釣り師、旅立ち


 これは困った。

 まさか、王立のと領立のがあるなんて思わないから、勧められているのはリュイデと同じ学校だとばかり思っていた。

 リュイデになんて切り出そうか……。

 先に学校へ行くことにしたと言わなくて本当によかったよ。

 いっしょに行くと思わせておいて違う学校だったなんてことになったら、ショック受けるだろうからな。


 それにしても王立オレオール学院。

 すごい城のような学校だった。

 ここじゃないとダメだろうと言われたから、ドラゴンキラーのような子たちがたくさんいる学校ということか。

 それなら目立たなくていいかもしれないが、すごい学校だな。


 ――――なんてのんきに思っていた俺に、後日たずねて来たリュイデがくわっと目を開いてまくし立てた。


「なんで学院なの!? 学院なんて貴族ばっかりで、平民はいじめられて小さくなって生活するんだよ!? そんなところにコータ行くの!?」


『ニャッ!』


 大変言いづらい中、行くのは王立学院だったと伝えたところすごい剣幕である。

 シロもびっくりだ。


「あー……そう学校なのか。知らなかった。でももう試験受けちゃったし」


「もう試験受けちゃったしなんて言ってる場合!? 何、普通にしてるんだよ!! 本当に貴族ばっかりなんだよ!? 怖いんだよ!?」


「俺に貴族の怖さを訴えてもなぁ。なんにも覚えてないからなぁ」


「あああああ! もう!!」


 頭をかきむしりだしたぞ。

 なんでそんなに貴族を目のかたきにしているんだよ。ちょっと粗相をしたら、不敬だと首はねられたりするとでも言うのだろうか。

 知っている貴族といえば、セレーナさんくらい。多分、冒険者ギルドのロベルト副ギルド長も貴族なんじゃないかなと思う。

 怖いと言われてもピンとこないよな。


「――わかった。僕がいっしょに断りに行ってあげる。管理局?」


「うぇ?」


 完全にリュイデが暴走モードだ。

 どうしたもんかと思ったけれども、俺は悪趣味にも誠実そうな領民課の課長のおっちゃんがどうするのか見てみよう。なんて思ってしまった。


 リュイデに流されるように管理局へ行くと、また課長が時間を作ってくれて、リュイデに説明してくれた。

 ――領立の学園では、コータスくんの人並み外れた才能を持て余してしまうんだよ――と。


 秘匿すべき個人情報だというのもあるんだろうけど、ドラゴンキラーを言わないでおいてくれたのは感謝だ。本当に恥ずかしいからな。

 リュイデは「たしかにコータスはすごいですからね」となんとか納得してくれた。


 それに、あと一年半ほどしてリュイデが研究院というところに進学すれば、同じ場所で学ぶことになるだろうと言われ、うなずいていた。

 高等教育機関で再会が予定されているということか。

 これで大分風当たりは弱くなった。

 あぁよかった、やっぱり大人の力は違うなと思っていると、課長はこっそりと耳打ちしてきた。


「――――君は口も堅いし上手く人を使うもんだね。将来が楽しみだよ」


 ニヤリという笑みだった。

 内心冷や汗ものだったけど、俺はなんのことだかわかりませんという顔で、首をかしげておいた。



 ◇



 その夜はリュイデとシリィと三人で食事をした。


「――――まぁそういうわけで、俺は近々王立学院とかいうところに行くんだ」


 シリィは驚いた顔をして一瞬固まったが、騒ぎはしなかった。


「……コータスって普通じゃないもんね。学院に行くってなんか納得した」


「たしかにコータは普通じゃないよね」


「普通じゃない?」


「普通、子どもが店を始めようと思わないよ。しかもなんかすごいの釣って国軍に行ったんでしょ? なんかいろいろ普通じゃない。学院なんて国王も行ってた学校だもんね。うちのオーナーすごいって、市場の人に自慢しようっと!」


「僕も友達が学院にいるって自慢しようかな」


 恥ずかしいが、自慢と思ってくれるのはうれしい。


「このテントはどうするの?」


「たたんで持っていく。何かあったらまたここで開けばいいしな」


「そっか……」


 シリィとリュイデの言葉が止まった。

 二人がしょんぼりしたことに気付いたシロは、すりすりと寄り添っている。

 俺も少しだけ、寂しく思う。


 リュイデといっしょに港に来てから三か月ほど。

 シリィたち姉妹と会い、市場の人たちと会い、釣りをして、食事をして、店を出して。

 ここを基点として生活をした。

 異世界での最初の生活を、海辺のこの場所でゆっくりとスタートできたのは、とても幸せなことだった。


 でも、もっとちゃんとここで生きて行かないとならない。

 国や世界のことを知っていかないといけない。

 俺はこれからこの世界で長い時間を暮らしていくのだ。


「店にはちゃんと納品しに行くし、ここにも釣りしに来るし、長い休みの時にはリュイの家にも行くからな。『誰、おまえ?』とか言わないでくれよ?」


「言わないよ。来てくれるの待ってるから」


「ちゃんと卵ソース切らさないように持って来てね」


 俺が学院に入ることで何かがすごく変わる気がしたけれども、そんなに変わらないのかもしれない。

 涼しい海風が優しく抜けていく。

 キャノピーで三人で顔を合わせたのは、これが最後となった。




 数日後、俺は片づけをして何もなくなった岩場から立ち去った。


「おう、コータス。元気でやるんだぜ?」


「コータス少年、無理せずにね。辛くなったら戻っておいで」


「いや、辛くならなくてもすぐ釣りしに来るし、遊びにも来るから」


 港に来た最初からお世話になった釣りギルドのギルド長夫妻。

 あえて挨拶もしなかった。

 お世話になりましたなんて言ったら来づらくなるって。

 笑って見送る二人に軽く手を振り、港を後にする。


「さて、向かうか。あのすごい城のような学校の寮ってどんなだろうな」


『ニャニャ~(きっとおふとんフカフカで美味しいものがあります~)』


 うちの幸福を呼ぶ神獣がそう言うなら、心配ないだろう。

 新しい生活は先行き不透明だけれども、十数年ぶりの学生生活は楽しみでもあり。

 魔法鞄を背負いシロが入ったカゴを片手に持ち、もう片方の手に記憶石アンカーストーンを握りしめ、俺は[転移アリターン]と唱えたのだった。








 ### あとがき ###


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 今回で2章完結となります。

 次回は閑話の予定。


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俺が釣りたいのはシーサーペントやクラーケンではなく、ましてやオーシャンドラゴンでは決してない。 くすだま琴 @kusudama

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