焼きそば

 汁なしの麺といえば最近ではなど、ラーメンとは別の麺を味わう物も出ている。

 しかしながら我々中年のDNAに深く刻まれているのは、夏祭りで屋台から漂うソースの香りに引き寄せられるように食べた焼きそばであろう。

 味の種類はソース、塩、変わったところで

 中の具材は味出しの豚こま、風味を添えるもやし、彩りにざく切りキャベツ、気分によっては人参の千切りも加える。

 シンプルに麺だけ焼いてて食べるのもまた一興。その際は香り高いゴマ油で焼き付けるのが至高である。塩でもソースでもどちらでも美味い。



 屋台を模した省スペースの居酒屋を見つけ、これ幸いとビニールの仕切りを潜り、カウンターの椅子─ビール箱を裏返し煎餅座布団を乗せたもの─に座る。涼を求めてジョッキハイボールを傾ける。突き出しの浅漬キュウリをかじりながら見つけた『ソース自慢の焼きそば』の文字に、小腹を満たす目的もあり即座に注文に乗せる。

 カウンター向こうの鉄板で麺が投入される。麺は市販品だが、見ているとヘラで押し付けるように焦げを作っている。傍では豚コマを覆うようにもやしとざく切りキャベツが蓋をされ蒸されていた。

 麺の裏表にある程度の焦げ目ができると、蓋を取った具材と混ぜ合わせる。


 ジャハー、カツカツ、ジャハー、カツカツ、ジュワーー!


 蒸された具材の水分を飛ばすようにヘラが踊る。最後はソース投入の音。湯気とともに立ち昇るあの香りが期待感を膨らませる。

 ハイボールをお代りした。



 あくまで屋台風を貫くのか、例の透明パックに詰めて、ご丁寧に輪ゴムまでかけて、鉄板越しに目の前で渡された。


「ウチはこのまま持ち帰りできますんで」


 袋は有料ですがねとつまらない冗談を交えるので、愛想笑いを返す。

 はちまきの髭面が汗だくだったので、一杯やってくれとチューハイを奢る。良い鉄板ショーだった。


「あざっす」


 追加でイカ焼きと、突き出しでいい塩梅だった浅漬を注文して目の前の嗜好品に意識を向ける。


 輪ゴムを取るとピョコンと蓋が開く。鰹節と青海苔多めの注文通り、ゆらゆらと削り節が踊る。角に添えられた紅生姜もその紅さが彩りとしてはいいアクセント。夏の暑さを感じる。


 いただきます


 せっかくのスタイルなので、熱さに気をつけてパックを左手に、割り箸を口で割り、一口分の塊を青海苔でむせないよう、ガバと口に運ぶ。

 旨味、ほど良い青臭さ、鰹の芳香。軽く咀嚼し、店主と同様汗をかいているジョッキのハイボールを流し込む。


 グビリ、グビリ、グビリ、……プハー


 濃厚なはずの、ガブ飲みなど普通はできないウイスキーを、ただ炭酸水で割って氷を浮かべるだけでグビリグビリと嚥下できる代物に変わるとは何たる不思議か。


 看板通りソースが美味い。もしかして自家製なんだろうか。……いやいや、せいぜいが複数社のブレンドだ。良い割合を見つけたのが自慢なのだろう。豚コマが少ないのも味出しに一役買っているので面目躍如。もやしキャベツも野菜の甘味を感じられる。


 しばらく咀嚼と嚥下を繰り返す。

 半分になったところで紅生姜を喰む。ソースにはなかった酸味と塩気、辛味が口内をリセットする。

 おもむろに備え付けの七味を手に取る。

 別の辛味を加えることで更なる高みを目指す。─大正解。


 空になったパックを置くと、いつの間にか来ていた浅漬に手を伸ばしポリポリ。三杯目を注文。


 もうすぐ目の前で踊るイカ焼きが来る。



 ──今宵はここまで。

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