第26話 (おまけ)【ヨーランダ視点】人魚姫のお姉さま
「カリン、ご本を読んであげるわ。いらっしゃい」
子供には大きすぎるベッドを二人で分けて。
妹に本を読んであげるのが夜の私の日課だった。
元々、外で走り回るのが好きだったカリンに本の楽しみを教えたのは私だったと思う。
夜の絵本の習慣がついてから、カリンは本を自分でも読むようになった。
それがいつからか、本ばかり読むような娘になってしまったのだけれど。
「お姉さま、人魚のお姫様のお話を読んで」
「ええ、いいわよ」
人間の王子様に恋をした、深い海に住む人魚のお姫様。
人間の世界に人魚が行くのは禁忌。もし行って、彼の心を手に入れられなかったら死んでしまうという呪いがある。
人魚姫はどうしても彼が忘れられず、尾ひれの代わりに足を手に入れるけれど、結局彼の心を手に入れられず、最後に泡になってしまう悲しい物語。
小さなカリンはそのお話が大好きで、飽きもせず、何度も何度も読まされた。
「お姉さま、私がもし人魚姫で、王子様を好きになって陸に行くっていったらどうする?」
幼い子供の言葉には、もしもという言葉が多くなる。
「そうねえ、貴方がしたいというのなら、私は応援するわ」
「じゃあ、王子様が私以外の人を好きになってしまったら?」
「貴方が危なくなったら、私も人魚姫のお姉さまのように、髪でも声でもなんでも代償にして、貴方を助けにいくわ」
私がそのお話で一番好きだったのは、人魚姫のお姉さんたちが、美しい髪と引き換えに、一振りの銀の短剣を持ってくるところ。
もしあの時人魚姫が王子様を殺せたら、人魚姫は人魚に戻り海に帰ってこられたのだ。
結局人魚姫は愛する王子を殺せずに、自分が泡になって死ぬことを選ぶのだけれど。
「そうなの?お姉さま、大好き」
「私もカリンが大好きよ」
そのように、抱きしめて姉妹の愛を確かめ合う夜は、なによりも心が満たされて幸せだったのだ。
◆◆◆
私はどうも、男性という生き物がそれほど好きではないらしい。
それに気づいたのは、社交界デビューをしてすぐのことだった。適齢期を過ぎてからそれに気づいたのはショックではあったのだけれど。
やはり自分の男性観を形成した代表格である身内があまり良くなかったのだろう。
「ヨーランダはデュークと仲がいいよな、好きなのか?」
「悪い子ではないですけれど、そういう意味ではお互いに興味ありませんわね」
ほほほ、と口を隠して兄の言葉を否定する。私、年下には興味がないのよ。
「そうなのか。てっきり付き合っているのかと思ったぞ」
ははは、と兄が笑うが、そんな兄に内心では「けっ」と舐めた態度をとっていた。
またこの兄が下らないことを言っている。どこをどう見たらそんな仲に見えるというのか。
確かに頻繁にデュークとやり取りはしているけれど、私の彼への扱いを見れば、そうでないとわかるではないか。
男扱いしていないのがわからないからこの人モテないのよ、と実兄の後ろから影を踏みにじった。
大体兄はいつも、人の心の機微を見る目がなさすぎる。
兄の婚約者のミリアリアも、兄があまりにも彼女を放置しているので、陰で泣いていたのを、誰がフォローしたというのか。
ミリアリアとの結婚のために男を上げたくて仕事に忙殺するのもわかる。
しかし泣かせるくらいならほどほどにして、彼女の傍で、愛の一つでも囁いた方がいいのに。
婚約者に浮気を心配されるなんて馬鹿じゃないの、と思う。よく彼女の方が浮気しなかったものだ。
世の中には私とデュークのような気の置けない関係を飾らない気安さの象徴として、男女の仲として尊重するきらいもあるようだ。
しかし、私はそんなものを求めない。私の中では恋愛は駆け引き。戦いなのだと思っている。
そこそこの伯爵家の長女ともなれば、いい感じに人と付き合い、卒なく社交をこなして、いいところに結婚するゲームに強制参加しているようなものなのだから。
しかし。
「全然会えないじゃないのよ」
「んなこと言ったって、あの人も引きこもり気味で」
私の想い人マクスルド卿と交際を発展させるために彼の従弟だというデュークを利用してお近づきを計るのだけれど、上手くいかない日々ばかり続いた。
デュークを責めるが、デュークにしても、そんなこと言われてもというところだろう。
「大体なんでマクスルド卿なんだよ、他にも男いっぱいいるだろ」
「あの人じゃないとダメなのよ」
彼と会ったのは一度切り。引きこもりで有名な彼も、さすがに王女様のお召しには顔を出さなければならなかったようで、そのパーティーで出会った。
一目見た時、この人だと思った。
一度会って話した時から、彼以外いないと思った。この人を逃したら、私は一生結婚できない。
好きだというより私に必要な人。
この人は私を傷つけない。そう直観した。
見た目の美しさではなく、ただ、この人は自分が好きになる人、そんな感じで、彼に堕ちた。
「そんなに好きなら自分で直接コンタクト取ればいいだろぉ」
「それだと単なるストーカーじゃないのよ! 自然な再会にしたいんだから」
そういう私に、そんな無茶な、とデュークが悲鳴を上げた。
元々デュークとカリンは昔、デュークがやらかしたこともあって、没交渉であったのに、久々に会った妹の可憐さに舞い上がったデュークがカリンと仲良くなりたいと言い出した。
デュークを利用して私はマクスルド卿とお近づきになれればという思いもあったが、デュークはカリンの結婚相手に悪くはないという打算が先に働いた。
このままデュークがカリンとうまくいけばそれはそれでいい。
しかし、いつデュークがカリンを好きでなくなるかもわからないのだ。
協力はしても、私はデュークをまるっきり信用していなかった。いや、デュークではない、男をだ。
デュークは本当にカリンを好きでい続けるのか。
そして肝心なカリンの気持ちはどうなるか。
カリンは可愛いし、性格もよく素直だから将来みんなが好きになるだろう。しかしその素直さのままでは危うく、男に食い物にされる危険もあるから、身を守るための処世術も教えなければいけないだろう。
姉としては本当は、大人しく本を読んでいるような妹のままでいてほしかったのだけれど。
カリンはなぜかとても自己評価が低い。
どうも外面がいい姉の私を尊敬してくれているようなのだ。
しかし、華やかなことは苦手だが、やらせたらできない子ではなかったし、むしろ物覚えがいい方で。
貴族の娘であるということをちゃんと自覚している子だから、デュークのところなんかより、もっといいところに嫁入りできるのでは、とも思ったが。デュークに聞かれたら殺されるかもしれない。
デュークがカリンのことが大好きで必死なのは認めるが、姉としてはカリンさえ、幸せになってくれたらいい。
恋愛は確かにお互いが良ければいいというのはあるけれど、どうせだったら憧れられる存在でいてほしい。
元々女性を喜ばせるようなセンスが壊滅的だったデュークも鍛えたら、少しずついい男に育ってきていた。
こっそりとカリンをデートに誘うくらい、想いも募っていたようだったし。
そしていつからか、カリンもデュークに対して、控えめにも彼への恋心を持っていたようだった。
それに気づいた時、私の役割は終わったんだ、とそう思った。
私の結婚は、私が妹から卒業するちょうどいいタイミングでもあったのだ。
ほんの少し寂しい気がしたけれど、家族の役割なんて、そんなものだから。
「大事にしていた花だけれど、貴方にあげるわ」
そう、デュークに伝えた時、デュークがどんな顔をしていたかは覚えていない。
◆◆◆
人魚姫の絵本をそっと枕元に置いて。
妹の眠りを妨げないように彼女に毛布を掛け直してやれば、ふわりと、幼い女の子特有の甘いスイカのような香りが漂った。
眠る小さな妹にそっと囁く。
「でもね、カリン。もし、王子様に裏切られたら言いなさい。銀の短剣を貴方に渡すなんて生ぬるいわ。私は自分の手で王子様を刺しにいくからね」
カリンの髪を優しく撫で、社交界の花と呼ばれる笑顔で呟いた。
「そして貴方をちゃんと海に連れ帰ってあげるからね」
<END>
*****************
最後までお読みいただきありがとうございました。
貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様 すだもみぢ @sudamomizi
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