第41話 愛着
「また今日は随分と稼いできたな」
呆れと驚きと感心を混ぜ合わせたような顔でモーロックが報酬の入った袋を差し出す。
「いくらだった?」
ウキウキで尋ねるドネートにモーロックは四本指を立てる。
この世界の物価にはまだまだ疎い俺だが、それでもそれが四オーレじゃない事は分かっていた。
四十オーレだ。一オーレ=百ストーンだから四千ストーンになる。クソッタレヤクザの借金なんか二日で返してお釣りが出る。
ついでに言うと俺達の一日の稼ぎの新記録でもある。まぁ、ほとんど毎日のように更新してるわけだけど。それでもやっぱり嬉しい事には変わりない。
「やったなリュージ!」
相棒が突き出す拳にグーで答える。
ホクホク顔で指定席についた俺達は財布の中身を気にせずに無駄に高いメニューを頼んだ。羊の串焼き、ガーリックシュリンプ――バングウェルの南側は海に面している――ビラーオとかいうシャキシャキした米のピラフ、ハーブ入りのソーセージ、豆の入った水餃子、酒は青ワインだ――渋みが少なくブルーベリーみたいな爽やかな風味があって飲んだ後に舌が真っ青になる。
とは言え所詮はゴロツキ亭のメニューだ。高いと言ってもたかが知れている。全部で百五十ストーン程度である。
変態コンビ改め変態師匠の協力により――変態でもタダで俺を鍛えてくれてるんだ。敬意を払わないとな! ――俺はメキメキ強くなっていた。
魔力の矢やら火の玉やら水を作る奴やら、他にも色々! クソマニュアルの言う通り本当に俺には劣化魔術士――と言ってもこっちの人間基準だとかなりもんだろうが――の才能があるらしい。
テクネの教えてくれる術は大体使えるようになりそうだが、あんまり物覚えが良すぎると怪しまれる――実際初日はテンションあがっちまってやりすぎた。途中からセーブはしたが、ちょっと心配だ。素人芸を数ばかり増やしても実戦じゃ役に立たないので、新しい術を仕込むのは程々にしておいて使い勝手の良さそうな術を重点的に訓練しているところだ。
アペンドラの稽古もかなり役立っている。こちらは戦士系が得意とする魔力操作の基礎や実戦形式の戦闘訓練だ。魔力を身体や武具に纏う強化は戦士系のみならず荒事を生業とする戦闘職には非常に重要で、基本であり奥義でもあるという。
纏う魔力の濃度が上がればその分だけ強化率も増えるが、純粋な魔力は濃度が上がる程離散しようとする反発力が生じるので筋トレをする感覚で収束力を高める必要があるそうだ――変態アーマーの癖に理系っぽい事を言いだしたからちょっと焦った。
他にも攻撃や防御の瞬間だけ必要な部位に魔力を集められるようになれば実質的に収束力の限界を越える能力を発揮できるとか。そんな感じの知識を教えてもらいながら実践に向けた訓練をやっている。
戦闘訓練は普通に殴り合い――斬り合い――だ。アペンドラは物凄く強い上に全身鎧の重装備だからこちらも遠慮なく本気を出せる――出した所で余裕で負けるんだが。
魔物との狩りは安全第一で格上の相手と戦う事はないし基本は奇襲で有利を取る。超格上で頭も回る人間相手の模擬戦は狩りとは比べ物にならない実戦経験を与えてくれた。
そんな感じの諸々のお陰で俺達はめでたく三層デビューを果たした。三層はいよいよ魔境じみていてうろついている魔物も強力だ。二層と違って魔術を使う魔物も多い。勿論強化もだ。どいつもこいつも見た目からは想像出来ない攻撃力と防御力を備えており、以前の俺では歯が立たなかったろう。
楽勝とは言わないし、中には今の俺じゃ勝てない魔物もいるが――破壊力のある魔術じゃないと倒せない非実体系の奴とか――それでもドネートを守りながら安定して狩りが出来るくらいにはなっている。
当たり前の話だが、三層の稼ぎは美味い。余計な仲間を連れていないから報酬も二人で総取りだ。加えて、ドネートの地道な努力が少しずつだが身を結んでいる。最初の頃は怯えながら俺の後ろを歩いているだけだったドネートだが、最近じゃ俺の実力を信頼して採取物探しに集中する余裕が生まれていた。加護がないので大変そうではあるが、それでも勉強の成果を生かして金になる物を見つけている。
自分の成長よりも俺はその事が嬉しかった。こんな不条理な世界でも努力にはちゃんと意味がある。加護なしに勉強させて魔境の奥で採取をさせようなんて物好きはそうそういないから知られていなかったんだろう。やろうと思えば出来るもんだ。まぁ、ある意味当然と言えば当然だが。
現実の世界ではなんのチート能力もない人間が努力して色んな技術を身につけている。基本的な部分は同じなのだからドネートにだって出来ないわけはない。あと深層の採取物は単価が高いからある程度見極めに時間をかけても元が取れるのもデカい。一層や二層の二束三文の採取物じゃ中々こうはいかないだろう。
お陰でドネートの雰囲気も変わった。それまではどこか俺に対するやましさと言うか負い目のような物があり、自分の無力さを恥じるような心苦しさがあった。それは今だって変らないが、三層の採取物で悪くない額を稼げるようになると随分マシになった。
自分に対する自信のような物が見えてくる。虚勢の裏に淀んでいた卑屈さは薄れ、明るく前向きになっていく。そんな変化を間近で見るのは娘の成長を見守る父親のようで心地よい――後方彼氏面とも言うが。
目標金額にはまだまだ遠いが、このペースならそう遠くない内に欲しい物リストの最初の一品をドネートに買ってやれそうだ。採取物を入れる為の収納具にするべきか、早めに魔銃を買って練習させてやるべきか、堅実に防具を買うべきか、悩ましい問題である。
ともあれ、俺と異世界ギャルの二人三脚はいい感じで順調だ。
「ちょっといいか」
いい感じに酔っぱらいながらお互いの努力と成果を褒め合っていると、カウンターから出てきたモーロックが俺達に声をかけた。
「なーに?」
と、気の抜けた娘モードでドネートが尋ねる。
「悪い話と妙な話がある」
「じゃー聞きたくない!」
プイっとドネートがそっぽを向く。
「悪い話からで」
代わりに俺が答えた。
「恥ずかしい話だが、うちは大した冒険者の店じゃない。取引相手もな。三層のドロップを持って来てくれるのは嬉しいんだが、このペースだとその内捌ききれなくる」
予想外の言葉に俺達はしばし言葉を失う。
「……それってつまり、どういう事ですか?」
大事な相棒の義父さんである。敬語なのは当然だ。
俺の質問にモーロックはバツが悪そうに首を掻いた。
「捌けないドロップは買い取れないって事だ。悪いが、他所の店に持ってってくれ」
わかりましたで済む問題なのかもしれないが、俺にはそれが出来なかった。ゴロツキ亭には世話になった。名前は知らないが、常連の冒険者にも可愛がってもらっている。愛着がある。俺はどう答えればいい?
「やだよ」
ドネートが俺の気持ちをストレートに代弁する。
「捌けないなら取引先を増やせばいいだろ」
と、そこそこ酔ってる割には至極真っ当な事を言う。
「簡単に言うな。うちみたいな三流店じゃ三層で狩りが出来る冒険者は珍しいんだ。下手に取引先を増やして物がありませんじゃ話にならん」
「あたしらのドロップが余ってるなら物が足りなくなるわけないじゃんか」
ドネートの言葉に、モーロックははーやれやれこの小娘はなにもわかっとらんと溜息をつく。
「たった一組の冒険者のドロップに期待して取引先を増やしたりは出来ん。リュージだって怪我をしたり病気になる事はある。お前さん達が喧嘩して解散するかもしれん」
「しねーよ! こいつとあたしは一心同体なんだ!」
ドネートが俺の首に腕を回して抱き寄せる。おっぺ―が頬に当たってアイムハッピー。相変わらず童貞の俺だが連日のラッキースケベの連続で少しだけ耐性が出来てきた――表面上平気な振りが出来ているだけで内心はやはりドキドキのムラムラのギンギンだが。
それはそれとして俺はドネートが前よりも力強く俺の事を相棒扱いしてくれる事に喜びを感じる。
「そうっすよ義父さん! 解散とかあり得ないんで!」
そうだろうか? 先の事は分からない。俺自身というよりもドネートの気持ちが変わる事は有り得る。根が後ろ向きな俺は無意識にそんな事を考えてしまう。何かの理由があって――それこそ単に俺を嫌いになるとか――ドネートが解散しようと言い出したら俺は普通にオーケーして一ヵ月くらい泣きながらニートして暮らすだろう。やだな。めっちゃやだ。とか思いつつそんな風に相棒を安く見積もるのはよくない事だと自分を戒める。
「先の事は誰にも分からん。この店の主は俺だ。店の舵取りを他人に任せるわけにはいかんだろうが。まぁ、俺だっておまえさん達が良いコンビだとは思ってる。解散はないとしても、いつかは街を旅立つんだろ?」
モーロックの言葉に俺達は黙り込む。
義父さんの言う通り、俺達はこの街を出て旅をする事を目標としている。その為に金を稼ぎ、必要な装備を揃えてお互いに強さや技術を磨いている。勿論今も目的は変わっていない。俺はドネートに広い世界を見せてやりたいし、俺はその旅を通してこの世界での生きる意味と言うか目標というか生き甲斐的な物を探したいと思っている。
けれど、それはそれとして俺達はこの街やゴロツキ亭や常連のセクハラ冒険者達に愛着を持っていた。冒険者稼業が軌道に乗り、周りを見る余裕が出てくるとそれは余計に強くなる。いつかは旅立つ事になるのだが、その事について考えると寂しさが込み上げ、なんとなく互いに口にするのは避けるようになっていた。
「……それはそうだけど、別に今すぐってわけじゃないし……」
俺の心の葛藤を代弁するように、ドネートは歯切れの悪い弁解をする。
「なんだ、日和ったのか? 散々大口を叩いておいて、本当に旅立てそうになったら怖くなったか」
モーロックが煽る。親心だろうなと俺は思う。
「な、わけねぇだろ! 準備が出来たらこんな街、いつだって出てってやるよ!」
「あぁ、行っちまえ。そんで、いつか帰ってきた時にアルバートの吹いた大法螺が本当だったか教えてくれ」
ドネートの頭をモーロックが乱暴に撫でる。ドネートは嫌そうな顔をするが、振り払おうとはしない。アルバートってのは多分ドネートの親父さんの事だろう。
「なんでそんな事言うんだよ」
泣きそうな顔でドネートが呟く。最近気づいたんだが、ドネートは泣き上戸だ。モーロックは穏やかな笑みを浮かべる。
「旅先でも冒険者として食っていくなら、今の内に他所の店にも慣れといたほうがいい。この先リュージが成長しても、うちじゃ四層のドロップは扱ってないしな。この辺が潮時だろうよ」
「……やだよ! あたし、他の店なんか行きたくない! あたしはゴロツキ亭で育ったんだよ!」
モーロックの太鼓腹にドネートが顔を埋める。普段は憎まれ口を叩いているが、ドネートにとってモーロックはもう一人の父親であり、ゴロツキ亭は実家も同然なのだ。
「だからだ、この甘えん坊め。お前は世間を知らなすぎる。旅ってのは楽なもんじゃないんだ。練習だと思って、今の内に世間の荒波にもまれてこい。リュージと一緒にな」
ぐすぐすと鼻を鳴らすドネートの頭を愛しそうに撫でながらモーロックがこちらを向く。
「そういうわけだ。最後まで面倒見てやれなくてすまんな」
「……娘さんの事は俺に任せてください!」
頷くと、俺は真面目な顔で胸を叩く。そんな俺を見て、モーロックは噴き出して笑った。
「――で、妙な話の方なんだが」
ドネートが落ち着くと、思い出したようにしてモーロックが言う。俺はすっかり忘れていたし、ドネートは雰囲気に呑まれて泣いてしまった事が恥ずかしくて子供みたいに頬を膨らませて拗ね散らかしている。
「最近夜の街に妙な輩が出るらしくてな、賞金がかかった。捕まえたら二ジェムだそうだ。美味い話だ。試してみたらどうだ?」
「「……二ジェム」」
挑むように言われて、俺とドネートは顔を見合わせる。
「妙な輩ってなに? 通り魔かなんか?」
「俺もよくは知らないんだがな」
苦笑いを浮かべると、モーロックは言ったのだった。
「巷では変態仮面と呼ばれてるそうだ」
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