Ep.27 謎の少年、なのだ
「ねぇ君、大丈夫?」
ノスウィゼ港、船着き場のビット前にしゃがみこんでいた、フードを深くかぶる少年。エアナが目線を合わせるようにしてから声をかけると、少年はビクリと肩を揺らした。緑色の瞳が不安に揺れ、エアナを見上げる。目線が合えば、エアナもニコリと微笑んで話を続けた。
「私、エアナっていうの!あなた、お名前は?お父さんとお母さんはどこかな、迷子?一人で寂しくない?」
畳み掛けられる質問に少年は怯えた上に困惑した様子で、更に膝を抱えて身を縮こませてしまった。
「あれ、びっくりさせちゃったかな……」
「えっと、大丈夫……?僕達、怖い人じゃないから……、君、迷子?」
慌てるエアナの横にイグルもしゃがんで、一個一個ゆっくり聞いてみよう、と促してから再び少年と対峙する。
少年はイグルに目線を移すと、ふるふると首を横に振った。
「迷子じゃない……、じゃあ、お母さんたちはどこにいるか、わかる?」
ふるふるとまた首を横に振る。迷子ではないが、親の所在はわからない。どういうことだろうか、とエアナとイグルは顔を見合わせた。
「ええと……、誰かを待ってるのかな」
少し困惑しながらもそう聞くと、少年は再びうつむいて、黙ってしまった。
「どうしよう……、お話できないのかな?」
「そういうわけではなさそうだけど……、多分、警戒してるんだと思う」
困りはてて首をひねっていると、後ろから「おーい」と聞き慣れた男性の声が聞こえてきた。フェイルだ。ユーリスとともに馬車交渉を終えて帰還したらしい。「兄さん」とイグルはフェイルの方を向く。
「こんなところでどうした、宿は?」
「宿はまだなんだ、ごめん。実は……」
云々、二人に事情を説明すると、なるほどね、と二人は頷き少年の様子を見る。
「まぁたしかに、身元もわからねぇガキンチョここに一人置いとくのはちと危ねぇかもなぁ」
「だよね……、どうしよう、待ち合わせとかなら勝手に連れて行くわけにも行かないし」
四人が少年をじっと見る。その目線が集まる瞬間が怖かったのか少年は今まで以上に肩をこわばらせたかたと思うと、低く唸り声を上げた。その声はさながら、犬が威嚇するような。そんな声だった。
「……ビビらせちまったな」
「だ、大丈夫だよ!怖くないよ〜!?」
エアナが慌てて少年に手を伸ばすが、少年は警戒してずり、と後ずさる。その拍子にフードがズレ、少し顔が見えた。表情は完全に怯えきっていたが、それより気になったのは、耳だ。本来顔の横あたりにあるそれは無く、代わりに犬のような耳が頭にある。しかしそれは横に向き、下に倒れていた。威嚇、警戒を表している耳の向きだ。
(人間の姿なのに、犬耳?こんな人初めてみた……)
イグルが不思議そうに少年を見つめていると、ユーリスが「嬢ちゃん」とエアナを手招きする。エアナは心配そうに少年を一瞥してユーリスに駆け寄ると、一言二言話をし始めた。
どうしたんだろう、とイグルが首を傾げていると、話し終わったエアナが頷いてユーリスに踵を返した。後ろ手に何かを隠して少年に先程以上に距離を縮める。
少年は後ずさろうとしてビットが背に当たり、逃げ場がなくなってしまった。少年がそれに気がつくと、恐怖で声を漏らし、不安が入り混じった顔で身体を震わせる。
「大丈夫、怖くないよ。……これ、いる?」
エアナが微笑んでそう告げると、後ろ手をそっと前に出す。握った手を開くと、そこにはピンク色の包装紙に包まれたキャンディが乗っていた。
少年は驚いた顔でそれを見つめ、視線を交互させる。エアナは「あげる」と微笑むと、少年が恐る恐るといった様子で近づき、くんくんと匂いを確認した後、キャンディに手を伸ばした。微笑むエアナを見つめ、何もしてこないことを確認すると、さっとそのキャンディを手に取り、包装を開ける。
甘い香りのピンクのキャンディ。少年が暫くそれを観察していると、エアナももう片方の手に隠し持っていたキャンディを開き、ぱく、と口に含む。ころころと口で転がして笑うと、それに習って少年もキャンディを口に含んだ。
ころ、ころと少し舐めれば、少年はみるみるうちに目を輝かせた。犬耳をピンと立て、エアナを見る。
「……あまい、のだ!」
ピコピコと耳を動かして少年はそう口に出す。拍子にフードが完全に取れてしまったが、そんなことを気にする様子もなく、少年はあまい、あまいと繰り返しながら飴を舌の上で転がす。
エアナはというと、話してくれたことが嬉しくなったのか表情をキラキラと輝かせて少年に話し続けていた。
「うん、そうだね、甘いね!おいしい?」
「おいしいのだ!これは何なのだ!?」
「キャンディっていうの!イチゴ味なんだって、私も初めて食べたんだぁ。おいしいね!」
「キャンディ、いちご……、ノノンこれ、気に入ったのだ!!もっとくれ!なのだ!!」
キャンディがたいそう気に入ったのか、警戒していたことも忘れた様子で少年はくれ、くれと催促するようにエアナの服を引っ張る。エアナは嬉しそうにうんうん、と頷き「じゃあ全部舐め終わったらもう一個貰おっか!」と微笑んだ。
「はは、思ったよりチョロかったな」
事の顛末を見守っていたフェイルが半分呆れた顔で笑うと、イグルが「そうだね」と眉を下げて笑った。
「でも、仲良くなれそうでよかった。ユーリス、キャンディなんて持ってたんだね」
「交渉ついでに馬車の荷積みを手伝ったら、御者の爺さんがお礼にってな。俺とフェイルに、ってくれたものだったんだが……」
ま、結果オーライだな、と仲良く飴を転がす少年少女をみて、ユーリスも微笑ましく笑いながら少年に近づき、ビットに座る。少年は完全に警戒心がなくなったのか、後ろに座ったユーリスにも驚かず、そちらを見上げながらもキャンディを転がしていた。
「気に入ったか?」
「気に入ったのだ!」
「そいつは良かったぜ。坊主、名前は?」
ユーリスが流れるように聞くと、少年はぴょん、と立ち上がって仁王立ちになると
「ノノンは、ノノンなのだ!!」
と、大きく胸を張った。エアナはわぁ、と嬉しそうに手を小さく叩いて喜んでいる。それを崇められたと思ったのか、ノノンと名乗った少年はむふーと鼻息を荒くして更に胸を張った。
「態度でかっ、さっきまで縮こまってビビってたくせに……のわぁ!?」
フェイルがやれやれと呆れた様子で言うと、急に眼前に大きな獣の手が迫る。驚きの声を上げてバランスを崩し、2、3歩後ろに下がるのをイグルが慌てて支えたことでどうにか倒れず済んだ。
獣の手はどうやら、ノノンが杖をフェイルの前に突き出したようだ。ノノンが杖を地面について収めると、むん、と口をへの字に曲げている。
「っぶねー……、急に何すんだよ!」
「ノノンを馬鹿にするからなのだ!ノノンは別にビビってないのだ!変なこと言うななのだ!」
ノノンはべーっと舌を出し反抗の意を示した。生意気な態度にカチンと来たのか、フェイルは心底腹立たしそうな顔でノノンにガンを飛ばす。ノノンも負けじと眉をハの字に、口をへの字にしてフェイルを睨みつけた。バチバチと二人の間で目線の火花が散る。
「兄さん落ち着いて、相手は子供だよ」
イグルな腕を引っ張って戒められると、フェイルもふん!と大きく鼻息をついてそっぽを向いた。
大人気ないなぁ、などと思いながらもイグルは眉を下げて笑い、ノノンに向き直る。
「え、と、ノノン……君は、どうしてここにいたの?」
イグルがそうノノンに尋ねると、ノノンはハッとした様子で杖を握り直した。そしてまた不安げに耳を垂れさせ、少しだけうつむく。
「……わかんない、のだ」
「わからない?迷っちゃった、ってこと?」
帰ってきた言葉に、不思議そうに首を傾げたエアナが顔を覗き込むと、ノノンはふるふると首を横に振った。
「まいご、じゃない……のだ、多分」
「……要領得ないな。ここに来る前はどこにいた?」
次にユーリスが尋ねる。それにもノノンは首を横に振る。
「わかんないのだ」
「お父さんと、お母さんは?あと家族……お兄さんとか、お姉さんとか。誰かと一緒にいたりした?」
「……わかんない。……ノノン、何も、わかんないのだ」
イグルの問いかけにも首を横に振り、わからないと言いながら杖をぎゅっと抱きしめた。
「ノノンは、ノノンがノノンで、誰かと一緒にいなきゃいけなくて……、でも、それが誰か、わからなくて……。どこに行けばいいのかもわかんないし、どうすればいいのかもわかんないのだ」
だから、ここに座ってたのだ。と地面をつま先でトントンと叩く。エアナは痛ましげに眉を下げ、「寂しかったね」と優しく頭をなでる。それにノノンは顔を上げて、先程までの不安な弱さとは違う、否定の意を込めた様子で首を横に振る。
「寂しく、ないのだ!ノノンにはエナガがいるから」
そう言うと自分の髪の中を漁るようにワシャワシャと掻き分ける。
しかし、そこから何かが出てくる様子はなく、4人は首を傾げた。ノノンも、あれ?という様子であたりをキョロキョロと見る。
すると、フードの影から、何かがもそもそと動いた。白いワタのようなそれが顔を出すと、パタパタと羽ばたき宙に浮く。そして、暫く浮上すると、ノノンの頭頂部にちょこんと着地した。
白く丸っこいボディに、黒い羽と尾。黒い小さな嘴で、羽根をつついたのち、やれやれといった様子でふるふると身体を揺らし。つぶらな黒い瞳を瞬きする小さな手のひらサイズの鳥が居た。
「……鳥?」
「エナガなのだ。いつの間にかノノンの頭に住み着いてたのだ!!」
「か、かわいい〜!!」
エアナが歓喜してエナガと呼ばれた白い鳥をつんつんと突くと、羽毛に指が埋まる。初めて触るふわふわ感触に目を輝かせ、更に指の腹で羽毛を優しくつまんだり、撫で始めた。エナガは少し険しい顔をしているが、されるがままにつつかれ撫で繰り回されている。
「こんな白い鳥見たことないな、北の方の鳥か?」
「そうかも。白い鳥がいるのは知ってるけど……、この鳥は初めて見たかも」
「博識組も知らねぇって言うなら俺が知るわけもねぇな。……と、その前にこのガキンチョをどうするかだ」
じゃれ合うノノンとエナガ、エアナを横目にユーリスが二人に「どうする?」と問う。兄弟は顔を見合って考えるように唸る。
「聞いてる感じ、記憶喪失……だよね。一人にしておくのは可哀想、だと思う、けど」
「俺達だって大事な旅の途中だ。この前の遺跡のときみたいに、この先も危険がないとは正直断言できないぞ」
子守なんてしてる余裕があるとは思えない、とフェイルが首を横に振る。
イグルも確かにと思うが、しかしここまで心を開かせてしまった状態で放置するのも、それこそ人の心がないのではないかと思う。渋るイグルに、ユーリスが肩に手を起き、「なぁに」と割って入る。
「この先ずっと連れ歩くかはあいつ次第だ。今はこの瞬間、保護するかどうかだけ決めればいいさ。旅に連れて行くか否か、それを決めるのは俺達じゃない」
最終的に決めるのはあいつ自身だ、とユーリスがノノンを親指で指した。「そう、だよね」とイグルが一人ごちると、ノノンに近づいた。
「えっと……、もうすぐ日が暮れて、危ないからさ。もし行く宛もなくて、君さえ良ければ、一度宿まで僕達と一緒に来ない?」
前屈みになって目線を合わせる。ノノンはぱちくりと瞬きをすると、少し考えるように目線を落として杖をぎゅっと握り、もごもごと口元が動く。何か言ったのだろうか、とイグルが首を傾げると、ノノンは少し焦った様子で胸を張り
「お、お前がそう言うなら、ノノンはついていってやらなくも、ない!なのだ!」
と鼻息荒めに言った。「態度でかっ」と背後から兄の声が聞こえたような気がするが、それは一旦おいておいて。とりあえず保護の方向で話が進みそうだ、と内心ホッと胸を撫で下ろした。
「うん、一緒に来てくれると嬉しいな。兄さんとユーリスと、エアナもいい?」
確認も取らずに決めてしまった、と慌てて三人を見る。エアナはうん!と嬉しそうに笑い、フェイルは「仕方ないな」と同意の意を示す。
「雇い主がいいって言うなら俺も異論はねぇよ。さ、宿まで急いだ急いだ!」
「行くのだ!!」
ユーリスの掛け声と共にノノンが走り出す。エアナもその後を追った。
「……ごめんね兄さん、勝手に話進めて」
「イグルが謝ることないだろ。実際、あのまま誘拐されたり凍え死なれても後味が悪いしな」
フェイルが背中をぽんと叩いてから荷物を持ち、行こうぜ、と促した。イグルも頷き、荷物をともに運びながら宿を目指すのであった。
百年のオラトリア 榎本 奏 @enomoto_sou
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