ダイレクトメールに困ってる

糸賀 太(いとが ふとし)

ダイレクトメールに困ってる

 そんな事より1よ、ちょいと聞いてくれよ。スレとあんま関係ないけどさ。


 俺がガキの頃に亡くなっちまった婆ちゃんの口癖は「悪いことしてると閻魔様に舌ひっこぬかれるよ」だった。いまの俺は、ダイレクトメールを突っ込まれまくるのに困って、ネカフェ暮らしだ。パソコンの画面が横長でカルチャーショックだ。


 いま思えばすまねえことをしたと思うんだが、閻魔のことで婆ちゃんに口答えしたことがある。「いちど悪いことをしたらもう手遅れだから、良い子になっても意味がない」とかなんとか、生意気な口を聞いた。婆ちゃんは俺を靴べらでひっぱたいた。


 さっき通路で学生みたいなのが二人、リングの話で盛り上がってて、公共の場だぞコラ。俺なんか、映画だったらマジでいいのになって目にあってんだからな。「あ、ありのまま…」のAAを貼りたくなるレベル。




 はじまりは知り合いの家に行った夜だった。三階建てアパートの二階、真ん中の部屋に奴は住んでいた。一階は大家がやってる喫茶店だ。夜にはスナックになって、近所の人がカラオケに集まるような店だ。


 奴は家賃を滞納するほど貧乏だったくせに、俺が訪ねた時はいつも、出前の天ぷらそばで、もてなしてくれた。支払いは全部小銭だった。注文したあとで、財布をひっくり返して、十円足りないと顔を青くしたこともあった。


 家賃の件があったから、奴は大家に会わないよう、いつもこっそり帰ってた。といっても、奴のボロ自転車は油切れでキーキー音を立てたから、奴がどんなに隠密作戦をしているつもりでも、全くの無駄だった。


 店の前が、実質上の駐輪場で、奴はそこに駐めてた自転車を盗まれた。学生だって乗らないようなボロだったのに。あいつは冴えないやつだった。


 自転車泥棒事件のあと、奴の家に俺一人でいるときに電話が鳴った。固定電話だ。着信音マックスで、赤く点滅するボタンがワンルームを彩るさまは、ミュージックビデオみたいだった。


 出ようかどうか迷った。非通知だったし、親しい友人でもないし、要するに面倒だった。お前らは、人んちで一人だけのとき、電話でもピンポンでも、鳴ったらどうする?俺はどうすればよかったんだろうな。


 呼び出し音がずっと続く。もし着信音にキレた隣人が苦情をぶちまけに来たら、厄介なのは確実だった。普通に出るか、シカトを決め込むか、いっそガチャ切りしてやるか、革手袋の中がじっと汗ばんできて、やがて留守電モードに入った。


 相手は俺の知らない声で、自分のことを「ぼく」と呼ぶ男だった。素性は全く知れない。ここから下は「ぼく」の語りだ。




 ぼく、怪文書で困ってるんだ。不幸の手紙とは違う。中身は見てないから。けどさ、ドアの下から差し込まれる封筒ってだけで十分に怪しいよ。すきまから滑り込んでくる、まさにその時を見たこともある。


 差出人の顔は見なかったのかって?優等生ぶった質問、まじないわー。ドア開ける気になんてなれないから。開けるなら君が開けてくれよ。マジ、相手が包丁とかもってたらどうするわけ?責任とれないっしょ?




 話がとっちらかってすまねえ。俺だ。このタイミングで、玄関の呼び鈴が鳴った。新聞の集金だった。妙な留守電を聞かれるのが嫌で、ドア越しに適当なこと言って追い返して奥に戻ったが、受話器を取る度胸はなかった。ここから下が、イタ電野郎「ぼく」の語りな。




 差出人は誰かって?誰もがしってる大企業だよ、ってのはウソ。どこの誰だかわからないんだ。何も書いてない。ちょっと待ってて(かさかさと紙のこすれる音)。


 封筒の裏には黒いインクで家紋みたいのが押してある。本当に家紋なのかは分からない。レキジョの友だちに聞いてみたけど、なにこれってリアクションばっか。


 表にぼくの名前がボールペンで書いてある。ペン字教室に通ったけど卒業したのかは怪しい感じ。上の名前だけじゃなくてフルネームだ。だから表札をみて宛名書きしたって線はナシ。差出人はぼくのことを知ってる。


 もしさ、もしだよ、なんでこんな封書が届いたのでしょうか?って聞かれたら途方に暮れるよね。さあ、とか、はあ、とか、言いたくなるかもしれない。だから何?って開き直れるなら、ぼく尊敬しちゃう。


 でも、ぼくは気づいたんだ。あることをする、そのたびに怪文書が届くってことに。さて、それは何でしょう?答えはCMのあと、めんどくさかったらスキップボタン押して。チャンネルはそのままといったほうがいいかな?(クスクス笑い)


 スパムメールを消す。


 これが答え。スパムを一つ消すたびに封筒がドアの隙間からやってくる。タイムラグはあるけど、スパム1に対して怪文書1のレートはきっちりしてる。どこのだれが、なんのためにやってるのかは知らない。


 要らないメッセージを消すたびに頼んでもないメッセージがやってくる。宇宙にはいつのまにか新しいルールができたみたいだ。メールに限った話じゃないんだよ。聞きたくないかもしれないから、あえて例はあげないけどさ。


 あまり興味ないのに送られてくるダイレクトメールとか、雑誌や新聞みたいに一度読んだら用済みになるものとか、あとはもちろん、この留守電とか。要らないメッセージってあるじゃん。例はあげないっていったけど、あげちゃったな。出血大サービスだ。


 信じたくなければ信じなくてもいいよ。(着信音らしき電子音)いま、またスパムメールがきた。


 いまから消す、消すから。




 と、いうところで「ぼく」の声はブツりと途切れた。ほぼ同時に、留守電モードも終わって、俺の中で何かがプツンと切れた。たぶん必死こいて電話から逃げ出したんだと思う。気づいたら俺ン家にいた。


 携帯のバイブが、俺を正気づかせた。スパムが一通来てた。一瞬吐き気がしたが、イタ電ごときにビビるタマじゃねえってんで、ボタンを叩いてスパムを始末したんだ。そのままシャワー直行。


 出てきたら、玄関にあったんだ。封書が。留守電どおり、宛名はフルネームで裏には家紋みたいなスタンプがある。白封筒で、切手はないし、消印もない。封書はゴミ箱に突っ込んだ。


 中身は見なかったのかって?それこそ冗談だ。得体のしれない郵便物なんて、アナログだろうがデジタルだろうが開くもんじゃない。電話の「ぼく」は知らないかもしれないが、炭疽菌という言葉が俺の脳裏をよぎった。


 タイミングのいいイタズラのセンもあった。詐欺グループが使うような名簿を、なんかの偶然で拾ったガキンチョがおっぱじめた悪ふざけだと思ったんだ。なんせガキは、ちょっと甘やかすと調子に乗るからな。


 俺の上司なんか、息子に最新のスマホを買い与えてほったらかしにしてたら、課金されまくってエライことになってた。ガキってのは、目新しいオモチャを持てばいろいろやらかすし、汚い言葉を聞いたらすぐに使いたがったりするもんだ。


 生意気な子供のイタズラに偶然が味方しただけ、そう思い続けられればよかったんだがな。


 スパムを消しては、届いた封書をゴミ箱に突っ込む、そんなルーチンを終えて職場にいった日のことだ。俺のデスクにハガキが来てた。昔ちょいと面倒を見てやった店からの挨拶状だった。


 俺と付き合ってれば得があると思い込んだのか、返事も出さず顔も出さず無視してるのに、毎年律儀にハガキをよこす。鬱陶しいから、毎年のようにハガキをシュレッダーにかけた。中での用事を済ませて、俺は外回りに出て、夕方に職場に戻った。


 そしたら、来てたんだ。例の封書が、俺のデスクに。ガキのイタズラ説は崩壊した。封書を隠そうとしたが、上司に見つかった。言い訳するだけ無駄だった。上司は言葉を発する代わりに、全身から警告の気迫を発した。


 あとは散らかったデスク、ゴミ屋敷、その手のコースをまっしぐらだった。


 俺宛てにくるあらゆる郵便物を、怖くて捨てられなくなって、なんでもかんでも溜め込むようになった。身の回りが散らかってくるにつれ、周りが俺を見る目も変わってきた。


 これまでは俺のことを高く買ってくれて、半分冗談だろうが、後を任せてもいいなんて言っていた上司は、俺と距離を置くようになった。片付ける案件を伝えるにも、メモ書き一枚よこすだけだ。昔は口で伝えて、お守りまでくれたのに。


 俺ン所の大家とはうまくやっていたつもりなんだが、さばの味噌煮を差し入れてくれるというので、うっかり家に上げてしまったのが運の尽きだった。玄関前に積み上げていた新聞とダイレクトメールの山が、大家の目をひきつけた。


 全部トイレットペーパーに変えてもらいな、節約になっからよと、大家はビニール紐とハサミ、個人情報保護スタンプまで押し付けてきたが、捨てるわけにはいかなかった。まったくの親切心からと分かってはいるものの、ありがた迷惑だった。




 でもって、俺はネカフェに逃げ込み、手記めいたものをスレに書き込んでる。


 白状すると、俺はカタギじゃない。職場というのは事務所のことだし、上司はオヤブンで、知り合いは「消した」債務不履行者だ。家を訪ねたといったが、なにか回収できるものがないか、忍び込んだ。


 奴の自転車を盗んだのは俺だ。盗難保険のカネをふんだくってやるつもりだったが、保険になんざ入ってなかった。自転車本体は、借金のカタにすらならない、粗大ごみだ。


 家には帰れない。大家は親切なんだが、几帳面すぎる。毎日、ゴミ収集所をかぎまわってて、もしも分別や曜日を間違えてれば、あの手この手でゴミの出し主を突き止めて、ビシッと言ってのける爺さんだ。俺が言いつけを無視したことは、間違いなくバレている。


 オヤブンも、俺が無用の殺しをしたことに感づいている。その勘は正しい。このあいだ俺は、新聞の集金人をやっちまった。スパムを消して、ドアを開けた直後のことだった、奴が何かを手にしてかがみ込んでいたから、頭ん中で、怪文書と集金人がリンクしちまった。


 いまでは、あの殺しは間違ってたと分かるけれども、あのときは正当防衛のつもりだった。集金人が持っていたのが新聞だって気づいたときには遅かった。メッセージのせいで、おかしくなってたんだ。


 いま、俺のスマホに着信が来ている。非通知だ。出る気はない。あの日みたいに、隣の個室から不満げな唸り声が聞こえてきたが、出る気はない。この非通知電話は、今回で六度目だ。


 過去の五回とも無視した。その度に留守電になった。今回も留守電になった。話す内容は大体同じ。相手は「ぼく」だ。要らないメッセージを始末すると、要らない怪文書が届く、そんな法則を俺に語ってきかせてくる。


 頼んでもないメッセージを、これまでずっと無視しつづけてきた。何もおこらなかった。今回、つまり六回目はどうだろうか?俺のスマホは古くて、留守電は五つしか保存できない。新しいのが来ると、古いのが消える。


 「ぼく」の語りが、佳境にかかる。


 いまから消す、消すから。


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