秋茄子と竹虎

『秋茄子は嫁に食わすな』

 今時の一部の人が聞くと激昂げっこうしそうな諺である。

 そのままでは秋に美味しくなる茄子を分けたくないただの嫁いびりとしか聞こえない。しかし、茄子は体を冷やす効果があるので夏ならばともかく気温が下がる秋にあまり多く食べると冷え性持ち、特に女性にはあまり良くないとされている意味もある。

 茄子の旬はほぼ半年の間、五月から十月にかけてとなっているので夏野菜でもあり秋の味覚でもある。


 猛暑の時期ならば濃いめの煮浸し、若しくは糠漬けや浅漬けを冷蔵庫で冷やしておき、素麺や冷し出汁の茶漬けと共に堪能する。

 煮浸しならばヒヤトロの、漬物ならばギュッとした歯ごたえの茄子の食感は、理屈以上に暑さを和らげてくれる。塩分と涼を同時に取れるのでありがたい具材である。

 秋口となると、献立が少々温かくても平気になるので天婦羅、麻婆、肉詰めなどはビールや日本酒との相性が抜群となる。

 やはり怒られそうだが、独り占めしたくなる気持ちがわかってしまう。



 日が落ちると若干涼風がそよぐ夕刻。いつものスーパーで新鮮な茄子が目にとまる。ツヤツヤの皮を突付つつけばハリのある弾力返してくる良品である。

 五本、籠に投入。

 週末が近く、調理するのが少々面倒に感じたので、惣菜でもと考えた矢先であった。

 目にとまっては仕方がない。なるべく簡単に美味い献立を

 ──グリル焼き


 籠に花鰹が追加された。



 帰宅と同時に湯を沸かす。冷蔵庫に残っていた厚揚げを同衾させるべく油抜きをする為だ。

 コンロのグリルに火を入れ、さっと水洗いしただけの茄子を三本並べ、隙間に風呂上りの厚揚げを置く。

 弱火でじっくり火を通す間に、茄子残り二本は次の為に保存。皮をある程度ピーラで剥き、乱切りのあと冷凍用ビニール袋に入れて冷凍庫へ。


 竹串を用意してグリルを覗くと、いい感じに焦げ目が付き皮がシワシワになっている。身が蕩けつつある証拠だ。

 一番太い部分にすっと竹串が通ったのでまな板へ招待。我ながら器用に菜箸でヘタを固定しつつ、再度竹串を使用して皮を剥く。黒衣の下に隠された黄金色の裸体を拝見する。


 トントントンとヘタを切り落とし、崩さぬように角皿に移す。花鰹の化粧を施せば、トロトロの焼き茄子が完成。

 厚揚げも良い感じに表面がパリッと焼けた。常備してある刻み葱をわさりと乗せる。──これぞ竹虎。

 満を持し、いざ食卓へ。


 いただきます。


 よく冷えたビール缶のプルタブを引上げ素焼きのタンブラーに注ぐ。即座に立ち上る泡に注意して、数度に分けて注ぐ。


 冷めぬうちにと、醤油を数滴垂らした茄子へ箸を入れる。箸先でわかる蕩け具合。

 鰹節と一緒に口へ運ぶ。

 ──噛む必要などない。

 トゥルンと熱い塊が舌の上で溶け、旨味だけを残し鰹節に食感を渡す。

 もう一切れ口で溶かし、ビールを一口。

 グビリと喉を通せば、余韻が口福を呼ぶ。


 茄子一本を堪能し、箸先は竹虎へ。

 乗せた葱を落とさぬように持ち上げ、ザクリと歯を立てる。

 パリパリとした皮の下からしっとりと豆の旨味が溢れ、葱の清涼さ、醤油の香ばしさが会いまり、更なる口福を呼ぶ。ビールがこれに合わないわけがない。



 液体と固体、その中間体をわるわる口内へとべるのが止まらなくなる。


 トロトロ、ジャクリ、グビグビ、トロリ、ジャクジャク、グビリグビリ──


 嗚呼あぁ、秋茄子のかな




 ──今宵はここまで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る