1章『消失する鈴原あゆ』第2話
「私とは違う私がこの世界を生きてるみたい、って感じるの。彩音っちも、一人歩きしてる私の噂聞いたことあるでしょ?」
その日の昼下がり。駅前の喫茶店。
制服から着替えて、完全に私服状態になってしまった『私』とあゆぽんがいる。
クラッカー爆弾であゆぽんに尻餅着かせた後、あゆぽんの提案、もとい強制的に学校から連れ出されて。
本来なら学校で勉学を励んでいるこの時間帯に、『私』とあゆぽんは私服姿で喫茶店の中でくつろいでいた。
私服姿、と言っても、これは『私』の私服じゃない。
学校から出て、あゆぽんに自宅まで連れられて着替えさせられた。
あゆぽん曰く、流石に制服姿で平日の日中を出歩くのはやばい。
とのことで、『私』はあゆぽんの私服に身をつつまれている。
あゆぽんの良い匂いが、身体を動かすたびに服が揺れて鼻先を掠める。
それにうっとりとするのも、いまが『私』だから変態じゃないはず、はず……はずだよね?
少しして、あゆぽんが頼んだレモンティーと『私』が頼んだメロンソーダが運ばれて。
あゆぽんはレモンティーを一口飲んで、今日の重要議題、今日の目的を呟く。
「あゆぽんの噂・・・お嬢様エトセトラ、って言うの、なら」
「うん、彩音っち。それで合ってる……って彩音っちなんでそんなにキョロキョロしてるの?」
あゆぽんは、ん?と疑問符を頭に浮かべながら、シリアスモードを解いて『私』に問いかける。
「え、あゆぽん。だ、だって……」
事実。
『私』はキョロキョロしていたし、その行動にあゆぽんが疑問を持ってもおかしくなかった。
けど。
「その……誰かに見つからないかなって……学校サボっちゃてるんだし……」
『私』とあゆぽんは当然、学校を無断欠席している。
つまり、誰か知り合い………『私』はほぼいないからあゆぽんの知り合い、もしくは、『私』たちのことを知ってる人達に会ってしまえば、その時点でアウトなのだ。
「え?彩音っちって学校サボるのとか初めて?」
あゆぽんの言葉にこくり、と頷く。
学校をサボって喫茶店でお茶してる。
この状況が内気で臆病になってしまった今の『私』にとっては新鮮で、悪いことをしてるっていう若干の怯えになってるからまだ、落ちはつかないだけで。
「ご、ごめんねあゆぽん。あと少ししたら、きっと馴れるから……」
「うひゃー!!彩音っち可愛いっ!!くそぅ……抱き締めたいのにテーブルが邪魔で抱き締められない!!」
目の前には、悶えながらキラキラした『ような』目のあゆぽん。
「あゆぽん、隣に座る?」
「そうしよう、彩音っち!!うぅん、むしろ膝に!!私の膝の上はどう?」
「あゆぽん、それは回りの視線が痛いから、ちょっと・・・」
「うぅ、残念だよ彩音っち」
と、残念がるような声音を上げながら、あゆぽんは『私』の隣に座る。
四人がけの席で、対面にならずに2人で片方の椅子に座るのってすごいシュールな、光景。
「さぁ、彩音っち。話を続けようか!!」
ほっぺたをもにもに、頭をなでなで、抱きつかれたりしながら、あゆぽんの声にこくり、と頷く。
なんか、これも回りの視線を、感じるけど。
まぁ、いいか。
あゆぽんの良い匂いと柔らかさに包まれながら、『私』は息を漏らした。
「それでは、気を取り直して」
こほん、とあゆぽんは対面で咳払いをする。
横にあゆぽんが座った結果、やっぱり話しにくいと言うのでもとの形に戻った。
あゆぽんはレモンティーを一口飲んで、口を開く。
「彩音っちは噂のことは知ってるんだよね?
『私』はこくりと、頷く。
「彩音っちは、私に始めて会ってからの私を知ってるんだよね?その見てきた私が噂とはずっと違うことも」
「うん。『私』が知ってるあゆぽんは、今『私』の目の前にいるあゆぽんで、出会った時から変わってないよ」
「やっぱり、彩音っちは特別なんだ」
あゆぽんは安心したように微笑んだ。
その笑みを色がある状態で見れないのが、とても残念だった。
「『私』が特別?」
「うん、彩音っちは私が生きてきた中で初めて会ったイレギュラー。……私、今彩音っちの目の前にいる鈴原あゆのこと覚えてくれてる。テンプレートの鈴原あゆじゃなくて私を覚えてくれてる唯一のイレギュラー」
「・・・テンプレートな鈴原あゆが、噂の方ってこと?」
テンプレートな鈴原あゆ、に少し引っ掛かった。
けど、それは思考に至らずとも解答は明白に目の前にあった。
消えない噂、世界には私じゃない私が生きている、四宮彩音は私を覚えているイレギュラー。
そこから自然に導き出すことの出来る答えが、それだ。
「そうだよ、彩音っち。今目の前にいる鈴原あゆが過ごした一日は、眠っちゃうとテンプレートな鈴原あゆに上書きされちゃうの」
一夜を明けると自分には全く見に覚えのない自分に上書きされる世界。
鈴原あゆは思い出すように、例え話を呟く。
例えば、運動会で頑張って走ったリレーで1位をとっても、テンプレートな鈴原あゆは1位はとれなくて、貰った筈の金メダルも次の日には消えていて。
例えば、好きなぬいぐるみがあって、何千円も叩いてUFOキャッチャーでゲットしたのに、テンプレートな鈴原あゆはゲームセンターになど行く筈もなく、次の日にはぬいぐるみは消えていたり。
例えば、学校の窓ガラスを全て割って歩いて大騒ぎになったのに、テンプレートな鈴原あゆはそんなことをする筈もなく、次の日にはそんな事実はなかったことにされていて。
「私が積み上げようとしたものが、一段目で終わっちゃうんだ」
積み上げた努力は認められることはなく。
「ありのままの私を見せれば、おかしくなったって勘違いされちゃって」
テンプレートな鈴原あゆしか知らない人達は、ありのままの鈴原あゆを受け入れることはできなくて。
鈴原あゆは過去に軌跡を残せない。
記録を残せず、テンプレートな勝手に作られた人生が足跡代わりになって。
どれだけ頑張った思い出も、楽しかった思い出も、全部、他人の記録に塗り潰されてしまう。
どんなことをしても、一日が経てば世界が修正されてテンプレートな鈴原あゆの人生に、過去も、ありのままの鈴原あゆ以外の周囲の記憶も、世界ごと塗り替えられてしまう。
鈴原あゆの辿った軌跡は消失してしまうのだ。
一段落。
全てを話終えたあゆぽんは肩の力を抜いて、椅子に全体重を預ける。
あゆぽんの話を再び要約するならば、あゆぽんが寝て一夜を開けると同時に、世界の事象までも何もかもがリセットされると言うこと。
「ごめんね、彩音っち。いきなり意味わからないよねこんなの」
乾いた笑みを浮かべながらに、あゆぽんは力なく呟く。
「ほら、私さ……ほんとの私を2日以上知ってる人に初めて会ったから、その……舞い上がっちゃって。ごめんね、彩音っち。私の勝手でこんなところまで付き合わさせちゃって、それに、意味わかんないこといっぱい喋っちゃって……」
あゆぽんは居心地が悪そうに、指を絡めたりほどいたり。
『私』はそんなあゆぽんを見て、『私』に似てるって思った。
『私』の『色無し』を見分ける特性も、気づいた時に周りの人に何度も相談したけれど、相手にされることはなくて、最後にはおかしいもの扱いされた。
『私』のこの特性は、表に出さなければ他人には気づかれないし、自分でも少し気を付ければよかっただけだけれども。
けど、あゆぽんはもっと過酷な状況に独りぼっちでいたんだ。
相談するしないの次元じゃなしに、誰にも自分の存在を認めてられてないのと同じ。
「大丈夫だよ、あゆぽん。『私』は信じるよ」
だから。
事の重大さの次元は違えど、『私』とあゆぽんは似た者同士。
絡めてるあゆぽんの指に手を合わせる。
「もう、あゆぽんは独りじゃない。……『私』がいる」あゆぽんの手を強く握り締める。
あゆぽんのさらさらしてもちもちした手の感触が気持ちい。
最初、『私』の言葉に言葉を失っていたあゆぽんだけど、段々とあゆぽんの目に涙が溜まっていく。
……あゆぽんの話を信じるか否か。
答えはいえす。
『私』は過去にあゆぽんよりひどい特性を持った『アイツ』に会ってる。
『アイツ』に比べたら、あゆぽんの特性は思いの外霞んでしまう。
害悪さで言ったら、断然『アイツ』。
被害者は存在を脱色されて世界を反転させられた『私』。
「あやねっぢぃぃ~~……グスッ、うぁぁ……ぇ……」
「あゆぽんっ!?」
ガタッ、とテーブルに身を乗り出してあゆぽんは『私』を抱き締めて、まるで、生まれたての赤ん坊のように泣いた。
二、三口しか飲んでないメロンソーダと、空になったレモンティーのグラスが床に落ちて割れる。
「……よしよし、あゆぽん」
強く抱き締めてくるあゆぽんの背中をポンポン叩いて、あやすように呟く。あゆぽんは甘えていいんだ。
ずっと独りだったんだから、『私』なんかでいいなら、好きなだけ甘えさせてあげよう。
あゆぽんの頭を撫でながら、どうして、あゆぽんは『色無し』なのに、『私』は自分から近づいていったんだろう、って考えていた。
でも、思い至ってしまえば、それはひどく単純なこと。
きっと、直感的に感じ取っていたんだ。
あゆぽんも『私』と同じ『色無し』の被害者だって。
あと、もう1つ。
『私』はあゆぽんと、仲良くなりたかったんだ。
一段落。
「ご、ごめんね彩音っち」
数分間泣きじゃくって、やっとのことで落ち着きを取り戻したあゆぽんは対面で恥ずかしそうに俯いていた。
ずずず、と、あゆぽんが新しいレモンティーを啜る。
『私』が新しく頼んだメロンソーダフロートはまだこない。
「彩音っちに質問、いい?」
俯いたままだったあゆぽんが顔を上げる。
衝撃を受けた。
号泣したせいか、若干充血して潤んだ『ような』瞳と若干火照った『ように』見える頬があゆぽんの今までにない可愛さを演出する。
休みを抜いての30日間のあゆぽんを監視もとい観察していた時のあゆぽんは明るさ抜群の元気な女の子だったけど。
今みたいな子犬みたいな状態のあゆぽんもものすごく可愛かった。
ギャップ萌え、というのだろうか。
とにかく、あゆぽんは可愛い。
……『私』の状態だし、なにも問題はないはず、はず、……はずだよね?
「なんでもいいよ、あゆぽん」
あゆぽんに返答する。
「彩音っちはどうしてこんなに長い間私に話しかけなかったの?……あっ、別に彩音っちを責めてるわけじゃないからね!!ただちょっと気になっちゃって」
「ん、それは……」
いい淀む。
あゆぽんの指摘はあゆぽんとしては最もな指摘。
いや、あゆぽんだからこそ、自分のことを覚えているのなら最も早くに声をかけてほしかったに違いない。
あゆぽんはそんな人間をずっと探してたのだから。
「あゆぽんが、『私』にはじめての日だけ話し掛けて違う子のところにいちゃって……」
あゆぽんにだから、紛れもない私の本心をさらけ出す。
まだ、『色無し』とか『私』の特性、事情に関して喋るのはまだ早いし、喋るのはもっと落ち着いてからでいい。
それに、そんなものであゆぽんに、言い訳を作りたくなかった。
『色無し』の観察の為にあゆぽんを観察してた、とかそんなことを言いたくなかった。
あゆぽんにとって『私』が初めての自分を知り続ける消失しない人間だったように。
『私』もまた、『俺』から『私』になって初めて仲良くなった子だから。
きちんと、正面から向き合いたい。
けれども、正面から本心を伝えることは、内気で臆病になってしまった『私』では途中で羞恥心が上回る。
「そ、その、また話し掛けてくれるのを待ってた。
そしたら、こんなに時間が過ぎちゃって……寂しか……った」
最後の方は、ごにょごにょと口を動かすことしか出来なかったような気がするけど、どうやらあゆぽんには伝わったようで。
なんとも言えないぷるぷるした表情で『私』を見て
「彩音っち可愛すぎ!!私を萌え殺したいの!?……後で抱きつくからね。絶対だからね!!」
と『私』に叫ぶ。
あゆぽんに抱き着かれるのは気持ちいい。
あゆぽん特有の柔らかさと良い匂いに包まれるのは、とっても心地よいのだ。
……大丈夫、『私』だからあゆぽんに、抱き着かれるのを喜んでも決して変態じゃないはず、はず、はずだよね?
うん、たぶん、女の子同士での友達は抱き締めあったりするのがデフォルトなはず。
ずっと前に『俺』だった時の親友に貸して貰った漫画だと、女の子同士はそんな感じだった気がする。
……今思い返してみれば、あの漫画女の子しか出てこなかった気がするけど。参考にしてもいいのか謎なところはある。
だとしても、きっと、『俺』でも『私』でもあゆぽんへの答えに違いはない。
だから『私』はこくり、と頷くのだった。
「そういえばあゆぽん」
ふとした疑問だった。
テンプレートあゆぽんの状態、つまり、噂のあゆぽん状態での『私』との親好的なものがふと気になった。
一応、それを知っておくのとおかないのでは、これから仲良くしていく身として、周りの視線に対する心構えが違う。
「『私』はテンプレートあゆぽん的にはどんな距離感なの?」
「ん、彩音っち……それは……」
あゆぽんはレモンティーを飲むのを止めて苦い顔をしてしまう。
苦い、というか、ひどく言いづらそうな……。
「彩音っち、ショック受けないでね……」
あゆぽんはポケットから携帯、見た限り少し前に発売した最新のスマートフォンを取り出した。
あゆぽんは少しの間操作した後、『私』に画面を向ける。
「グループ2の9?」
そう書かれた電話帳のフォルダをタッチする。
2の9とは、『私』とあゆぽんが在籍するクラス。
2の1から2の3が男子だけのクラス。
2の4から2の6が男女混合クラス。
2の7から2の9が女子だけのクラス。
『私』自身、この分け方に意味があるとは思えないけど、そこは『私』の考えることじゃない。
希望制だったのが唯一の救い。
倍率が高かった女子だけのクラスに入れたのは運が良かっただけのこと。
クラスの人のメールアドレスをスクロールしていく。
なぜだか、なんであゆぽんが苦い顔をしながら『私』にこれを見せたのかが若干予想がついてしまって。
「……うそ」
でも、その予想が当たってしまったのはとても悲しいことで。
スクロールしていく中で、佐々木さんから長浜さんにメールアドレスが飛んでいたのを見間違いかと思って再度スクロールする。
そんなの、間違い。きっとそうだ。
テンプレートあゆぽんは皆に優しいお姉様みたいな人なのだから、そんは人が特定の誰かを仲間外れにするなんてこと……。
もう一度ゆっくりスクロールして
「『私』のアドレスがない……ッ」
この世界で、『私』はあゆぽんの唯一の例外だから、『私』の所有物はあゆぽんのテンプレートへの上塗りには影響されないから、まだ教えてもらってないしあゆぽんのアドレスが無いのはわかるとしても。
テンプレートへの上塗りが済めば、『私』がテンプレートあゆぽんと接触したことに『私』以外が修正されてる筈なのに。
上塗りされたあゆぽんが『私』のアドレスを持っていないのは、つまりは……あわわわわ。
グループ2の9のアドレスの数は、28と書かれていて。
クラスの人数は30、あゆぽん引いて29。
つまり、『私』以外とは交換していると言うこと。
『私』以外の人達とは交換していると言うこと。
動揺のあまり、ホームボタンを押してしまって待ち受け画面に戻ってしまう。
「なに……これ」
待ち受け画面には、和気あいあいとどこかのお店の中で撮影したであろう2-9のメンバーの写真(『私』抜き)が設定されていた。
おそらく、クラスでの親睦会?
『私』は、こんなのがあったことすら知らない。
クラスでぼっちなのは、自覚していたけど、誰にでも優しい筈のテンプレートあゆぽんにさえ仲間外れにされて、クラスの親睦会に呼ばれすらしない『私』って……。
元から、わかっていたようなことだけど、改めて確認させられて。
じわり、と瞳に涙が浮かぶ。
「あ、彩音っち!!そんなの気にしないで!!私だってそんなの全然知らないんだし、この待ちうけだって何度も何度も変えるのがめんどくさくて放置してるだけだし。ほら、彩音っちはこれから私と仲良く、というか、私とだけ仲良くしてればいいんだから!!ね?彩音っち、ね?」
あゆぽんが必死に『私』を励ましてくれる。
あゆぽんは、もっとひどい環境に居るのに、こんな『私』を励ましてくれてる。
それに、あゆぽんが言う通り、これからはあゆぽんと仲良くしていけばいいんだ。
気を若干取り直して、でも、不幸と言うものは続くもので。
「大変お待たせいたしました、メロンソーダフロートになります」
やっと、楽しみにしていたメロンソーダフロートが届けられて、でも。
「あ、あ、……真っ黒……なんで」
メロンソーダフロートの鮮やかな緑色は真っ黒な色へと変貌していて、つまりは『色無し』で。
「え、え!?どうしたの彩音っち、メロンソーダなんかおかしい?彩音っち?彩音っち?あや……あわわわ、彩音っち!?」
ついに『私』は泣いた。
幸せな楽しい時間程、過ぎるのが早いのは当たり前のことで。
みんな、時間に囚われて生きているんだ。
時間そのものを食い千切ることが出来るかもしれない『アイツ』みたいな例外はいるけれど。
「楽しかったねー!!彩音っち!!」
時は夕暮れ。
両手には大荷物、夕焼けに照らされて、けれども白黒のあゆぽんはとろけそうな笑みを浮かべながら『私』に口を開く。
「うん、あゆぽん。『私』も楽しかった」
対する同じ量の荷物を持った『私』も同意の意を示すものとして、こくり、と頷く。
喫茶店で。
運ばれてきたメロンソーダフロートが『色無し』で思わず泣いてしまった後。
流石にあの喫茶店にはもういることは、周囲の視線が気になってできなかったから、一先ず外に出た。
そこで、あゆぽんの提案。
友達記念として、銀行でお金全部下ろして目一杯遊ぼうとのこと。
つまりは、あゆぽんのお金を使いまくろう、とのこと。
当事は、流石に『私』もあゆぽんに悪いかと思ったんだけど。
『ん~、明日には修正されてるだろうから大丈夫だよ彩音っち』
と、言われて。
『私』も納得してしまった為に、あゆぽんのお金で遊ぶことになった。
だって、どうせ無かったことになるなら何をしたって構わない……筈……ちくちくと心は微妙に痛むけど。
それから、いろんなところを回って、いろんな買い物をして、色んなことをあゆぽんと体験した。
自惚れかもしれないけど、あゆぽんの表情はとても楽しそうで、それを見てるだけで、『私』も幸せになれた。
「彩音っちのお家はこっちでいいのー?」
「うん。そこの突き当たりを右に曲がったすぐそこ」
『私』達は今日会得した戦利品を持って『私』の家を目指してる。
あゆぽんも『私』も、今日したことの思い出を、修正されたくなかったから。
あゆぽんの唯一のイレギュラーの『私』の所有物として、『私』のお家に置いておけば、修正は免れるんじゃないか、なんて推論づけた。
「おおー、彩音っちのお家中々に大きいね~。荷物どうする?」
「ここまで来たら『私』に渡してくれて大丈夫だよ。……わっ」
お家の前であゆぽんから荷物を貰って、その重さに少しよろけてしまう。
でも、その重さは嫌じゃなかった。
この重さは、今日の『私』とあゆぽんの思いでの重さだから、そう思うと、若干頬が緩んでしまった。
「あゆぽん、お家に上がっていかなくていいの?」
「うん、彩音っち。今日は疲れちゃったし、汗臭いし、また今度落ち着いた時にゆっくりお邪魔するね。彩音っちの香りが充満した部屋に入る時は、万全の状態で堪能したいしっ!!」
「あゆぽんはもう……」
ぐっ、と親指を突き立てて清々しい笑顔を見せる。
そんなあゆぽんに、困ったような表情を浮かべる『私』も、この細やかな時間がとても幸せだった。
今日の思い出の荷物を全部玄関に置いて、あゆぽんがお家の前の道路から見えなくなるまでお見送りをして。
一歩家の敷地内に踏み入れた、瞬間。
「ッ!?」
ひどく激しい頭痛が『私』を襲って、その場に頭を抱えて踞ってしまう。
今までに経験したことのないような、脳内を無理矢理引き千切ろうとしているような。
そんな鈍痛が頭の中を駆け回る
「鈴原さん……鈴原さん?」
鈴原さん、と『私』はあゆぽんを何故か名字で呼んでしまっていた。
鈴原さん?なにそれ、なにその呼び方。
「あゆぽんはあゆぽんだよ」
確かめるように呟く。
頭痛も大分軽くなってきて。
その時ふと、朝のことを思い出してしまって顔が青ざめる。
「あ、ケーキ……学校に、おいたまま」
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