甘納豆

 友人から土産にと、甘納豆詰め合わせをもらう。

 普段から左党(辛党)を豪語しているが、実は甘いものも好物である。


 スーパーなどの小売店ではではせんべい・おかき・饅頭と並んでおり、チップスやクッキーなどのスナック類とは画一された立ち位置の甘納豆。

 豆を濃い目の砂糖水で煮て、更に粉砂糖をまぶした甘い、甘い、豆菓子。

 濃い目の煎茶や紅茶、中国茶など茶に供することが多い、あまりお洒落とは言えないイメージがある。


 しかしよくよく考えれば、これはである。


 グラッセと聞くと真っ先にマロングラッセを思い出す人も多いであろう。人参のグラッセもあるが、あれは全く作り方が違うのでここでは語らない。

 敢えて言うならば、グラッセとはフランス料理における、材料に艶を出す手法の総称。砂糖水──シロップ煮で艶を出した栗がマロングラッセなのだ。

 シロップで煮て砂糖を塗す。栗か豆の違いだけである。ビーングラッセとでも言おうか。(あまり聞かないが)


 チョコや饅頭は食べるけど甘納豆は砂糖を食べてるみたいだから、という右党(甘党)の方々。一気に頬張るのではなく一粒づつよく味わってほしい。砂糖の甘みの奥から各々の豆の旨味がジワリと広がり、高級和菓子のような印象を受けるのだ。


 また、砂糖の塊という見た目で酒の共になんぞなるわけがない、と敬遠している左党の方々。騙されたと思って改めて食してみてほしい。


 ──実はウイスキーや赤ワインなどの洋酒とすこぶる相性が良いのだ。



 繁華街の喧騒から外れ、狭い階段を上がった場所に、行きつけのBARがある。

 いつものガヤガヤとした居酒屋や生活感のある自宅と違い、しっとりと飲みたいときはここに足を運ぶ。

 カウンター6脚に奥の4人掛けテーブル席が一揃い。ほぼ常連のみが通うようなこの店に月に二、三度程度ではあるが同じく常連と呼ばれるぐらいには通っている。

 今日は珍しくひとり。

 スロージャズが緩やかに空間を満たしている。


 いつも通りミックスナッツやオリーブをつまみに、銘柄もよく知らないマスターチョイスの自分好みのウイスキーをちびちびと飲んでいた。

 一度粋がって粗塩で飲もうとしたが、静かに怒られてしまった経験がある。その時からつまみはマスターにお任せしていた。

 今日はある程度腹に入れていたのでこういった軽いつまみで満足している。時々小腹がすいたとお願いすると、トリッパやアヒージョなどバゲットを添えて出してくれるような融通も聞かせてくれる。


 つまみが皿だけになり、もう少し飲みたいなとマスターに声をかける。


「なにか腹にたまらない、軽くて変わったつまみはないかな?」


 お代わりを注いだマスターは、甘いものはいかがと尋ねる。

 以前いただいたオレンジピールにチョコレートを着けたものが旨かった記憶があるので、その類であろうとお任せする。


 厨房から戻ってきたマスターの手の長小皿には5色の豆菓子が載っていた。


「これ、甘納豆?」

「ええ、ナッツの様にヒョイヒョイとではなく、一粒口に含んでグラスを傾けてください。こちらから白花豆、ウグイス豆、金時豆、小豆、そしてさつま芋です」


 ほぼ洋の店なのに完全に和のテイストであったことに驚かされたが、マスターの感性を信じているので、言われた通り白花豆から口に含んでみる。

 ──甘い。

 乱暴なガツンとした甘さが先ず舌に刺さり、噛むとじゃりじゃりと砂糖をすりつぶす。まさに砂糖菓子である。法事などで墓前に備えてあった菓子類にあった甘納豆は、昔は一気に頬張っていたので砂糖の味しかわからなかったことを思い出す。

 だが、一粒よく噛んでいると、白花豆のこっくりとした旨味が砂糖味を押しのけてサラサラと滑らかなペーストが舌の上に広がる。注がれたウイスキーで舌を洗うと、まだ旨味が残っていることを実感する。

 ウグイス豆──いわゆるエンドウ豆。豆ご飯でも感じるグリンピースと同様の独特の香りが、甘みに抑えられさわやかに広がる。

 金時豆──白花豆より小ぶりでエンドウ豆より大きい。さっぱりと、他の二つとはまた違う味わいが濃いウイスキーと共に喉へ落ちる。

 小豆──言わずもがな。良い和菓子を食べたときのくどく無い甘さがまた、蒸留酒の香りを邪魔せずに、口福感を際立たせる。


「へぇ、こうして食べると、それぞれの味の違いがはっきりするね」

「面白いでしょう?いわば、ですからね」


 そう、前記した蘊蓄はこのマスターの受け売りである。


 さつま芋――チーズのようにいちょう切りにされた芋は、栗のような甘さを有したホクホク感がたまらない。栗芋とはよく言ったものだと変な感想をおぼえる。


「ああ、これは旨いよ」

「お気に召してよかったです。

 実はこちらも会うのですが、もう一杯いかがですか?」


 そういってアルパカラベルのワインボトルを取り出す。その銘柄ならそんなに財布に厳しくないことを思い出し、ワイングラスに注いでもらう。


「マロングラッセもワインと共によく食べられますからね」


 そうなのかと、ワイングラスに注がれたルビー色の液体を見つめる。


 まだ夜は長そうだ。



 ──今宵はここまで。

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