第39話 異世界魔術講座

「それじゃあ早速服を脱いでください」

「…………この話はなかった事にしてくれ」


 クソッタレ詐欺師に言うと、俺は少し後ろで見学モードのドネートを振り返る。


「二層に行って狩りをしようぜ」


 翌日の事である。とりあえずどんなもんか試してみようと早速テクネに魔術の授業をお願いした。色々と都合が良いので人食い森でやろうと言われ、いつものように早馬車に乗って一層までやってきた。で、これだ。


 ドネートはやっぱそうだよね的に肩をすくめ、俺と一緒に二層へと向かう。


「ちゃんとした理由があります」


 歩き出す俺の背にスローボールを放るようにしてテクネが言う。必死さはなく、別に無視しても構わない、そんな響きに妙な説得力を感じ、止せばいいのに俺は足を止めてしまう。


 相棒の顔色を窺うと、せっかくだし話くらい聞いてやれば? という感じで肩をすくめる。俺はため息をついて振り返る。


「嘘だったら怒るからな」


 テクネはどちらとも取れる雰囲気で肩をすくめる。ズルい奴だ。


「昨日の魔術塾でも服を脱いでいたでしょう? 嘘くさいと思われたかもしれませんが、あれはあれで理にかなっています。魔術を身に着ける第一歩は魔力感覚の開眼です。魔術系の加護がなければ話になりませんが、あったとしても最初は閉じている開いていてもか微々たるものです。加護による個人差も大きい。初心者が感覚的に魔力を感じるには裸になるのは有効なんです」


 ……俺は簡単には鵜呑みにしない。こいつは俺の裸で勃起するような奴だ。俺の裸を見る為なら多少の嘘はつくだろう。とは言え、テクネの話にはそれなりに説得力があった。


「魔力の知覚は出来る。魔物の位置を探知したり身体や武器に纏わせる強化は使えるんだ。あんたの話の通りなら今更裸になる必要はないだろ」


「名前で呼んだ下さい。お詫びとは言え、大魔術士の僕がマンツーマンで教えているんです。そのくらいはいいでしょう?」


「……わーったよ」


「名前を呼んで下さい」


 子猫が餌を強請るような顔をして言いやがる。


「…………テクネ。これでいいかよ」


「えぇ」


 幸せそうにはにかむテクネの顔に俺はただただ困惑する。


「二層で狩りが出来ているので最低限の術が使える事は分かっています。見た所リュージは戦士系ですからその手の加護はあるのでしょう。加護は一つとは限りませんから、リュージにも魔術系の加護がある可能性はあります。勿論、ない可能性もある。大切なのは加護の見極めです。教会は加護を視る力を持った人間を囲い込んでいるので、金を払って見て貰うのが手っ取り早いのですが、リュージには大金でしょう。僕が払ってあげてもいいのですが、嫌ですよね?」


「……あぁ」


 初耳だ。スキルチェックみたいな能力なんだろう。優れた加護を持っていてもそれに気づかなきゃ宝の持ち腐れた。この世界ではかなり価値のある能力だろう。教会が独占するのも頷ける話だ。


 教会という選択肢をテクネが自分から除外してくれて助かった。テクネの金で見て貰うのは気が引けるし、そんな事をしたら俺が勇者の加護を持つ異世界人である事がバレるかもしれない。


 この世界の人間と比べると多分俺は異常な速度で成長している。スキルチェックの能力者を囲い込んでるくらいだから、俺の事も世界を救う勇者様とか言って管理しようとするかもしれない。ドネートとも引き離されそうだ。俺はまだそんなに強くないから強引な手を使われるとどうにもならない。身バレは死活問題だ。


「であれば、僕は手探りでリュージに魔術系の加護があるか見極めなければいけません。方法はありますが、簡単ではありません。色々と試してみて、リュージの身体を流れる魔力の微弱な変化を確認します。非常に難しい作業です。服を着ていては分かりません」


 教会のスキルチェッカーと同じだ。テクネが適当な事を言っていても俺には分からない。散々裸を視姦されてなにもありませんでしたで終わるかもしれない。テクネが異性愛者なら気にしない。正直俺は同性愛者に色目を使われてもそこまで気にはしないが、同性愛者がそういった不正を働くという行為そのものには嫌悪感を抱く。


 例えるなら、自称プロデューサーが地下アイドルに都合の良い事を言って手籠めにするようなものだ。テクネをちゃんとした同性愛者として扱うなら、そんな行為を許すわけにはいかない。


 とは言えそれは杞憂だろう。作り話にしてはよく出来ているし、俺の尻を撫でて怒られたばかりだ。目先の裸の為に危ない橋を渡るとは思えない……多分。ていうかなんか思ったより大変な事をやらせてるみたいだし、裸くらい見せてもいいかなみたいな気持ちもちょっとある。なんか薄い本に出てくる女子になったような気分で罪悪感が湧く。あたしって悪い男……。


 なんにせよクソマニュアルの説明で俺にはある程度の魔術系の加護がある事は分かっている。テクネがそれを見抜けるかどうかで嘘か真か分かるだろう。


 と、例によってうだうだ悩み俺は決断した。


「わかったよ。どこまで脱げばいいんだ」

「全部……と言いたい所ですが、上だけで許してあげましょう」


 許してあげましょうじぇねぇよボケが。


「え~!」


 テクネの付き添いであるアペンドラが不満の声を上げる。全身鎧のアイアンウーマンは鎧の下半身を椅子の形に変形させて優雅に高みの見物を決め込んでいる。なんでいんだよと思うが、こちらもドネートを同伴させているので文句は言えない。


「私は全裸が見たい!」

「うるせぇ腐れ女。見せもんにするなら金とるぞ!」

「金を払ったら下も脱いでくれるのか!?」


 がたん! とアペンドラが立ち上がる。失敗した。こいつらは超一流の冒険者だ。金は腐る程余り散らしている。


「……あんたさぁ、あたしが言うのもなんだけど、女ならもうちょっと慎みを持てよ」


 俺の保護者の異世界ギャルが呆れ顔で言う。そーだそーだ!


「はっ! 貴様はいいよな! こんなイケメンと一つ屋根の下で一日中好きな時にラブラブちゅっちゅ出来るんだから! 妬ましい! 死んでしまえ!」


 がん! とわざわざ即席のテーブルを生み出してアペンドラが台パンをする。なんつー能力の無駄遣いだ。まぁ、普段からクソしょうもない使い方をしてるからこれだけ自由に金属を操れるのかもしれないが。


「な、ら、ラブラブちゅっちゅしてねぇから!?」


 真っ赤になってドネートが叫ぶ。ラブラブちゅっちゅの部分だけ録音してもう一度聞きたい。宇宙人さ~ん! どうにかなりませんか~! なるわけねぇか。


「嘘をつくな! こんなイケメンと一つ屋根の下で何も起こらないはずがないではないか! 妬ましい! あぁ羨ましい! 私は男と手を繋いだ事すらないというのに! 貴様等は毎朝毎晩お昼とおやつ時にも人目を忍んであっちこっちでズコズコパコパコやってるんだろう! 本で読んで知ってるんだからな!」


 いやマジどんな本読んでんだてめぇは。異世界ファンザの異世界快楽天か? 異世界人のいる世界だ……マジであるなら教えて欲しいんだが。


「やってないって言ってんだろ! 言っとくけどあたしだってまだエッチした事ないんだからな!」


 ドネートの叫びが人食い森に響き渡る。


 ぇ? マジ? いや、別に俺は処女厨とかじゃないけど。ていうか女の子が大声でそういう事叫ぶのよくないと思う。おじさんなんかどぎまぎしちゃうし。言ってから恥ずかしくなったのだろう。ドネートはこれ以上ない程赤くなって俯いてる。


「ふん! 騙されんぞ! 貴様のようなエロくて綺麗で可愛い女が処女のわけあるか! 男はみんな処女が大好きだ! どうせリュージの気を引く為に嘘を言ってるに決まってる!」


 と、ド腐れ喪女が拗らせ散らかして憐みすら湧く言葉を吐き散らかす――あと男はみんな処女厨とか風評甚だしいから勘弁してくれ。


「もう、なんでそんな事言うの! 違うって言ってんじゃん!?」


 ボロカスに言われてドネートがベソをかきはじめる。


「おいアペンドラ! そういうのやめろって何度言ったら――」

「ツェルネッツの冷笑」


 テクネが呟く。アペンドラに向けた杖の先から濃密な魔力を宿した光弾が飛び出す。それはネイルの放った魔力の矢に似ていた。大きさは酒樽程もあり、込められた魔力や弾速は桁違いだ。魔力のマジックボルトならぬ魔力の砲弾マジックキャノンと言った所だろう。


 まともに受けたアペンドラはドラゴンボールみたいに木々をなぎ倒しながら吹っ飛んでいく。


 ……ぇ?


 ……死んでね?


 唖然としてテクネを見ると奴は笑顔で言い放った。


「相棒が失礼しました。授業を続けましょう」


 ……怖いよぉ。


 もしかしなくても、とんでもな奴を先生に選んでしまったのかもしれない。

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