第11話 結婚準備
姉の結婚が決まってから、屋敷の中が慌ただしくなった。
通常、婚約式があって、それから一年くらいしてから結婚式なのだろうから、ゆっくりと時間をかけて姉が嫁ぐ支度をするのかと思いきや、とるものもとりあえず婚約式を行い、婚約告示期間が明けたらもう結婚式を行うらしくて仰天した。
「どうしてこんなに結婚を急がせてるの?」
「なんでも、あちらのおばあ様のご病気が重いらしく、動けるうちに孫の結婚する姿が見たい、とのことらしいわよ」
それに同情したお父様が、それならば現段階で最速で式が挙げられるタイミング、社交シーズンが終わり皆が領地に戻る頃に相手方の領地で式を挙げるように、と了承したようだ。それでも季節を二つ越えた先。やらなければならないことが多すぎる。
あちらが無理を言って急いだ結婚式なので、婚約式前あたりから姉はそちらの家に移り、あちらで色々と用立ててもらうらしい。
それでも我が家でも準備しなくてはならないものが多すぎて。
このことから我が家は今シーズン、王都に行くことも取りやめで、みんな領地にいることになった。兄のところの義姉の体調も思わしくないところから、行かないこととなったようだし。
皆と一緒に冬を領地で過ごせるのは嬉しいのだけれど、違う悩みが発生しそうだ。
「……式が春の始めということは、飾りは全部造花よね……手作り? ……支度、間に合うの?」
「間に合わせるのよ!」
婚礼で我が家から相手の家に持っていくものリストを見ながら、母がやる気に燃えている。
ある程度、嫁入りを夢見てあらかじめ準備しておいたものもあるし、購入で済ませられるものもあるが、ここ領地内は王都ほど店もないため発注もできない。王都に発注しても到底間に合わせられないだろう。
侯爵家と伯爵家の結婚なのだから、手を抜くことができないのに春の花を使ってごまかすことができないとは。冬の間、自分も針を持ち続けることを覚悟しよう。
この後で「私、結婚式ってもっと夢見て準備するものだと思ってました」と未婚のメイドたちが嘆いたのは、母に聞こえないふりをされていた。
裁縫が苦手な人は家事をして。裁縫が得意なら刺繍をして。と得意不得意で分業をするため、いつもと違うルーティーンで伯爵家の家政が回っていく。
婚約式を飛び越えて、ひたすら結婚式の支度に集中をしていれば、家中で妙な団結力がわいてきているようだった。
「つ、疲れた……」
最近は本を読む暇もなく、家でひたすら刺繍をしている。
結婚式ともなれば、参列することになるだろう自分たちのドレスもあるのだ。
裁縫は嫌いではないけれど、ずっと針と糸とにらめっこは家の中にいるのが得意な自分でも嫌になる。
疲れを癒すというより、もう癖になってしまっているソレを、無意識に服の上から触れた。
そこにあるものを思い出せば、力が湧いてくるから。
デュークからもらったロケットを布越しに触れる。
夏の帽子は傷みやすいから、ワンシーズンで交換しなくてはいけない。日差しで色があせやすく、汗で匂いも残りやすいから。
姉の前で彼からもらったものを無理を言って露骨に取っておくこともできなくて、季節が過ぎたと同時に帽子は処分されてしまった。
でも好きな人から貰った時の喜びを忘れたくなくて。そのまま捨てるのもしのびなくて。
だからあのネモフィラの帽子飾りを残しておいたのを1つ、今はロケットの中に入れていた。
階下から呼び鈴の音と声がして、誰かが来ているのに気づく。
誰だろうと思いつつ見下ろしていれば、先に相手に気づかれて手を振られた。
「カリン、こんにちは」
「デューク!?」
ちょうどデュークのことをなんとなく考えていたところに当人が現れて驚いた。
しかし着ているのが室内用ドレスなのであまりこっちを見ないで!と念じつつその場を離れ、ちょっと待ってて!と部屋に飛び込んだ。
服装がいまいちだっただけでなく、裁縫に集中していて、目もしょぼしょぼしてて血走っているし、髪もあまり綺麗に結ったりもしていない。そんな姿を見られてしまい、毛布に頭を突っ込んで絶叫したかった。むしろ死にたい。
大急ぎで身なりを整えて彼の前に戻るが、きっと相手は自分の格好なんか気にしてないんだろうなと思うと、物悲しくなるが。
「ヨーランダは?」
「……お姉さまなら、今、お母様と買い物に……」
今日はどういったご用件で? と伺えば、手に持った封筒を片手に胸を張られた。
「今日の俺はお使い」
なるほど。お姉さまの結婚関係の使者のようだ。
男性側の血縁関係者で、女性側とも面識あるということで、使者にはうってつけということだろう。それでも久しぶりに会えるのは嬉しかった。
「君のおうちも今は忙しいだろうから、あんまり顔出すなって言われたんだ。それと俺の方も色々とやらなきゃいけないことが多くてね」
「やらなきゃいけないこと?」
「剣の稽古とか」
そうだった。デュークの家は隣国と領地を接しているから、騎士団も抱えている。将来的にその騎士団のトップになるのだから、彼も日々厳しい鍛錬をしているのだろう。
「デューク、ますます大きくなったみたいね」
「そうかな?」
「ちょっと会わなかっただけなのに……背も肩幅も手も大きくなった気がする」
そう自分の手のひらと彼の手をちらちらと、さりげなく見比べてみるが、二回りくらいデュークの方が大きく見えるし、ごつごつしているようだ。剣だこと思しきものもあるし。
「ん? ちょっと会わなかった間に、もう会いたいって思ってくれた?」
「な、なにを言ってるの」
「そうだったら嬉しいなって思っただけだよ。ミュラー伯爵に面会の約束しているから、行ってくるね」
デュークが用事があるのは父にだったようだ。それならなんでわざわざこちらに顔を出したのか。
父がいる本館と、私がいる離れは同じ屋敷とはいえそれなりに距離があるというのに。
会いたかったのに、嬉しかったのに。
きまり悪いし恥ずかいしで、会えて嬉しいと素直に思えない自分が世界で一番可愛くないと思った。
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