第40話 バンベラボボラ再び
「……美しい」
裸になった俺の上半身にうっとりしながらテクネが言う。
「まったくだ。見事に膨らんだ力強い雄っぱい、美しく割れた腹筋、桜色の乳首に練乳を垂らして味わいたい」
「マジで死んでくれ」
ていうかなんで死んでないんだ? 普通にすまないつい興奮してしまったとか言って戻ってきたんだけど。
テクネの視線も露骨だがアペンドラのそれは露骨を通り越して性犯罪の域に達している。スケベ親父に色目を使われる女の人というのはこんな気分なんだろう。完全にスケベ親父の側である俺だ。これが因果応報という奴なのか? そう思うとアペンドラを責められない。いや、俺は女の人に面と向かってこんなクソみたいなセクハラ発言をした事は一度もないっていうか普通に引き籠りの童貞だしやっぱこの女が特別にキショいだけだわって結論に達する。
ちょっと離れた所に立つドネートはそうだろ? リュージの身体は凄いんだぜ! と謎に誇らしげだ。よせやい、照れるだろ、と何故か俺は気恥ずかしくなくる。
「とりあえず全力で魔力を練り上げて見てください」
言われた通り魔力を練り上げる。サイヤ人――いい加減クソみたいな伏字を使うのも疲れてきた――になるイメージで全身に力を入れながら内側から魔力を引き出す。練り上げた魔力はそのままだと湯気のように拡散しようとするので必死に押さえつけるがこれがなかなか難しくてあっちこっちから屁のように漏れ出してしまう。
「……ほぅ」
と、アペンドラが非合法の地下闘技場で意味深な視線を参加者に向ける謎の強キャラみたいな声で兜の顎を撫でた。
「……これは、驚きましたね。以前見た時よりも明らかに魔力量が増しています」
やべ。全力って言われたから普通に全力出しちゃった。馬鹿馬鹿馬鹿! なんとなく馴れ合いをしているがこいつらは別に友達じゃないし俺が異世界人である事も教えてない。久々に会って急に強くなってたら怪しまれるに決まっている。
どどど、どうしよう! と焦った俺はドネートに視線を向けるが、馬鹿! こっち見るな! 余計に怪しまれるだろ! って感じで知らん顔をされる。確かにその通りだ。
「人食い森で狩りをしてるうちに少しずつ戦い方を思い出してきたんだ」
と、咄嗟に浮かんだ言い訳を並べてみる。
「……ふむ。そういう事もありますか。魔力量は中々ですが操作がお粗末すぎますね。僕としては下手に魔術に手を出すよりも魔力操作の基礎を学び直した方がいいように思いますが」
「そういうもんか?」
「それだけの魔力量を正しく制御出来れば一人でも三層で狩りが出来るでしょう。パーティーを組めば、四層でも通用するかもしれません」
「マジか」
三層で狩りが出来れば収入が跳ね上がる。その分早くドネートに魔銃や収納具を買ってやれる。なんならもっと上等な奴に変更してもいい。家だってちゃんとした所を借りられるし休日に遊びに出かける事も出来る。異世界だろうが世の中は金だ。
「僕はどちらでも構いませんよ。戦士系の技能は専門ではありませんが、基礎くらいは教えられます」
「うおぉおおおっほん!」
アペンドラがわざとらしいクソデカ咳払いで主張する。
俺達は聞かなかった事にして話を続ける。
「うーん……確かに、今ある物を鍛えて手っ取り早く強くなれるならその方がいんだろうが、魔術にも興味はあるんだよな……」
「悩む事はありません。リュージが望むなら両方教えてあげますよ」
「いいのか? って、テクネはいいんだろうけど。詫びとは言え、あんまり世話になると申し訳ねぇよ」
「可愛い事を言いますね。黙って利用すればいいものを。そこがリュージの魅力でもありますが。私は一向に構いません。リュージと居られるだけで幸せですから。勿論、抱かせてくれると言うのなら喜んで抱きますが」
「ふ、ふひひひ、い、イケメンに、ゴミみたいに無視されている。み、惨めだ。でも、気持ち良い……」
キモい声を出すとアペンドラが全身鎧をギシギシ軋ませながら見悶える。変態コンビのダブルアタックに俺の肌は一面のサブイボ畑に変わった。
「だぁ! 気色悪りぃ! なんなんだよお前は!」
と、仕方なくアペンドラの相手をしてやる。
「うひひ、あ、あぁ。なにを隠そう私は優秀な戦士だ。戦士系の魔力の使い方なら色々と教えてやれる。なんなら剣の握り方から教えてやってもいい」
がちんとアペンドラが胸を叩く。
「……いや、そんな義理ねぇだろ」
「義理はない。だが、私だって少しくらいイケメンとイチャイチャしたいんだ! な、いいだろ? ちゃんと怪我をしないように手加減してやる。お姉さんは変態だが優しいぞ? 痛くないように優しく扱ってやる。だから、ふ、ふひひひ、お、お姉さんと身体のぶつかり合いをしようじゃないか」
「……お前なぁ。そんな事ばっか言ってるとまたテクネにぶっ飛ばされるぞ」
「二人がいいなら私は構いませんが」
予想に反してテクネは言う。
「いいのかよ!?」
意外だ。アペンドラは女だが相棒だ。相棒と好きな相手を取り合うのは気まずいもんだと思うんだが。
「障害は多い方が燃えるタイプなので。とは言え、アペンドラでは相手になりませんが。休日は一人でエロ本を読むか女性向けのストリップバーに行くくらいしか楽しみのない哀れな女です。こんなのでも一応は相棒ですから、相手をしてやって欲しいとすら思いますね」
「……テクネっ!」
と、今の話のどこに良い話要素があったのか、アペンドラは胸の前で手を握り感動した感じで言う。
「腐れ縁でも相棒ですからね。楽しみを二人で分け合うのもたまにはいいでしょう」
二人でなんかいい感じにまとめている。勘弁してくれ。
今の内に俺はドネートに視線で相談する。
――なぁ、どうしたらいいと思う?
――見てよこれ! バンベラボボラ!
ドネートは嬉しそうに白いレースのポンチョを纏ったキノコみたいな物をこっちに掲げている。あれが噂のバンベラボボラ! 確かに壊れやすそうな見た目をしている。うろ覚えだが一層の採取物の割には良い金になったはずだ。
ってそうじゃなくて! 俺の話聞いて! と思うが、ドネートの地道な努力が実を結んだ感動的な瞬間でもある。俺は黙って頷きグッと親指を立てた。やったなドネート! お前がナンバーワンだ!
そんな感じで俺は魔術の先生にテクネ、戦士系の諸々の先生にアペンドラを迎える事になった。
色々と癖の強すぎる二人だが実力は申し分ない。ドネートと二人で旅をする為に強くなる! というざっくりとした目標を掲げる俺である。色々と不安な点もあるが、結果的にはこれでよかったのだろう。
◇◆◇
「凄いなリュージは! 戦士タイプだと思っていたが、魔術の加護もかなりのものなんじゃないか?」
「……えぇ、あれには僕も驚きました」
丸いグラスに入った琥珀色の酒を口に注ぐ。リンゴを思わせる芳醇な香りを感じながら、テクネは夢のように楽しいひと時を反芻していた。
人食い森での授業を終えた後、街に帰った二人はリュージ達と一緒にゴロツキ亭で不味い飯を食べ解散した。飲み足りず、アペンドラと金獅子亭で飲み直している。
あの後テクネはリュージにどんな魔術の加護があるのか色々と調べていた。リュージと向かい合って手を繋ぎ、二人の魔力を絡め合うようにして丁寧に術を練り上げる。適性があればリュージの魔力になにかしらの反応がある。
集中を必要とする地道で大変な作業だ。簡単にはいかないと思っていたが、一発目からリュージの魔力はさざ波のように目に見える反応を見せた。魔力を収束させて放つ魔力の矢だ。戦士系の中でも適性を持つ者はそこそこ多い。リュージにはテクネが術を練り上げる感覚を全身で感じるように言ってある。適正があれば、同じ事を何十回、何百回と繰り返す事でコツを掴めるはずだ。
驚く事にリュージは数回で魔力の矢を再現してみせた。飛距離は短く、威力も拳で小突いた程度しかないが、最初はそんなものである。
困惑しながら別の術も試す。空気中の見えざる水を集める初歩的な水操術だ。これも数回で物にする。集まった水は一滴の雨粒程度だったが、一度コツを掴んでしまえばあとは一人で練習できる。コツを掴むのが一番難しいのだ。
二度までなら偶然と言える。今度は炎を生み出す術を試した。やはり、リュージは数回でものにした。小さな火種を生み出す程度ではあるが。
その頃にはテクネも確信していた。リュージには魔術士の加護がある。そうでなければこれ程多彩な術に適正を示す事はありえない。
ところが、褒めた途端にリュージは調子を悪くした。それまでは興奮した様子で楽しそうに集中していたのに、なにかやましい事でもあるようにテクネから目を逸らし、結果を聞いてもよくわからないと歯切れの悪い事を言うようになった。
リュージにはどの術のコツも分かっていたはずだ。なのに隠した。強すぎる力を隠そうとしているかのように。
異世界人なのではないだろうか。
テクネは最初から記憶喪失という話を疑っていた。そもそもリュージにはどこか浮世離れした雰囲気がある。世間知らずで、まるでこの世界の人間ではないかのように感じられる事があった。異世界人だと考えると全てが合致する。
そしてテクネは納得する。
これ程までに恋焦がれるのも当然だ。
なにせ相手は異世界人なのだから。
神に愛された存在、強力な加護を持つ稀人である。
自分が愛を捧げるのに、これ程相応しい相手がいるだろうか?
「どうしたテクネ。ニヤニヤして気持ち悪いぞ」
「あなたにだけは言われたくありません」
「はっはっは! それもそうだな!」
身内――そんな相手はテクネしかいないが――には陽気な相棒が愉快そうに笑う。
この事は秘密にしておこうとテクネは思った。
とりあえず、今の所は。
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