第3話
一瞬、その場に沈黙が広がる。
それを破ったのは、告発された富江でもなければ、明田山探偵でもなかった。
「違うよ、富江おねえちゃん。本によってはそうだけど、うちでは違う。パールの石言葉は『純潔』だけだよ」
「ありがとうございます、百合子さん。そちらから言い出してくれる人が出てきて、私も助かりました」
明田山探偵が素直に礼を述べると、百合子は軽く頭を下げる。
「どういたしまして。どうせ誰かが気づくはずですから……」
「百合子、どういう意味?」
「富江おねえちゃんは、事務仕事の手伝いだけだから知らないんだろうけど……」
百合子は富江の方を向いて話すが、内容としては、この場の全員に対する説明だった。
「……ほら、私はお店の方にも出てるから」
権藤氏の仕事にも関与していた、三人の姪たち。
特に百合子が手伝っていた宝石店では、石言葉に関する貼り紙もあった。客のためのものであり、簡潔に書かれていたので、それぞれの石言葉は一つのみ。そこでは、六月の誕生石パールは『純潔』となっていた。
「解説ありがとうございます。だから権藤氏の頭の中では、パールの意味は『純潔』であり……」
「ちょっと待ってください」
再び話し始めた明田山探偵を、またもや富江が遮る。
「おかしいじゃないですか。それこそダイイングメッセージのこじつけですよ。私たち、彼に男性経験の話なんてしたことありません。誰が経験済みで誰が未経験なのか、おじは知りませんでした」
「私たちは姪であって、妾じゃないですからね。それとも、三人のうち二人はおじに手を出されていて、純真無垢な処女のままなのは一人だけ。その一人が犯人……。そんな想像してます?」
富江に続いて、六実も言葉を挟む。まるで「それこそ推理小説の読みすぎだ」と言いたそうな口ぶりだった。
「もしかして……。私が一番若いから、まだ未経験の可能性が高い。だから『純潔』は私を示している。そう思われているのかな?」
百合子も心配そうな声を上げるが、明田山探偵は首を大きく横に振った。
「安心してください。そんな乱暴な論理展開はしませんよ。ポイントは、あの時、権藤氏の頭の中にあったことです」
「おじの頭の中にあったこと……?」
「そうです。死に際に何を考えていたのか。それこそがダイイングメッセージになるのです。我々から見たら暗号やパズルのような回りくどいやり方でも、被害者本人にしてみれば、頭の中で直結していたのですよ」
富江に対する言葉を前置きとして、いよいよ明田山探偵は真相を解説する。
「宝石商である権藤氏は、もちろん宝石のことで頭がいっぱいだったでしょう。でも殺された時は、それ以外に……」
明田山探偵の目くばせで、刑事の一人が、一冊の本を持ってきた。彼は一同の前で、それを掲げてみせる。
大切な証拠品であり、それ用のビニール袋に入れられているが、血だらけの本だった。権藤氏の書斎の机の上に置かれていたものであり、三人の姪たちも見覚えがあった。
「……権藤氏は、ちょうど本を読んでいる
いつのまにか、明田山探偵は同じ本を手にしていた。ただし、こちらは買ってきたばかりのようであり、きれいな新品だ。
血だらけの証拠品の本を読むわけにはいかず、別に用意したものだろう。
明田山探偵の指でタイトルの一部が隠されているが、見えている範囲には『花言葉』という単語が記されていた。
「石言葉と同じで、花言葉にも色々あるようですね。本によっては書かれている内容も異なるでしょう」
そう言いながら明田山探偵が開いたページは……。
「殺された時に権藤氏が読んでいたページの、三ページ前です。そのページの花の代表的な花言葉として『純潔』が書かれています。特に、白い花が『純潔』の意味になるそうです」
「名前だけではありません。百合子さん、あなたは日頃、白い服を好むと聞きました。でも昨日は、濃い赤色の、ほとんど黒といってもいいくらいの服だったそうですね。まるで、返り血を浴びても大丈夫なように。しかも夕食で集まった時には、今みたいな服だった……」
白いワンピース姿の百合子は、明田山探偵の言葉に対して、激しく顔を歪ませるのだった。
「……証拠はあるのですか?」
「私は探偵であって、警察ではありませんからね。それは私の領分ではありません」
最後に絞り出すような声で尋ねる百合子に対して、明田山探偵はあっさりした口調で返した。
「でも警察の方々は優秀ですからね。例えば、昨日のあなたの赤黒い服。あなたは洗ったつもりでも、まだ血の痕が検出できるかもしれませんよ」
(「死に際に彼は時計を動かした」完)
死に際に彼は時計を動かした 烏川 ハル @haru_karasugawa
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