第15話 婚約式
結婚式に比べたら、婚約式は些細なものだ。
それでも、侯爵家の婚約式ということで、本来だったらもっと豪華なものが用意されてもおかしくなかっただろう。
しかし、社交シーズンが済んだらすぐに結婚式ということもあり、身内だけを呼んでお祝いをするという形ばかりのものになっていた。兄夫婦は義姉と共に欠席だったのが残念だけれど仕方がない。
結婚式自体も急だということで、王都で招待状がばらまかれ、来られる人だけ来てほしいという形になったようだが、社交界でも有名人だった姉の結婚ということで注目を浴びているらしく、招待状を欲しがる人も多いようだ。
社交的だった姉と対照的に、義兄となるマクスルド卿は大人しい性格らしく、あまり社交界に顔を出さなかったらしい。貴族の娘は政略結婚が基本だから、勝手に父か兄由来で話が来ていたのだろうと思い込んでいたが、噂話からするとそうでもないらしく、二人は前々から面識があったそうだ。
一体どうやって知り合ったのだろうとも思うが、噂を聞いた時には姉はもう嫁ぎ先に住まいを変えていたため、聞き出すチャンスは私になかった。
それと、自分が姉はデュークとまだ付き合っていると思っていたのもあったから。
二人が疎遠になったような頃から、急にマクスルド卿と付き合うようになったのだろうか、と勝手に憶測はするがそれはあくまでも憶測だけだ。
姉の結婚相手のモウト侯爵家は、デュークの母の妹の嫁ぎ先でデュークの従兄の家なのだから、婚約式にはリントン辺境伯も出席されるのは想像ついていた。
その際に、自分はデュークとなるべく一緒に行動をするように言われている。そうすることで、一種のお披露目にもなるのだから、と。
彼の方もそう言い聞かせられているのだろうか。モウト侯爵家に併設されている教会で落ち合った時から、デュークはずっと離れないで傍にいる。まるで護衛の騎士のように。
久しぶりに会ったお姉さまは、我が家の家門の色、深い青の清楚なドレスを着て髪を結いあげて、いつも以上に堂々としているように見える。
しかし私たち家族の顔を見れば、花は咲いたように笑顔になった。
やはり落ち着いて見えても、緊張しているようだ。
「カリン」
姉が真っ先に私のことを呼んでくれる。
久しぶりに会えた姉に嬉しくて、思わず姉を抱きしめようとして、またお姉さまにはしたないとたしなめられるかと思って直前で戸惑って止める。
そんな私に気づいたらしく、お姉さまがふわりとほほ笑んで、自分から私を抱きしめてくれた。
違う家に住みしばらく経っても、その時に漂う香りも、温かさも姉のもので、そんな当たり前のことに安心してしまった。
「ヨーランダ、ちゃんと食べてる?」
「大事にされてるわ」
母が姉の頬を包んで良く顔を見せて、と姉の顔をじっと見つめる様を見て、お母様もお姉さまも心配なさっていたのか、と少ししんみりしてしまった。姉がいなくなって淋しく思ったのは私だけではなかったのかと、ちょっとほっともしたけれど。お父様は姉をそんな眩しそうに見つめるだけで、なぜか会話の中に入ってこない。
女性側の家の控室に、普通男性側親族が入ることはない。
しかし私の婚約者ということで、デュークも許されこちらの部屋に足を踏み入れることができる。
私の後ろについてきているデュークにも挨拶を、と姉がデュークに顔を向ける。
「貴方たちの婚約も聞いたわよ、おめでとう」
姉が私とデュークに祝福を、と頭を下げるからデュークと思わず顔を見合わせてしまった。
「まだ予定よ。婚約式は私の社交界のお披露目が終わってからだし」
「似たようなものよ。しまりがない顔をしてるわよ、デューク。カリンをちゃんと守るのよ、しっかりしてね」
しゃんとしなさい、と姉がデュークの背中を軽く叩いてからかうと、父と母も声を上げて笑う。
叩かれたデュークもどことなく嬉しそうに見える。
「式の準備が出来ました」
そろそろだ、と少し、空気がぴりっと引き締まった気がした。
「それではお父様、お母様、お席に方に行ってて」
婚約者が姉をエスコートして祭壇に向かうという手順らしく、マクスルド卿に連れられて行ってしまった。
蕩けそうな笑顔のお姉さまは、とても幸せそうだ。
マクスルド卿はとても美しい男性で、二人並ぶと絵のように綺麗でお似合いなのだけれど、なぜだろう。デュークと共にいる時のお姉さまの方が自然な気がした。
ひょっとしたら、ずっと一緒に暮らしている私なんかより、ずっと、デュークの方がお姉さまは気を許していたのだろうか。
それが本当だったら少し寂しくて、どちらに対して嫉妬をしているのか、わからなくなる……。
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