第25話 ロケットの中身



 デュークがヘタレとか格好悪いとか、そんな風には思えない。しかし、彼が自分のためにものすごく努力をしてくれてたようなのは伝わった。

 そして自分が誤解をしていたのも。


「あの……その、ごめんなさい」

「いや、俺が悪いよ。ごめんな……。まさか、君からそんな心配されてるなんて思ってもみなかったからさ……。あー、でもそれは俺が君を好きで、ヨーランダにも好きな人いるのを知ってたから言えることだよな……。傍から見たら誤解受けるのも当然かぁ……。君からどう見られるかとか全然気にしてなかった。一番気にしなければいけなかったのに。お互いありえなさすぎて、考えから抜けてたよ……」


 デュークのへこみっぷりがすごくて、困ってしまう。一人反省会をしながらブツブツ言っている彼をどう慰めたらいいのかもわからず、とりあえず、その頭でも撫でたらいいのだろうかと思うが、彼の背が高くて届かない。

 そうこうしていたら、デュークにぎゅっと抱きしめられていた。


「ヨーランダとの約束なんか律儀に守らないで、もっと早く君が好きだって言えばよかったんだ。婚約したのに浮かれて、君が俺を好きだと思い込んで、勝手に両想いだと思って、肝心なことを言いそびれていたなんて、馬鹿だよ、ごめん」

「デューク」


 嬉しすぎて自然に浮かんだ目尻に浮かんだ涙を、彼は懐から出したハンカチで拭いてくれる。


「このこと、ヨーランダには黙っててくれないか? 君を泣かせたと知ったら、叱られるから」

「まさか」

「本当だよ。あの人、君のことを『カリンは私の娘も同然よ。私が神様に毎日毎日毎日毎日お祈りしてようやく生まれた妹なんだから』っていう人なんだぞ」

「お姉さまったら」


 デュークの言う冗談に思わず笑ってしまったが、なぜかデュークは複雑そうな顔をしている。


「私、愛されていたんですね」

「そうだよ。悩んでいるくらいなら言って? なんでも答えるから」

「じゃあ早速……この刺繍のハンカチは、どなたからいただいたんですか? それと、あの時、座らせてくださった時に敷いてたハンカチも……」


 彼の持っているハンカチを受け取り広げた。どちらが表かわからないような見事な刺繍だ。

 買ったものではなさそうなのは、見ればわかる。


「これ? 母上の縫ったものだよ」

「え、伯爵夫人?」

「なんかあまり気に入らないからって、息子に押し付けられてるよ。本命なのは社交界で奥様方とプレゼントしあったり、父上のとこにいったり、バザーに出したり? 失敗作が俺のところにたくさんある」

「え……」


 このクオリティのものがそんな扱いなら、私のなんてとうていデュークに渡せないではないか。

 刺繍はそれほど苦手だとも思わなかったけれど、プロ級の目を持つ人の前に出せるものではない。


「そういうことするの好きみたいだよ。いつも土産に持っていくクッキーも、あれも母上お手製のだな。カリンの大好物らしいと君の兄さんに聞いたから、いつも張り切って焼いている。なんでも母上のクッキー食べて、こんなに美味しいもの食べたの産まれて初めてだって言ったんだって? 母上がとても喜んでいたのを見せてあげたかったよ」

「きゃー、言わないでっ」


 辺境伯夫人自ら厨房に入ってるの!? という驚きより、過去の自分の言動を思い起こさせられて、恥ずかしさに顔を隠すしかない。今の自分はきっと、耳まで赤くなっているだろう。

 リントン家にばらしたのはお兄様だったとは。今度会ったら思いっきり文句を言わないと。

 もしかしたら、この家に来た時にいただいたあのお菓子も夫人の手作りだったのかもしれない。だからそれを知っていたから母が大げさに振舞い、夫人も嬉しそうにお笑いになったのだろうか。


「カリンにもっと手作りのお菓子を食べてもらいたいから、早くうちに嫁に来てほしいって言ってたな。持ち運べなかったり日持ちがしなかったりするものを、作りたいからって。俺と君が婚約することが決まって、一番喜んだの母上かもしれないな。俺はもちろん除いて」


 もうやめてほしい。どれだけ私、食べるの好きだと思われているの。

 そんな食い意地張ったような娘なんかを嫁に迎えていいのだろうか。


「家同士のメリットのある結婚ってだけでなく、君が俺の妻になってくれるのを、皆が楽しみに待っているんだよ。俺の好きな人は、みんなからもモテて困ってる……。でも、改めて言わせてもらうよ。俺と結婚してほしい」


 この目に浮かぶ涙は、きまり悪さからだろうか、それとも嬉し涙だろうか。

 もうわからないけれど、その言葉に、イエス以外は思いつかない。

 でも、心が一杯で何も言えなくなってしまって。

 自分から彼に頷きながら抱き着いて、その気持ちを態度で表すしかなかった。


 彼に抱き着いた瞬間、彼の胸元から聞き覚えのある、カラン、という音がした。


「デュークのロケットの中身には、何が入っているのですか?」

「……」


 なんでも訊いてと言われたけれど、その中身は他人に言えないようなものかもしれなくて。例えば、辺境伯家の印章指輪だったりしたら、自分が訊いていいものではないだろうし。

 だから、一瞬、言いよどんだ彼を見て、やっぱりいい、と止めようかと思ったが。

 彼は自分のロケットを外すと中をぱかっと開けて見せてくれる。中からは。


「なんですか、これ」


 薄い水色の宝石が中から転がり出て、彼の手の上に落ちた。


「アクアマリンという石だよ。でも、その石自体はあんまり意味がなくて。……カリンの目の色にそっくりだなって思って……持ってただけ」


 彼に手渡された石を手に取り、透かすようにして見る。

 自分で自分の目の色なんて意識したことがなかったから、こんな色なのか、と思わずしげしげと見入ってしまった。

 彼が身近に自分に縁のあるものを持っていてくれたことは嬉しいけれど、それを恥ずかし気もなく言われたことがなぜか自分の方が恥ずかしい。デュークはもう開き直ってしまったのだろうか。


「えっと……カリンのロケットの中に入っているものも、見せてもらっていい?」

「いいですけど……きっとわからないでしょうね」

「え、分からないって何?」


 私がロケットを開けて中の物をデュークに見せたら、思った通り、デュークは眉を寄せてそれを見つめている。

 布でできた小さなネモフィラの花を指先で摘まみ上げ、手のひらの上にのせて、うーんと唸っている。


「なんだろ、これ。見覚えあるのだけれど……」

「気づかなくていいですよ」

「気になるじゃないか」


 それがさすがに自分がプレゼントした帽子についていた飾りだとは気づけないようだ。

 なんだろうと必死で考え込んでいるデュークを隣で微笑みながら見つめる。

 

洗練されていて、センスが良くて、魅力的だと思っていたデューク。


 それが彼の努力の結果だとしたなら、きっと初めて好きになった人がくれたものを、捨てかねて取っておくような乙女心にはきっと気づかないだろう。


 でも、なんとなく、こんなデュークの方が安心できるような気がして、そっとその耳に小さく囁いた。


「私は、そんなデュークが、好きですよ」

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