第3話  彼は姉の特別な人


 その日からだった。頻繁にリントン家から手紙が届くようになったのは。

 来るのと同じ数だけ、我が家からも手紙が先方に届けられる。

 デュークから手紙を受け取ると、姉はひどく楽しそうに読んでいた。 

 そんな姿を私が見ているのに気づくと、恥ずかしそうにそそくさと部屋に入っていって、すぐに返事をしたためては、彼にすぐに手紙を送り返すのだ。


 その頃の姉は社交界の花だった。

 世紀の淑女と呼ばれ、どんなに高い身分の女性も一目を置いて、子供達に見習いなさいというほどの。王都の社交シーズンでは、王女様からもお招きがあったらしい。

 すっきりとした容姿に話題も豊富で一緒にいる人を楽しませ、相手を独りぼっちにせず、品があって。

 華がある人ということで、彼女がいるだけで場が和み、華やぐ。

 パーティーがあれば引っ張りだこで、あちこちに乞われて顔を出すことも多かった。

 もちろん、男性からの誘いもひっ切りなしで、取り巻きの男性も多かった。

 その中の一人が、デュークだったのだ。

 とはいっても、まだ未成年の彼だから、姉がデュークのエスコートでパーティに行くということはなかったのだけれど。

 彼が一人前になった折には彼が姉を連れてパーティに連れて行くことになるのだろうか。


 社交界デビューがまだの私には、どちらも遠い世界の話のようだった。



 妹の目からしても、デュークに対する時だけ、姉の態度は他の男性に対するのと違っていたような気がする。

 他の人から手紙をいただいた時は、紙から添える花やちょっとしたお返しも吟味して、厳選して。お返事をしたためるインクの色まで相当な時間をかけて用意していた。

 しかしデュークに対しては、とにかく早く返事をと気がせいているのか、決まって紙は素朴な白一色で、しかし他の人に対してより事細かに色々と書きつけているようだし、他の人より多くのやり取りをしていた。


 その違いが、お互い気持ちが通じ合っているようで、お互いの間に遠慮がないことを伝えているようで。


 そして姉は時々、リントン公宛にだろうか、違う装いの手紙も一緒に使いに持たせてデューク宛に送っていた。

 そんな時は一層、姉は幸せそうで。


 もしかしたら、私が知らない間に、親も公認で内々に二人の将来の話が出ていたのかもしれない。



 うちのミュラー伯爵家は家格からしても、家の近さからしてもリントン辺境伯家には、それほど悪くない相手だろうし、そこに社交の技術に長けている姉なら未来の辺境伯の妻として申し分ない相手だったろう。

 それに昔からお互いを知っていて、気心だってわかりあえている。


 そういう思惑があるせいか、手紙のやり取りだけでなく、半年に一度ほどはデュークが我が家に来るようになっていた。

 今まではデュークだけでなく、彼の両親も連れ立って我が家に来ることはあったのだが、それからはデュークだけで来るのが当たり前のようになっていた。




「ごめんね、まだお仕度がすんでなくて。カリン、貴方がデュークのお相手をして待っててもらっていい?」

「またなの、お姉さま……デュークに失礼でしょう? 来るのわかっていたのだから、ちゃんとしないと」


 他の人相手の時は、いつもちゃんとしている姉も、デュークの時には甘えが出るのか、たびたび彼が来るとわかっている日に限っては寝坊をしたり、髪のセットが決まらないとか言って、なかなか彼の前に顔を出そうとしない。

 そんな時は決まって私が、デュークの相手をさせられていた。

 私も朝から少し頭痛がしていて、お腹がチクチクして具合が悪いのに……しかし仕方がない、とため息をついて彼の前に顔を出す。

 姉のこれはよくある恋のテクニックで焦らしているのだろうか。私には経験値が低くてわからないけれど。


「カリンは……よく本を読んでるようだけど、何を読んでるの?」

 彼にお茶を淹れていると、珍しくデュークから話題を振ってくれた。


「大体はなんでも読みますけれど、歴史書、戦記物、紀行文……小説も少々」

 令嬢らしくないタイトルのセレクションだったかもしれないけれど、デューク相手に見栄を張っても仕方がないので、本当のことを言う。こういうと兄は渋いと笑うし、姉は淑女らしくないと呆れるのだけれど。

「歴史書のおすすめは…?」

「そうですわね、神話時代も好きですが、リャルデの双王時代のものが好きですね。内容的には軍記物ともかぶりますが」

 デュークの目がきらっと光ったような気がした。

「それはなかなか目が高いな。それならばビガンデ王辺りの史実に基づいた……」

「デューク、お待たせ」


 身支度を整え終えた姉がようやく顔を出す。なぜだろう、姉の息が切れているような気がする。そんなに急いで支度をしてきたのだろうか。もっと遅く顔を出してきたような時もあったと思うのだけれど。

 やはりなんだかんだ言っても、デュークに早く会いたかったのだろうか。


「カリン、ごめんなさいね。お部屋にデュークからいただいたお菓子を運ばせるから、いただいてね」

「あ、はい……」

 お姉さまは笑顔で私にお礼を言うが、心なしか、早く追い出したがっているようにも思えるような……?

 なんだろうと思いつつ、応接間を後にしたが、ドアを閉める直前にちらりと見えた姉の顔は、笑顔だけれど、どことなく怒っているようにも見えた。


 私が邪魔だったのかしら、と思えば二人にどことなく申し訳なく思えた。

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