?うん、来る、きっと来る、来るに違いない。
だから、彼女の異常性に付いて問いただして見ようと思う。
でも、それが、あゆぽんが『色無し』として『アイツ』みたいに『私』に牙を剥くかもしれない。
でも、これしか方法はないし、立ち止まっていられない。
『アイツ』から、脱色された色を取り戻すためにも、『私』は頑張らなくちゃいけない。
だから、そのときにできるだけいっぱい聞いてお話して、おともだ……なんでもない。
とにかく、『私』の準備は万端だ。
今、現在時刻は朝の7時。
HRまでは遙かに遠い時間だし、ここ一ヶ月の観察で、あゆぽんは必ず早く教室に来ることを知っている。
あゆぽんが来るであろう時間まで、後、5分。
机の上には、あゆぽんが出席番号28番、霙さんと話していた時に言っていた、駅前の有名なケーキ屋さんの苺ショートを用意した。
出席番号12番の佐藤さんと話していたときに言っていた、ファンタグレープを用意した。
出席番号25番の堀さんと話していたときに言っていた、同姓の好きな髪型はサイドテールと言っていて、堀さんに抱きついていたのを見て、ちゃんとサイドテールにしてきた。
堀さんの上履きの中にも画鋲を入れてきた。
いつ抱きつかれてもいいように、制服を洗濯、クリーニングに出してふわふわにしてきた。
……抱きつかれたいわけじゃないよ、ほんとだよ。
出席番号17番の那珂さんと話していたときに言っていた、欲しいと言っていたアクセサリーもプレゼントで包んで買ってきた。
あゆぽんの帰り道に尾行して……。
他にも他にも……。
もう、今の『私』に四宮彩音に死角はなかった。
どこから来ても、あゆぽんの機嫌を損ねずにやっていける。
おともだ……『色無し』としての、謎を解明できるかも知れないし、『アイツ』の様に異常性を操作できるなら、『私』に協力してくれるかもしれない。
おともだ……協力者になってくれるかもしれない。
途端、思考は遮られて。
カツカツ、と上履きの足音が聞こえてくる。
この音は、間隔は……あゆぽん。……一ヶ月の成果。
手に握りしめたクラッカーに力を入れる。
最初が肝心だ、ドッキリして、楽しんでもらおう。
そして。
教室のドアが、開く音がして。
瞬間、『私』は、クラッカーのひもを思いっきり引っ張った。
「うひゃぁ!?」
パパーン、と思いの外勢いのいい破裂音とリボンみたいなちり紙が噴射された。
なにこれ、『私』も驚いた。
びっくりして反射的に目を閉じてしまった。
……それよりも、肝心のあゆぽんはどうなったんだろうか?
うひゃぁ、と可愛らしいあゆぽんの声が聞こえて目を閉じてしまったので、あゆぽんがどうなったのかを確認してない。
仕掛けた側がこんなに驚いたのだ、仕掛けられた側のあゆぽんは一体どうなったのか。
恐る恐る目を開けて。
「あ、あぁ……な、なんなの?」
案の定、尻餅を着いたままのあゆぽんが視界に映った。
驚きに満ちた表情で目をパチクリさせながら、呆然としていた。
頭から被ったリボンみたいなちり紙が、はらはらとあゆぽんの頭から次第に落ちる。
失敗しちゃったかもしれない。
固まったまま呆然としたあゆぽんを見て『私』はそんな考えに陥って顔が青ざめるのがわかる。
もしかしたら、怒らせちゃったかもしれない。
ど、どうしよう。
『私』自身もかなり焦ってしまったせいで、どうにか弁明しようにもわたわたして、上手くできない。
『私』になったせいで、随分内気になって臆病になってしまったみたいで、わたわたわたわた、その間も、あゆぽんは呆然としている。
「あ、あゆぽん……」
かろうじて。
これだけは伝えないといけない。
悪気はなくても『私』はあゆぽんに迷惑をかけてしまったのだから。
「あゆぽん、ごめんなさい」
頭を下げて謝った。
許してくれなかったらどうしよう、といった思いが溢れてきて、ふるふると体が震えてくる。
やっぱり、怖いんだ。
『色無し』が。
前に一度恐怖を体験してるから、心の奥底ではあゆぽんにも怯えてた。
また『アイツ』とのように地獄の日々を過ごさないといけないのかもしれない。
でも。
不安になっていく心の中で、案外あゆぽんが『色無し』だから、って言うのはとってもちっちゃいことで。
もっと大きかったのは、あゆぽんに嫌われたら嫌だということ。
『色無し』だから利用するとか散々建前と言い訳をつけてきたけど、『私』はほんとは、心の奥底で、あゆぽんと……。
ふるふると震えながらも、返答のないあゆぽんを頭を上げて見る。
「うそ……?」
あゆぽんが、口に手を当てながら呟いて、その頬には涙が伝う。
「彩音っち……私のこと、覚えていてくれてるの?」
涙で滲んだ声音で、あゆぽんは『私』に問いかけた。
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