第38話 異世界スタバ


 ずぞぞぞぞ……。


 クソッタレファッキンシットクソ詐欺異世界ホットヨガ教室が終わった後、俺は近くのおしゃれ通りにある異世界スタバで異世界フラペチーノ(チョコ味)をあり得ん不機嫌顔で飲み散らかしていた。


 洒落た路面店のテラスInでっけぇ日傘の下で隣のドネートはうっは~! こんな美味しい物初めて食べるし~! ってなウキウキ顔で異世界フラペチーノ(バニラ)と異世界アップルパイと異世界おしゃれサンドを頬張っている。


 異世界スタバは異世界人の仕業だろう。店構えもメニューも看板も丸パクリだ。値段はこっちの方が何倍も高いが。異世界フラペチーノの中サイズ――グランドピアノみたいなややこしいスタバ単位は憶えてない――が一杯二百ストーンだ。俺とドネートの三食分に匹敵する。馬鹿らしくとてもじゃないが自腹では飲みたくない。


「少しは機嫌を直して貰えましたか?」


 金を払った変態クソ魔術士が反省の色の伺えない薄笑いで言う。俺はジト目で犯罪者予備軍の腐れ色魔を睨みながら異世界スタバの高そうなテーブルを傷つけないように台パンした。


「黙れよテクネ。てめぇがおホモなのは仕方ねぇ。俺を見て勃起したのも生理現象だから見逃してやる。けどよ、尻を触るのはアウトだよなぁ!? あぁ!?」


 かつてない俺のキレ散らかし具合にドネートはビクリとして、でも正直そういうのよくわかんないし余計な事言わない方がいいのかな? 的にキョドキョドしながら美味しそうに奢りのメニューをパクつく。テクネは嬉しそうに肩を下げるとテーブルに手を着いて綺麗なつむじを俺に晒した。


「リュージの仰る通りです。興奮してつい手が出てしまいました。僕とした事が一生の不覚です」


 嬉しそうな態度は気に食わないがプライドの高そうなテクネが割と真面目に頭を下げてきた事に俺はちょっと驚いてしまう。でもこの程度であっさり許しては駄目だ。


 テクネのやった事はレイプに近い。同性同士が大袈裟だろうと腐れ宇宙人共が思うかもしれないが、テクネは同性愛者だ。同性である事を利用して軽はずみに俺の生尻を撫でたのだ。これは許される事じゃないと思うしこいつの為にもちゃんと怒ってやる必要があると思う。あと駆け引き上手のテクネだから簡単に許すと舐められそうだ。むしろそっちの方が怖い。


 なんて考えつつもやっぱり俺の心の中には俺の尻一つで高価な異世界スタバ奢らせちゃったしちゃんと頭下げて謝ったんだからもういいかな的な許しの感情が湧いてきてしまう。許す許さないは理性とは関係ない所から湧いてくるのでいかんともしがたい。


 なんて思っているといつの間にかテクネは少しだけ顔を上げ、悩み散らかす俺の顔を上目遣いで楽しそうに眺めている。


「許してくれたみたいですね」

「はぁ? 勝手に決めんなや!」

「リュージは素直過ぎる。考えている事が全て顔に出ています。そこがまた可愛いんですが」


 ずぞぞぞぞ……と異世界フラペチーノを飲む時の擬音にも似た鳥肌が立つ。


「勿論、リュージが許したからと言って僕の犯した罪が消えるわけではありません。こちらの払いとは別に、改めて償いをしましょう」

「……いいよもう。面倒くせぇし」


 メンタルクソ雑魚の俺である。償いとか言われると重くてしんどい。


「遠慮する事なくない? 今回はこいつが悪いんだし。どうせ金だって余ってるんだし欲しい物強請っちゃえば?」


 他人事だと思って気軽にドネートは言ってくれる。その通りではあるんだろうが、謝罪の品だろうが俺は人から物を貰うと大事にしてしまうタイプのヒューマンだ。ドネートが早く買い替えなよと促すゴミクズ錆び錆びブレードもかなりの愛着を持っている。そんな俺がテクネから何か、例えば装備なんか貰った日には身に着ける度にこいつのうすら笑いを思い出してげんなりするに決まっている。


「う~ん」


 と煮え切らない返事をする俺にテクネは言う。


「魔術を教えてあげましょう」


 テクネの言葉に、俺の身体は迂闊にもピクリと反応してしまう。

 そんな俺を見て、テクネはふふふと楽しそうに忍び笑いを洩らす。


「あんな塾に通うくらいですから、魔術を使えるようになりたいんでしょう?」


 テクネは口が上手い。気を抜くとすぐに会話の主導権を奪われる。


「……そんな事言って、訓練にかこつけて俺と一緒に居たいだけだろうが」

「そうですが、何か問題が?」


 ノータイムで開き直られ俺は言葉に困る。選択肢を間違えた。こいつは俺の事に関しては掛け値なしの男だ。ただ真っすぐにストレートを放り込んでくる。変化球みたいな顔をしているからこっちはすっかり騙されて虚を突かれる。厄介な相手だ。困った俺はドネートに視線でSOSを送る。


「あたしはいいと思うけど。変態だけど魔術の腕は凄いみたいだし。変な塾に通うよりずっとよくない?」


 この十日の間にそれなりに絆の深まった俺達である。ドネートは正妻感が出て、俺がテクネに奪われる事を心配することもなくなった。それはそれで寂しいというか普通に心配して欲しい気持ちがあるが。


 いや、勿論俺はこの通り女の子大好きなムッツリスケベヒューマンでテクネになびく可能性なんか一ミリだってないんだが、でもさぁ、心配して欲しい男心みたいなのがあるじゃん? そういうの分かって欲しいなぁ。なんて内心で思いもする。


 ともあれ、頼みのドネートがこれでは断り切れない。それに実際悪い話ではなかった。むしろこんなに良い条件はないだろう。現役でばりばり活動する凄腕の魔術士がマンツーマン、しかもタダで魔術を教えてくれると言うのだ。客観的に考えれば断るのは大馬鹿だろう。ていうか良い話過ぎて少し申し訳なくなってくる。ちょっと尻触られただけだし。僅かでも月謝を払った方がいいかな……でもこいつ金には困ってないし……と、俺の心はどんどん受け入れる方向に流れていく。


「お代は勿論結構です。仕事のある時は無理ですが、それ以外ならいつでも頼って頂いて構いません。リュージの気が済むまで、いくらでもお付き合いしましょう」


 笑顔の裏で薄汚い雄の下心が煮えているのは明らかだ。だってこいつは俺のビキニ姿を見て勃起したんだから。けれどもそれは物凄く前向きに捉えれば俺に対する純粋な好意とも言えた。こいつは俺の事が好きなのだ。男だが。それを利用するのは悪だろうか? それとも、男だからという理由で拒絶する事の方が悪だろうか? 善とか悪では測れない問題だ。俺は同性愛に偏見のないタイプだと思っていた。本当にそうなら、金持ちでイケメンで尽くすタイプのテクネと寝たっておかしくないんじゃないか? それはそれで違うと思う。金持ちで可愛い尽くすタイプの女となら誰とだって恋に落ちるわけじゃないのと同じだ。


 そう、恋だ。俺は童貞だ。精液みたいに青臭い感性を持った中年なのだ。俺は好きな相手としか寝たくない。恋でも愛でもどっちもでいいが、そしてそのどちらも俺はまだ経験したことがないが、俺はテクネに恋をしていない。俺はテクネを愛してはいない。それだけは確かだ。


 それだけの事をうだうだと確認すると、少しだけ俺は気が楽になり、なんかもうなるようになれ的なやけっぱちのテンションで軽く頭を下げる。


「お願いします」

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