第17話 リントン辺境伯邸
婚約式の後は、私と母はそのままリントン辺境伯の屋敷にお邪魔することとなった。
侯爵領とリントン辺境伯の屋敷が近く、我が屋敷の方が遠かったため、帰る時に休ませてもらうというのもあったが、私が一度もデュークの育った家を見たことがなかったから、これを機会にと招かれたからだった。
「お邪魔します」
さすがの辺境伯の邸宅は、とても広くて迂闊にここを一人で歩いたら迷子になりそうだと思うほどだった。
応接間が複数あるらしく、私と母は伯爵夫人用の客用応接間にさっそく通される。
「カリンはレモンパイは好きかしら、お茶にしましょう。温めさせてくるわね」
ウキウキとリントン辺境伯爵夫人が自ら立ち回り、お茶の支度をしてくださった。
そういえば、ここのシェフはスイーツが得意だと聞いていた。だからこそ、デュークのお土産のクッキーがいつも楽しみだったのだけれど。
今日はクッキー以外の自慢のこちらのお菓子がいただけるのだと思えば、それだけでわくわくした。
目の前に並べられていくのを見るだけでも、ドキドキする。
メレンゲがほんのりと焦げたレモンパイが切り分けられて、どうぞと勧められて口にした瞬間。
「美味しい……っ」
……思わず口から言葉が漏れた。
「でしょ、でしょ、美味しいでしょ」
なぜうちの母が自慢そうな顔をしているのでしょうか。
しかしさすが辺境伯領。メイドの教育も行き届いているらしく、母の行儀悪さを黙殺してくれた。
いや、もしかしたらこちらではいつも母はこんな感じだったのかもしれない。恥ずかしい。
しかし、母の言うことはもっともなので、こくこく頷きながらも、ついつい次々と口に運んでしまう。姉が傍にいたら少しペースが速いんではないかしら、とたしなめられていたかもしれない。一通り食べたらようやく落ち着いて思わずつぶやいた。
「これを食べるだけでも来てよかったわ。レモンの皮の苦みが絶妙なのかしら……甘さといいコクといい最高よね……」
美味しいものを食べると人間はついつい評論家になってしまうようだ。
「嬉しいわ~、そんなに気にいっていただけて」
母にだけこっそりと囁いたつもりだったのに、後ろからちょうど近づいてきていたデュークのお母様にしっかり聞かれてしまって、顔から火が出る。そんな私を見て、二人の夫人にとても愉快そうに笑われてしまった。
「やっぱり女の子欲しかったわぁ、男の子はダメね。女の子ならドレスとかも着せてあげられるのにね」
「その子によるわよ? ヨーランダはともかくカリンは色の好みが激しかったし」
「あら、そうなの?」
二人のお喋りに入り込めず、お茶を飲んでいたら、帰ってきてさっそく着替えてきたらしいデュークが顔を出してきた。
先ほどの正装も恰好よかったが、ラフなシャツとズボンだけというのも、見慣れないのもあってドキッとしてしまう。
「なんですか、お客様の前でみっともない」
「あ、剣振ってたから、ごめん」
疲れて帰ってきているはずなのに、さっそく鍛錬する必要があるとは。
大変だなぁと思いつつ、自分ではなくてよかったとついつい思ってしまうのは、外で体を動かすのが苦手だから。
少しはデュークを見習って動くようにしなくては、と思ってしまう。
「カリン、前に言っていたリャルデの軍記物を見ないか? 当家のコレクションを出してくるよ」
「え、いいんですか?」
ずっと読みたかった本を見せてもらえる、となっては黙っていられない。母の方を振り返れば、大きく頷いていた。
「デュークの部屋に行ってもいいわよ。ただし扉は開けてね」
「はい!」
嬉しくてデュークのお母様にも失礼しますと頭を下げれば、笑顔で見送ってもらえる。
デュークの傍に行こうとすれば、待って、と片手で制されてしまう。
「先に行ってて。汗流した後に図書室から持ってくるから」
運動した後の汗臭さを恥じて彼が近づかないで、ということか。
察してあげられなかった自分が恥ずかしい。
しかし、デュークは深く気にする様子もなく、じゃあ後で、と手を振って傍にいた侍女に自分の部屋に案内するように言い置いて、去って行った。
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