フライ・ハイ

 キラッキラな目をしていた。


 さっきまで泳いでいたかのような瑞々しさを湛え、手のひらサイズの小ささに旨味を蓄えた涙滴型の宝石のよう。


 10尾300円とは破格の値段。気がつけば備え付けのビニール袋に鰯を20ほど詰め込んでいた。


 ふとカゴを見ると、既に辛口の銀500缶が三本。


 新鮮な魚を喰むならば米の酒が欠かせないとはいえ、昨晩すでにストックが尽きていた。


 残暑の中でもあり、喉は炭酸を欲していた。


 肉系を選びに来たはずなのに、鮮魚帯で目が合ってしまったのだ。


 刺身・梅煮・なめろうなど、和の献立がよぎる。辛口銀缶は和の味に合わせているという話を聞いたことがあるが、今の麦の酒欲としての相性は微妙。


 天啓が降りてきた。


 ──揚げればいいじゃないか。




 多めの氷と共に持ち帰った鰯をいそいそとバットに並べ、下ごしらえをしていく。

 鯵や鯖などと違い、鰯はほとんど包丁を使わない。

 古新聞の上であっという間に手開きで捌いていく。


 バッター液とパン粉、から揚げ粉の2種類を用意していざ、フライ・ハイ。



 カラカラカラと小気味良く調べが響き、きつね色に染まった鰯が、食材のイワシとして卓上に並ぶべく油切網の上に行儀よく並んでいく。


 イワシフライ。

 イワシの唐揚げ。


 同じ揚げ物なのに纏う衣によって様相を変えるのは、何かしらの感動すら感じる。


 味を知っているのに……いや、知っているからこそ銀缶との組み合わせが酒欲として高まり昼間の疲れを癒やすのであろう。


 9尾ずつの揚げ物たちを大皿に並べ、愛用の断熱タンブラーに黄金色の液体を注ぎ、宴の準備を済ませる。


 かぶりつく前にタンブラーを傾け、喉を潤す。先程負った舌先の軽い火傷を癒やしつつ、麦の香りが口福を呼ぶ。


 箸休めの白菜漬を脇に置き、主役を彩る醤油、ウスターソース、タルタル、レモン汁。


 役者は揃った。


「いただきます」

 フライからザグリ──。

 青物独特の臭みなど感じない。純粋な旨味の塊を頬張る。

 クムクムと歯に当たる小骨すらアクセントに、一気に三尾平らげる。

 グビグビリ──。シャクシャク。ザグリザグリ。

 箸休めの淡い塩気も会いまり、箸が止まらない。


 もう一つの主役、唐揚げに手を伸ばす。小皿に取ったレモン汁と醤油のつけダレに軽く浸し齧り付く。


 ホクッ──。


 フライのザクザク感と異なり、柔らかく解けていく。


 もう止める必要などない。


 ザクザク、グビリ、シャクシャク、ホクホク、グビリグビリ──。


 醤油を始めとして、卓上の調味料を駆使しての乱痴気騒ぎ──。気がつけば卓上には皿しか残っていなかった。


「──ごちそう様でした」


 緩やかに酩酊感を楽しみ、なけなしの気力で片付けをしながら思う。

 明日はどんな口福が待っているのか。



 ──今宵はここまで。


 

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