やらせの三乗または惨状

@HasumiChouji

やらせの三乗または惨状

 最悪だと思っていた夏は、まだ、始まりに過ぎず、学校の夏休みが終り、新学期が来たら、伝染病の流行の更に次の波が来た……らしいのだが、ウチの国の主要都市では、最早、新規感染者をちゃんと把握する事さえ不可能になっていた。

 十月に予定されていた国会の選挙さえ感染拡大防止を名目に中止になり……そのニュースが流れる頃には、当然ながら、売れない役者だった俺にはマモトな仕事などなくなっていた。

 ただ、1つ、マトモじゃない仕事の依頼は有ったが……。


「つまり、ここで適当な事をしゃべりながら飲んでりゃいい訳ですね」

「はい、ただ、何テイクか撮るので、本当にお酒を飲むのは、撮影が終ってからにして下さい」

 二十代ぐらいの自称「Youtuber」は、俺と……同じく売れない役者であるくだに、そう指示を出した。

「……マスゴミがどうのこうとと言ってるくせに、やらせをやんのかよ……」

「あの若造、俺達ぐらいの齢になっても、Youtuberやってるのかね?」

「それで生活が出来りゃあね……」

「俺たちもさぁ……あの若造ぐらいの齢の頃は、甘い事考えてたよなぁ……」

「全くだ……」

「しかし、映画やドラマの撮影に比べりゃショボいな」

「照明さんも音声さんも居ないと、イマイチ、撮影してるって実感が湧かねえな」

 俺達は、その自称「Youtuber」に依頼されて、「この状況で、未だに営業してる不届ふとどききな居酒屋と、そこで飲んでる阿呆」ってていの芝居をやる事になった。

 店の外に有る席でレモンサワーに見せ掛けた単なる炭酸水を飲みながら、馬鹿な事を延々しゃべり続けていた。もっとも、音声係は居ないし、自称「Youtuber」は離れた所からスマホで撮影してるんで、俺達が言ってる事は録音されていない。

 この居酒屋も、こんな状況なんで、金をもらって撮影の為に店を貸したらしいが……。

 そして、ヤツから合図が有った。


「おい、誰に断って、勝手に撮ってやがるッ⁉」

 打ち合わせ通り、俺達は、ヤツに気付いたフリをして、ヤツの方に駆け出し……。

 ゴッ‼

 突然、誰かに背後うしろから殴られた。

「おい、誰の許しを得て、外で飲んでる?」

 作業着らしきモノを着て、特殊警棒を持った男達が5名。

「だ……誰?」

「都庁の『無許可営業を取り締まり隊』だ。ちょっと来てもらおう。おい、そこで撮影してる男もだ」

 俺は、自称「Youtuber」の方を見た。

 ヤツは手と首を必死で横に振り続けながら「知らん、知らん、知らん」と言う事を俺達に伝えようとしている……らしかったが……。

 当のヤツは気付いていなかったが、ヤツの背後には……。


「おい、お前ら、何してる? 全員、ちょっと来てもらおう……」

「おい、大池じゃないか、俺だよ、俺。同じ劇団に居た山野だよ」

 に、俺は、そう声をかけた。

「な……何を言ってる?」

「何を言ってるは、こっちだよ」

「俺は、見ての通り……」

「警官じゃねぇだろ。お前が着てんのも、本物じゃなくて、撮影とかに使う衣装だろ。わざと、本物の警官の制服とビミョ〜に違うようにしてるヤツ」

「はぁっ? だから何を……」

「おい、お前、本当に偽警官かよ?」

 「取り締まり隊」を名乗ってた連中の1人が、そう叫んだ。

「本物の警官に決ってるだろ」

「うるせえ、お前こそ、一緒に警察に来い」

「だから、何言ってる、この通り、警察手帳もちゃんと……」

「それも撮影用の小道具だ。本物とは色が違う……ちょっと待て、何の音だ?」

 ブーン……。

 ガチャン……。

 その音がする方向は……上だ……。

 俺達の頭上では……2台のドローンが……争っていた……。いや、本当に争っているのかは不明だが……少なくとも、争っているように見える動きをしていた。


 結局、やらせ撮影に使われた居酒屋は……他の「Youtuber」にも金で情報を流して、「やらせ撮影をやってる所を撮影してはどうか?」と云う話を持ち掛けていたらしい……。

 結局はグダグダな事になり……あの場を撮影していた3人の「Youtuber」の誰も、動画をUPしなかったようだが……。

 そして、あれから……1年近くが過ぎた。

 あの事件が起きた居酒屋は、その手の「配信」で度々見掛けるようになり、ネット上で「例のプール」ならぬ「例の居酒屋」と呼ばれてるようだ。

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