炭火と秋刀魚〜外メシ

さんま、さんま

そが上に青き蜜柑のをしたたらせて

さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。

(中略)

さんま、さんま

さんま苦いか塩つぱい《しょっぱい》か──。


 明治から昭和にかけての詩人・小説家、佐藤春夫の『秋刀魚の歌』の一説である。

 某、究極のメニューの漫画にもこの一説が登場していたので秋刀魚を称賛する詩かと思っていた。しかし本質は、語る男が焦がれる道ならぬ恋の詩。

 秋の夜長にぜひ全文を、現代語訳も交えて読んでほしい。(検索ですぐ出てくる)


 今でこそ保存技術の発達により冷凍や缶詰で一年中食せる秋刀魚だが、名の通り秋こそ秋刀魚の真骨頂。脂の乗り、ワタの苦味を堪能するためには旬の新物、それも塩焼きに叶うものなし。


 今日は秋刀魚を喰う──。


 煙迷惑にならぬように、某キャンプ場にやってきた。

 周りに人がいないことを確認。オフシーズンに入りたてで、遠くまばらにご同輩のテントが見える。

 一人用テントを建て、寝具準備を早々に済ませ、いそいそと炭をおこす。

 炭火台の中で着火剤から炭へ炎が移り、粛々と黒から橙に染まる様子を眺めながら焔が収まるのを待つ。


 気が付くとすっかり日が暮れていたため、ランタンに火を灯す。炭火と異なり、ゆらゆらと揺れる焔に時間を忘れそうになる。


 飯盒に研いだ米を入れ、水加減の後火にくべる。

 焼き網に油を塗り、良き頃合いで秋刀魚を乗せる。

 このために早朝から漁港に寄って水揚げしたてを2尾手に入れていた。餌をたらふく喰い、丸々と肥え太った銀色の流線形が、炭火の遠赤外線でジワリジワリと熱を帯びる。軽く塩をするのも忘れない。


 ──ジュワ

 溶けだした脂が炭火で気化。モウモウとした白煙が秋刀魚自身を燻し、香ばしさを高めていく。


 ある程度燻し引っ繰り返すと、とついた網目から沸騰のように脂がジュワジワ染み出している。振り塩も脂に溶け、これからの宴を想像するだけで生唾が止まらない。


 満遍なく火がまわったことを確認。横で用意していた大根卸しを木皿に添え、半球に切った酢橘すだちを置き、ジワリジワリと音を立てる秋刀魚を据える。


 網の隅で沸かした湯にを据え、持参した日本酒に燗をつけて準備は万端整った。


 ──いただきます。


 揺れるランタンの灯りがテラテラと秋刀魚を照らす。

 胸鰭むなびれから箸を立てる。パツリと皮がはじけ、濃厚な脂と共に旨汁が流れ出る。

 中骨に沿って尾鰭おびれまで箸を入れ、左右に身を開く。燻煙と秋刀魚独自の香りがダイレクトに食欲を誘う。と、同時に冷凍や缶詰では味わうことが難しい、パツパツに詰まった苦ワタが顔を出す。

 秋刀魚はワタを食せる数少ない海魚。カワハギの肝や獣肉のモツとは違い、それ自体が立派な肴となる。

 ひとつまみ口に入れ、鮮烈な苦みと旨味を同時に味わう。そこに熱燗を一口コクリ──。

 魚独特の臭みをふくよかな旨味に変える魔法の液体で喉を潤す。


 甘露、甘露。



 十分にワタを堪能し、いよいよ身を食す。


 半身に割ったぽってりとした身をつかみ上げれば、脂がトロトロと滴り落ちる。

 ──パクリ

 モグモグ、──コクリ


 嗚呼、秋よ来たり。



 添えた大根卸しと共に、瑞々しさに感嘆し、

 絞った酢橘の香気と秋刀魚脂のマリアージュに拍手。

 全てを受け止める熱燗の包容力。


 かな、善き哉。



 途中もう1尾を火にかけてあり、そちらも良い加減となる。

 飯盒で焚いておいた米、今回は旨く炊けたとみえ粒が立っている。おこげの香りも立ち昇る。

 焼けた1尾をつかみ、炊き立ての飯盒飯にワタも含めほぐし入れる。

 ここで、おろし生姜、醤油をひと回し。


 醤油、脂、米の香気が三位一体となり、我が身をくすぐる。

 堪らず匙を入れ、盛りっと掬い上げる。

 ──バクリ


 口に含んだだけで悶えそうになる。米の酒は臭みを洗い流し旨味だけ残すが、米そのものは臭みすら旨味に替える。生姜醤油がそこに追討ちをかけ、堪らず酒を煽る。

 米と米の酒、相性が悪くなるはずがない。


 パクリ、モグモグ、コクリ

 バクバク、コクリコクリ

 フハァ……


 口福感満載で、無我夢中にペロリと2尾分を平らげる。


 ──まだ宴は終わらない。


 残った頭と骨。

 もう一度、まだ現役の炭火で炙る。


 白っぽい中骨が燻製のような飴色にジワリジワリと炙られていく。


 頃合いで取出し、頭ごとバクリ。

 クシャリと香ばしくなった頭と骨がヤンチャ小僧のように口内を転げまわる。


 熱燗で蹂躙を鎮めれば、あとは香ばしさと旨味だけがさらなる口福を呼び込む。


 徹頭徹尾、旬の味覚をすべて腹に収め、残りの酒をあおる。

 最後に感謝を。


 ──ご馳走様でした。


 程よい酩酊を感じつつ炭火に薪を焚べ、焚き火をスキットルのウイスキーでしばし堪能する。


 薪が尽きる頃に火消し壺にて火の始末。

 燻煙に満ちた寝袋へくるまり、


 鈴虫をBGMとして眠りに落ちる──。



 ──今宵はここまで。

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