味玉
ゆで卵。
柔らかい順で言えば、液状の黄身が白身を割ると流れ出す半熟卵、舌に絡む程度にトロトロな黄身の半熟卵、定番の黄身をペースト状に保ったしっとりゆで卵、水分必須の
卵を茹でるだけなので、火と水と鍋が揃えば出来る料理。
『ゆで卵は料理なのか?』との意見もあるが、何をいわんや。
前記した様々な状態のゆで卵は人々の好みが反映されたもの。これらを作るには殻を割って状態を確認することができない為、茹でる前の保存状態や茹でる湯の温度管理、そして茹で時間、状態を維持するために冷水で冷やす感覚。全て経験や時間観測が必要となる。(殻に関しては
これらの条件が揃って各々が求める固さの嗜好品が出来る過程を料理と言わず何であろうか。
そう、嗜好品。
安価で、入手が容易で、栄養も申し分無い、そして何より美味い。まさに現代庶民の嗜好品である。
塩や味噌、醤油やカレーパウダー。付ける調味料によっても千変万化。その完成度にも関わらず、更なる手間を加えることでまた違う味わいを生む。刻んでマヨ和えのタマゴサラダ、燻製卵、おでんのタネ、そして味玉。
行きつけの居酒屋で小鉢にワカメ、大葉と共に突出しに出されたうずら卵。
左から黄、茶、そして白の3色の宝石となったそれらは、仕切りにしてある大葉の緑に映えて宴の始まりを飾る。
真珠から手を付ける。
箸で掴んだ瞬間ふにふにとした触感から半熟であることを確信する。
口内に放り込むが、すぐ噛むという愚行は起こさない。
しっかりとした魚介出汁を土台に薄口醤油で引き締めた白出汁の香りが広がる状況を味わいつつ、とりあえずと頼んだビールを流し込む事を一瞬我慢し、次の段階へ移る。
舌の上に乗せて白身に染み込んだ旨味が触れた味蕾にじんわりと広がる。
慎重に犬歯を立てるとプツリという感触で濃厚なとろみが流れ出してくる。甘く、柔らかく、出汁の旨味に浸されたペーストが今までの香りと会いまり口福を呼び込む。
ペーストを舌の上に十分塗り込んで、ここで初めてビールを流し込む。
ビールが流しきれなかった、じんわりと舌に残る旨味を愛でつつ次の宝石をつまむ。
琥珀色に染まった卵は固ゆでであろうことが箸先から分かる。少々艶があるのはもしかしてと口に含む。
──やはり。
只の醤油ではなかった。これは煮物の味。それも豚肉の香りがする。今日のおすすめにあった角煮の出汁であろう。大葉と共に喰うのが正解であった。
小憎らしいことを、と角煮を注文候補に入れる。
軽くゆでた後に出汁に付け込み共煮にしたとみて、固めの黄身までこってりとした出汁がしゅんでいる。ぜひこの出汁がしみた大根もいただいてみたい。
ほろほろと崩れる黄身がペーストとはまた違う味わいを与えてくれる。
──ビールがなくなる。
追加で届いたビールを相棒にしてトパーズに箸を伸ばす。
口に含んだ時のスパイス香が予想通りであった。だが、共に酸味も感じるため、これはカレー酢だとわかる。柔らかな酸味に抑えており、はちみつを少し混ぜてあるのか、癖の感じる甘味がカレーの芳香と相まってさっぱりとしている。
下手な酢の物ではビールとの相性が悪いが、リンゴ酢を使っているならばそこまで酸味がきつくないため、カレーの香りと相まってビールが進む。
──小鉢で二杯飲むとは、ね。
これだからこの店の常連はやめられない。
注文した大根入り角煮に、辛子をたっぷりつけて涙を流しつつ、今日の宴のプランを練っていく。
まだまだ旨いものと出会えそうだ。
──今宵はここまで。
酒飲みの独白 金輪際 @konrinzai7811
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