第42話 変態仮面

「………………もうよくね?」


 込み上げる欠伸を空に放つと、俺は三層の採取物を探すような目で辺りをキョロつくドネートに言った。


 モーロックの話を聞いた後、早速俺達は変態仮面が出没するという繁華街にやってきていた。


 夜は更けている。異世界では深夜営業の店は珍しい――少なくとも、バングウェルではそうだ。街灯の明かりも落ちて、僅かな飲み屋と月明かりだけが街を照らしている。緑がかった異世界の月は満月だった。人通りはまばらで、酔っ払いと商売女、そして俺達と目的を同じくする冒険者が数人うろついてるだけである。



 かれこれ一時間程粘ったろうか。普段はもう寝ている時間である。今日は――もしかすると昨日になっているかもしれないが――三層で狩りをしたから疲れている。普通にお眠だ。


「でも二ジェムだよ! 今日の狩りでリュージの剣駄目になっちゃったし、それだけあれば良いのが買えるじゃん!」


 ふんす! と眠気を振り払うようにドネートが鼻息を荒げる。


 実はそうだった。強化をかけても三層の魔物を相手にするのはきつかったようで、ドネートが俺に買ってくれた愛しの錆び錆びソードはついに根元からポッキリ折れ散らかした。丁度最後の一匹を倒し終えたタイミングである。ジャンク品の癖によく頑張ってくれたものだ。


 ドネートは邪魔だからその辺に捨てときなよとか心のない事を言っていたが、不法投棄はよくないし愛着があったので持って帰って私物入れ――モーロックに貰った酒瓶の入っていた木箱――放り込んである。その内家具の足が折れたらドネートが補強に使うかもしれない――男の子にはガラクタを収集する習性があるのである。


 そういうわけで今はネイルをぶちのめした伝説の木刀をモーロックから借りて腰に差している。今日はそこそこ稼いだから明日はオフにしてショッピングついでに代わりの安物を調達しようと考えていたんだが、ドネートはどうしても俺に立派な剣を持たせたいらしく、この通り張り切り散らかしている。


「駄目だってば! アペンドラも言ってたじゃん。安物使ってると変な癖つくって!」


 テクネ達との訓練は週に二くらいのペースでやっている。俺が訓練を受けている間ドネートは別行動で――別に四六時中一緒にいないといけないわけじゃないし――自分の勉強をする予定だったのだが、一回目の授業の中盤くらいに恥ずかしそうにやっぱ心配になって来ちゃったとか可愛い事を言いだしてそれ以来毎回付き添っている――例によってアペンドラは発狂していた。


 俺が訓練を受けている間ドネートは手持無沙汰なので貸本屋で借りた図鑑や実用書を読んで勉強している。その割に俺に対する授業の内容もそれなりに聞いているようで、終わった後にこんな感じで色々と助言をくれたりしていた。加護なしとか言われているが、チート能力がないだけで結構器用なタイプだと思う。


 ちなみに変な癖というのは剣術もそうだが魔力を纏わせる強化の事も指していて、錆び錆びのしょぼい剣は魔力伝導率が悪い上に不均一だからそうんたらかんたらという話だった。俺は気にした事ないけど、まぁアペンドラが言うならそうなのだろう。


「だからって二ジェムは高すぎだろ。そんな金があるなら先に収納具を買った方がいいって」


 三層の魔物には図体のでかい奴もいる。クソデカカマキリとか。デカい奴のドロップはやっぱりデカい。採取物も加わって帰る頃にはドネートは終業式の日の小学生みたいになっている――俺も勿論荷物は持つが、狩りが始まるとドネートに持って貰う他ない。


 テクネ達と会った時みたいに予想外の強敵に襲われる事だってある。そんな時荷物が多くて動けませんじゃ話にならない。高い剣なんかより収納具を優先したい俺である。


「それならなおさら二ジェム欲しいじゃん! 護衛の仕事とかは人間相手に戦わないといけないんだし、今の内に慣れておいた方がいいって!」


 ドネートの言い分も一理ある。冒険者とか言っておきながら俺達はまだ狩りの仕事しかした事がない。商隊の護衛なんかは結構報酬が高いし旅の練習にもなる。その手の依頼はある程度仕事をこなして信頼を得ないといけないが、モーロックの信頼はばっちりの俺達である。他の店で仕事を受けるなら紹介状を書いてくれるとも言ってくれた。今後その手の仕事を受ける事を考えると、土壇場でパニクらないように対人戦の経験を積んでおきたい所ではある。


 でも俺は眠いので眠いよ~という視線を微かな希望を込めてドネートに送る。


「どうせ明日は休みなんだし、あたしらの他にも賞金狙ってる奴いっぱいいそうだしさ、もうちょっとだけ頑張ってみよ?」


 と、異世界ギャルがママ味溢れるスィートボイスで俺を励ます。男は単純な生物なのでそんな風にされたらイチコロだ。


「はぁ、もうちょっとだけ頑張りますか」


 うーんと身体を伸ばして眠気を覚ます。


「けどよ、変態仮面って名前以外何も知らされてないけど、そんなんでわかるもんなのか?」


「手配書にはそれしか書いてなかったし。見れば分かるって書いてたからわかるんじゃない?」


 そこがモーロックの言う妙な所だった。賞金首は手配書が回ってくる。普通は似顔絵や特徴なんかが書いてあるんだが、こいつに関しては呼び名と出没情報と見れば分かるの一言しか書いていなかった。


「よくわかんねぇ話だ……な……」


 ……?


 ふと俺は奇妙な感覚を覚える。誰かに肩を叩かれたような、あるいは、横断歩道の向こうから呼び掛けられたような、それとも、魔物の気配を察知した時の感覚か?


 引き寄せられるように俺は振り返る。探知能力などないはずなのに、ドネートも同時に同じ方向を向いた。


 俺達だけじゃない。その場にいる全員が、道の向こうにある高い建物の屋根を見つめている。


「……なんだ、あれ……」


 猛烈な胸騒ぎに、心臓がバクン、バクンと嫌な音を立てる。


 根源的な恐怖が背筋を登り目を背けたくなる。


 それなのに、俺達は頭を鷲掴みにされたように見入ってしまっていた。


 尖った屋根の先端で、怪しく輝く緑色の満月を背負うように、人型のシルエットが仁王立ちをしている。


 背が高く、手足の長い影が振り返ると、月光が大きな胸の膨らみを照らした。


 その女は限りなく全裸に近かった。美しい裸である。逞しくも肉感的で、力強いのに女性的だ。熟れる直前の果実のようなそれを隠すのは、銀色の前張りとニップレスと手錠のような太い腕輪だけ。


 いや、もう一つある。


 長い銀髪のその女は無貌の鉄仮面を被っていた。


「……変態仮面だ」


 誰かの口が呟いた。


 それは俺かもしれないし、ドネートかもしれない。


 この場にいた全員が声を揃えて言ったとしても不思議じゃない。


 誰がどう見ても、その女は変態仮面と言う他にない存在だった。


「キェエエエエエエエエ! コッチヲミヤガレエエエエエ!」


 弓なりに仰け反ると、金属質の遠吠えがバングウェルの平和な夜を引き裂いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ジ・アースヒューマンファンタジーショー! 全裸中年に優しい異世界ギャルは実在した!? ワナビ中年の俺が宇宙人に拉致られて異世界で勇者をやるそうです! 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ