鳥籠のエチュード

籠原スナヲ

第1話 大人数の会話劇は難しいという話がTLを流れたので

 即興小説をTwitterで書きました。ここに記録しておきます。

 https://twitter.com/suna_kago/status/1428190595734929408


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 本文:

「まあな」とAは言った。「大人数が集まった場所での会話劇は、誰が喋っているのか明確にしておくのがとても難しい。俺としては、こんな風に台詞の途中で『~とAは言った』と挟んで――このAっていうのは俺のことだ――発言者を早々に書き記してしまうのがいちばん手っ取り早いと思うんだが?」

「そりゃな」とBも頷く。「いまオレは『そりゃな』と声に出して言ったが、まあこんな言葉にはなんの意味もありゃしない。要は、台本のト書き的に、長い台詞の頭に発言者を置いとくための挨拶みてえなもんさ。これで発言者がオレ、つまりBだってことが簡単に読者に分かるってわけだ」

 Cが煙草に火をつけた。「こうやって、冒頭の台詞を省略することもできるよ。なんらかのアクションを起こすことによって、Cという発言者の名前を段落の冒頭に記載することができるんだからね。ああ、だから、登場人物は喫煙者を多めにしておくといいな。ウォッカを常飲するアル中でも構わん」

 DとEが顔を見合わせた。「こんな風にすると」「2人同時に会話できるってことだね」

「ん、呑み込みが早いな」とFが拍手した。Aも口笛を吹く。このときAが口笛を吹いたのは、ここに大人数がいるという状況を読者に思い出させるための割り込み動作であって、そこに深い意味などないことをGは知っていた。

 Bが立ち上がって部屋のカーテンを開ける。

「ねえ?」とHは声を上げた。「さっき地の文で『Gは知っていた』と書いたってことは、この会話劇の視点人物はG君ってことになるのよね?」

「まあね」とCは煙を吐いた。「たとえ大人数の会話劇でも、カメラはどこかに置かれていなくちゃ、な」

「そうね、ルールは守らないと」

「ま、小説の作法なんて、あってないようなものだとは思うがね」

「読者を混乱させたくはないわ」

「こんな風に会話がリレーしているときは、わざわざHとCが喋っているなんて書く必要もないさ」

「私の口調も特徴的ですものね」

「さて、他の皆に台詞を返そう」

 窓からの日差しが一同の部屋を照らした。ここで一同と書いているのは、作者が、具体的にこの大人数の会話劇を何人で終わらせるのか決めていないためである。本来であれば、10人とか15人とか書いて、会話劇の参加人数を賢明な読者に思い出させるのが上手い方法であろう――と、Gは思った。

「Jちゃん良いこと思いついた! こんな風に自分のこと『Jちゃん』とか名前で呼ぶ、ブリっ娘みたいなキャラを1人くらい登場させておく、っていうのはどうかなあ!」

「いいんじゃないか?」とFは笑う。「みんなはどう思う?」

 呼びかけに対して、DとEが同時に手を挙げた。「ぼくらは」「賛成だ」

 他の者も、それぞれの仕方で賛成の意を示す。

「なあ」とBは周囲を見回した。「さっきからIとLの奴は全然喋ってねえじゃねえか。お前らには意見はねえのか?」

「なくてもいいさ」とAは言った。「大人数の会話劇だからって発言のノルマがあるわけじゃない。沈黙によって存在感を示す手もある」

「そうかしら?」とHは眉をひそめた。「映画なら、何も言わなくても行動しなくても、フィルムに映ることができるわ。でも、小説は、何もしなければ何も書かれることがないんじゃないの? たとえば――視点人物であるG君が、IちゃんやLさんに特別な意図を持って注目したりしない限りはね」

 Hに促される形で、GはIに目をやった。Iは俯いたまま、薄い胸の前で、指を絡ませるだけである。その指先を、Gは美しいと思った。こんな風にロマンスの伏線を張ることもできるだろう。だが、ヒロインであるところのIが貧乳キャラなのは、単純に作者の趣味だと言ったら怒られるだろうか――?

「おっぱい」とKは吐き捨てた。「おっぱいおっぱい!ちんこちんこ!」

 そう、もう書くことがないのだ。

「落ち着け」とCが窘める。「だいたい、今までで何人登場した?」

 DとEが数えた。「ちょうど」「12人」

 今度はAが立ち上がった。「有名な会話劇映画と同じになったな」

「だったら」とBが上着を羽織る。「そろそろ潮時ってやつかよ?」


 Cが煙草の火を消し、Hの手を取った。DとEも同時に椅子を戻す。Lは最後まで喋らないまま、早々に部屋をあとにした。Kはしばらく泣き崩れていたが、Fに促され、ようやく重い腰を上げた。Aは帽子を被り、少し微笑んだ。

 そして部屋には、IとGだけが残された。

 Iは初めてGに顔を向けた。「あの――わたし、こういうメタフィクション形式は初めてで――」

「いいさ」とGは答えた。「僕だって、実は今までひと言も喋ってなかったんだ」

 こうして長々とした会話劇のあと、ロマンスの伏線が回収されようとしていた。


おわり


※カクヨムのレイアウトに合わせて、台詞を微調整しています。


結論:

できらぁ!!!!!!!!

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鳥籠のエチュード 籠原スナヲ @suna_kago

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