第117話:恋愛初心者

 案の定、ソファーの上でスマホが鳴っている。メッセージの着信音だ。


「たくさん届いているみたいですね」


 ブッブッという振動音が止まらないのを見て、ペト様が言った。


「めっちゃいっぱい来てます」

一昨日おとといも、電波が来ていたのでしたっけ?」

「あ、はい」


 さすがペト様、よく把握してらっしゃる。


 あの日は、お母さんからの電話にちゃんと出られなかったけど、スマホにばかりかまってもいられなかった。なにしろ、湖底都市に着陸! ——からの、ペト様と再会! ——からの、歓迎会! という怒涛どとうの一日。


 気づいたら電波は切れていたけど、その間に大量のメッセージを受信していた。多すぎて、まだ全部は読みきれていない。


 私の書きためていていたメッセージも送信されていたはず。元気にしていることだけは、お父さん、お母さんにも伝わっている——と思いたい。


「ナギさんは、お元気なのでしょうか」


 つぶやくように言うペト様。


「メッセージを読むかぎり、元気にしてるみたいです」


 スマホに表示される時刻は、九月一六日(水)午前三時二〇分。自称超夜型のナギちゃんでも、さすがに寝てるだろうな。まあ、時計が合っている保証はないんだけど。


 ナギちゃんと最初の異世界間通話をしたのは、たしか転移して二日目くらいだったはず。二回目は、ペト様が行方不明になった直後だ。「仲間を集める」ってアドバイスをもらったのも、その時だったっけ。


 履歴を見ると、最後の通話は九月三日(木)の夕方だったらしい。ってことは、かれこれ二週間近く話してないのか。でも正直、二週間よりずっと遠い昔のような気もする。


 いくらスクロールしても続く未読メッセージ。どれから読もう? それとも、誰かに電話したほうがいい?


 そんなことを考えていると、着信があった。画面には「大河内凪」の表示。送信時刻は——「今」だ!


 プレビューには〈起きてるか~?〉と出ている。いやそれ、こっちのセリフな?


「ペーター、電話してもいい? ナギちゃんに」

「もちろん!」


 ビデオ通話のアイコンをタップすると、呼出音が部屋のなかに響いた。


 なかなか出ない。やっぱり寝てるのかなと思ったところで、やっとつながった。ナギちゃんはカメラオフのままだ。


「も、もしもし! 大河内です!」

「丁寧かよ」


 よそゆきの声にツッコミを入れる。


「ひさびさだから! こっちも緊張してんの!」

「てか、まだ起きてたんだ?」

「ああ、明日の課題? 英語の?」


 なぜ疑問形?


「でも、いまいち調子出ないから、景気づけにアニメ観てた」

「いや、意味わからんし」


 ああ、この感じ。ナギちゃんだ。


「それがさ、今期イチオシの熱いアニメで……イヤイヤイヤ、そんなこと話してる場合じゃねーんだわ。カナ、ペト様との再会、おめでとう!!」

「お、ありがとう! メッセージ、もう読んでくれたんだ?」

「うん、アニメ観てたら、通知音が止まらなくなったからさ。カナからだ、と思って」


 昨日書いた直近のメッセージまで読んでくれたなら、説明の手間が省けて助かる。


「まさか、マジでハーレム作るとは思わなかったわ」

「ハーレム言うな」


 ケラケラと笑うナギちゃん。ほんとうに人をのせるのがうまいんだから、こいつは。


「ナギさん、おひさしぶりです!」


 ペト様が声をかけた。スマホを手にとり、自分も映るよう画角を合わせている。ナギちゃんのカメラはオフのままだけど、息をのむ様子がスピーカー越しに伝わってきた。そういえば、前回は音声通話だったんだよね。


「お、おひさしぶりです!」

「つもる話もあるでしょうから、ごゆっくり。お茶でもれてきますね」


 それだけ告げると、ペト様は立ち上がってキッチンのほうに行ってしまった。


「生ペト様、ヤバい!! いいなあ、カナ! 毎日推しと一緒にいられて!」

「ああ……うん、そうだね」

「え、なに? ペト様となんかあったの?」

「ど、どうして? なんもないよ?」


 さすがは、ナギちゃん。鋭い。


「すっげえ微妙なリアクション」

「いや、ほんとうに。毎日とっても幸せだよ。幸せなんだけど……」

「あ! 異世界美女にライバル出現とか!?」

「ちがうちがう。美女が多いのはたしかだけど」


 まあ、ちっとも気にならないと言ったら、ウソになる。


「え、じゃ、まさか。ペト様、ほんとうにアル様と……」

「ナギ、妄想と現実はちゃんと区別しような?」

「うーん、わからん。恋愛の経験なんてギャルゲーか乙女ゲーしかないしなぁ」

「それなんよ! 私、リアルではまったくの恋愛初心者ビギナーなわけじゃん?」

「そだね」

「だから、経験値が絶望的に足らんくて」

「ま、今さらな話ではあるけど、実感はこもってる」


 実はアニ同で、会長(ナギちゃん)推しっていう一年生はすくなくない。今年度の活動はほぼ全面オンラインだけど、ミーティングのたびに一年男子のグループチャットは会長の話題で盛りあがるんだとか。


「私なんか、たとえて言えば、クラス対抗戦すら出たことなくて見学しかしたことない子が、県大会もインターハイも通り越して、いきなりオリンピック代表で出場するようなものなんだよ」

「自己肯定感、低すぎて草」

「だって! ほんとうだし! 悲しいけど!」

「ふーん」


 まあ、ゼイタクな悩みじゃん、とナギちゃんは言った。


「てか、カナ。最近メール、すくなくね?」


 ギク。


 あちらの世界のこと、もちろん気にかけてはいる。いつ電波がつながるかわからないから、こまめにメッセージを書いては、送信待ちの状態にしておくのだけど、ここ数日は余裕なくて、ナギちゃんたちにも短めのしか書いていない。


 長いことコンタクトが途切れていたので、このまま連絡つかなくなるのかな、なんて気もしはじめていた。


「ゴメン。ここのところ、バタバタしてて」

「うん、それはわかってるんだけどさ。そうそう、カナのママとも電話つながったんだって?」

「え、お母さんと話したの?」

「うん、割とよく連絡してるよ。もし私がつながったら、すぐ知らせる約束もしてるし」

「そうなのか」

「カナのママね、家のこと気にしなくていいから、電話ならナギにするよう伝えてくれって」

「マジ?」

「この間も、なに話したたらいいかわからなくて、変なこと口走っちゃったって」


 自覚はあったのか。


「私と電話するほうが、話は早いだろうから、ぜひお願いしますって」

「わが親ながら、よく心得ておる」

「そうだ! 親っていえば、このま……さんのパパともおは……てさ」


 まずい。電波が弱くなってきたか?


「ん? 誰のパパって?」

「ユウトさん! ユウトさんのパパ!」

「ああ。話したの?」


 ペト様が、お茶をもって戻ってきた。ちょうど耳にした名前が気になるのか、私のほうをじっと見ている。


「うん。あ、もちろん、ユウトさんはまだ失踪中。でもね、ユウトパパから……てもらったよ」

「悪い。聞き取れなかった。ユウトさんのお父さんから、なんだって?」

「メッセージを見せてもらったの」

「メッセージって、ユウトさんの?」


 返事のかわりに、ナギちゃんは画像を送ってきた。ユウトさんから届いたメッセージのスクショらしい。


〈父さん、無事です。生きてます〉


「今まで届いた唯一のメッセージだって」

「これだけ?」

「そ。短くね?」


 私がもらったメッセージも長くはなかったけど、お父さんあてがこれって、さすがに素っ気なさすぎる。


「私も言おうと思ってたんだけどさ、ユウトさん、こっちにいるらしいんだ」


 ナギちゃんの反応がないなと思っていると、そのまま通話は切れてしまった。



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異世界でハーレム作るつもりだったのにゴーレム作ることになった maru @maru_kkym

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