ホイル焼き─鮭─

 鮭。

 身は赤いのに実は白身魚の類。

 赤身の代表である鰹や鮪のように鉄臭さがない。あれは血の色ではなく餌となるエビ(オキアミ)などの色素が身に移るため、元々の身の色に重なり白っぽい赤──鮭色になるのだと、何かで読んだ。本当なのかは知らない。

 白身魚ながらも鯛のふくよかさや鱈の淡白さとも異なる独特の旨味を有し、日本人ならば食べたことなどないと断言できるであろう、いわば国民魚。

 川で産まれ海に旅をし、生まれ故郷の川に帰ってくる故郷を大事にする魚。


 煮付けなどの濃い味付けをするよりも、鮭本来の味を楽しむ調理法が多い印象がある。シンプルな網焼き、炭焼き、ムニエル、グリル、オーブン、揚げ、鍋、あら汁、グラタン、燻製。挙げればきりが無いが、どれも鮭の味を活かす方法だ。


 川魚に類するため生食は避けるべきだが、それこそ生食用で出回っている海外産の『サーモン』とは方向性が違う。まあ、あれはあれで脂の乗りを活かした刺身、炙り、カルパッチョのようなサラダ類で頂くと大変美味である。


 話が逸れた。とにかく鮭である。


 サケ目サケ科サケ属のサケ。

 ここまでサケで揃えられては飲まざるを得ない。



 閉店間際のスーパーにて、半額の勲章を付け私を待っていた切り身殿を保護し、我が家へご招待する。


 アルミホイルで船を作り。千切り玉ねぎのマットにゴマ油、醤油数滴、酒一匙というブレンド香油を垂らし、切り身をそっと寝かせる。包み込むように再度アルミの布団をかぶせ、年季の入ったフライパンベッドへと誘う。


 蓋をしないまま弱火でじっくり温まるのを待つ。


 チリチリと聴こえる頃からホイル蓋より酒と玉ねぎ水分の蒸気が出てくる。即座に蓋を載せ、じっくりと蒸し焼きに。

 ちょっと覆いをずらして玉ねぎの醤油をまとった甘い香りがしてきたら、満を持して蓋を取る。

 芳醇な蒸気が立ち昇るも一瞬で晴れ、ホイル蓋を摘み剥がすと紅色の貴婦人とのご対面である。


 相棒はガラス瓶の一合酒二本。安酒と侮るなかれ。熱めの燗をしてあり、切り身から剥いだ中骨を炙った上で熱燗に沈めてある。特徴のない酒だからこそ化粧によりその様相を変化させ、我々を楽しませてくれる。

 剥ぐ際の中骨に少し身をつけてあるのがこだわりで、酒精と炙りの香ばしさと鮭脂の旨味が溶け込んだ垂涎の上酒となっている。

 熱燗から上燗に変わるタイミングでと一口 きっする。

 ──良きかな、良きかな。

 刻みネギを散らし、角皿にホイル船ごと載せ替え、いざ食卓へ。



 いただきます



 別小皿にもみじおろしを別に誂え、醤油を数滴。宴の開始の合図とする。

 ほぐした鮭の身をまずは一口。

 ──ハク、ホフホフ

 ふうわりと旨味が広がり口福を呼ぶ。

 余韻が残るうちに骨酒を喫する。米の香りと鮭の油の香りが一体となり、更なる口福。

 冷たきもみじおろしと共にシュクリと喰む。温かく甘みを含んだ玉ねぎと共にシャクリと喰む。

 そこにコクリと含む骨酒の馥郁ふくいくさよ。

 じわりじわりと広がる口福を噛みしめる。


 ふと、こういう純和風も良いが、バターときのこを足して熱々をビールで流し込むのも捨てがたいなと、次の口福を思い浮かべながら二本目のガラス瓶を湯の鍋から取出し一人静かに宴を進める。


 途中、中骨と共にグリルで炙っておいた皮を少しずつしがみながら、ゆるゆると骨酒を減らしていく。


 宴も終盤、鮭も玉ねぎも姿を消したアルミホイルの船。行儀の悪いことは百も承知。一人なので何を臆するものぞ。残った酒を船器に濯ぎ、こぼさぬよう慎重に最後まで喫する。


 コク──、コク──、コク──、


 ──はふぅ



 緩やかな酩酊が体の緊張を解きほぐし、


「ごちそう様でした」


 宴は終わりを告げる。



 明日は何を喰おうか。



 ──今宵はここまで。

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