第37話 異世界ホットヨガ

「ワンツースリーフォー、リラックスして~、全身の経路パスを伸ばしながら肌から魔力を取り入れましょ~。はい、吸って~、吐いて~、吸って~、吐いて~」


 赤いビキニに褐色の肌が健康的――ドスケベ――な異世界黒ギャルインストラクターがマットを敷いた大理石風の床の上でヨガっぽいポーズを取りながら言う。


具体的には曲げた左足一本で座り、天井に向けて真っすぐ伸ばした右足を後ろに回した両手で支えるような姿勢だ。


 ……いや、エッチなんだが? 無理な姿勢のせいでビキニが前に後ろに食い込んで煮卵みたいな尻がまるっとこぼれている。思いっきり胸を張っているせいで小さな三角形のブラがはち切れそうな程伸び、中の形が浮き出ている。後手に足を抱えているせいで汗ばんだ腋も丸見えだ。


 俺はごくりと喉を鳴らし、股間の相棒が熱っぽくなる気配に慌てた。俺は俺で半ケツ丸出しの誰得黒ビキニスタイルだ。イケメンのイケメンはサイズもイケメンでニュートラル状態でもいや宇宙人お前キャラクリの時にエロ漫画参考にしたんか? ってくらい大きい。


 ただでさえもっこりこもり君状態だ。フルパワーは勿論、30パーセントの力の解放でも貧弱な水着を突き破って下界にやっほー! と顕現するだろう。そんな事になったら大惨事だ。


 ……っておおおおおぉぉぉぉおぉおおおおい!?

 状況がおかしいだろ!


 ――殿


 ってなんか良い感じの雰囲気でまとめた――そうか? ――前回はなんだったんだってお茶の間の宇宙人共が気まずい食卓を囲んじまうじゃねぇか!?


 って思うが――いや思えわねぇよざまぁみろ――こっちだって困惑している。赤い神殿風の建物の入り口はハワイアンとギリシャ建築の合いの子的ナンタラカンタラで身も蓋もない言い方をすると南国風フィットネスジムの受付って感じだった――そんな所に通った経験はないんであくまで偏見だが。


 その時点で俺のスパ〇ダーセンス的な第六感がブォンブォン警報を鳴らしながらいやこれは絶対詐欺だろと騒ぎ立てていたんだが、頼れる相棒的異世界ギャルがテーマパークみたいな所にやってきてテンション上がった子持ちのサラリーマンの十倍ぐらいはしゃいじまって全然言い出せる気配じゃなかった。


 俺もこういうの断るの苦手だしタダならいいかと適当に受付のお姉さん(ビキニ)相手にうんうん頷いていたらちっちぇ水着渡されて着替えて来いとか言われて修練の間で異世界ホットヨガやらされるのが前回までのジ・アースヒューマンファンタジーショーのあらすじってわけだシェケナベイベ!


 ……馬鹿だろ。


 マジでなにを言ってるかわからねぇだろうが俺だってなにをやらされてるのかわっかんねぇ。頭がどうにかなりそうだが催眠術だとか超スピードは多分全然関係ない。


 とりあえずもう少し状況を詳しく説明すると修練の間とは名ばかりの冒涜的空間はホットヨガスタイルの密室で中には水着の男女――男女比一対九――が二十人くらいぶち込まれてマットの上で馬鹿みたいな――失敬。ホットヨガを馬鹿にする意図はまったくないので悪しからず――ポージングをやらされている。


 異世界暖房&加湿器で中は熱気むんむん、うら若き――若くないのもいるが――乙女達の清らかなフェロモンが充満してバラ園みたいな――珍しく行った経験がある。なぜか近所の公園にあって赤ん坊みたいな声で孔雀が鳴いていた――濃密な芳香を漂わせている


 乱交パーティー前夜祭さながらのマイクロビキニだよ全員集合! 的状況の時点で三十五歳童貞には辛いのにフェロモンという本能直殴り攻撃をされたらもうたまらない。


 そういうわけで俺は必死にあの日見た悪夢的バラ園が夢だったのかどうか記憶の糸を辿って現実から目を向けようとしてるんだがすぐ目の前にエッチな格好をした汗だくの異世界黒ギャルが煮卵をテカらせているから中々そうもいかない。


 こうなったらと俺は不自然なのを承知で左を向くがそちらでは三十代半ばくらいの品の良さそうなプチ熟女がちょっとだらしなくなった身体に異世界黒ギャルと大差ないギリギリビキニを纏っている。


 いや、いやいやいや。三十五歳中年童貞の俺には下手したらそっちの方がぶっ刺さる。股間の警備兵が発する赤信号に慌てて右を向くが、そちらには地味で素朴な雰囲気が可愛らしい十代半ばにも達してなさそうな異世界少女。


 三十五歳のおっさんがそのくらいの年の子の見た目を性的に詳しく描写するのはかなりキツイのでここでは伏せるが、やはり際どいビキニを身に着けている。


 メーデー! メーデー! 本能ゲージが急上昇しいよいよ俺は追い込まれる。前が駄目、右も駄目、左も駄目ではもう目を瞑るしかない!


「……ん、ふぅ」

「……ぁ、はぁん」


 馬鹿なの死ぬの? 人は五感を塞ぐとその分他が鋭くなるという。目を閉じる事で俺の聴覚は鋭敏になり、周囲の女達が半裸――というか九割裸なんだが――でヨガる熱っぽい吐息を大迫力の立体音響で聞いた。


 もうやだ勘弁してくれ俺は本当全然そんな気はないただのありふれたムッツリスケベ中年だ。股間のクララだってマジで本当に立ちたくない。だけどお前らがみんなして盛り上げるから俺の意志に反して立たざるを得ない。オワタ。またドネートと気まずくなる。最初の頃はそういう眼で見られるのも悪くなかったけどなまじ仲良くなってしまうと逆にキツイ。家族に勃起を見られるような気分だと言えば伝わるだろうか。


 そこで俺はハッとする。この部屋は鏡張りで――異世界パワーで曇り止めが施されている――参加者の中には一人だけ男がいる。しかも良い感じに体毛の濃い熊系男子だ。そいつを見つめていれば俺の中の煩悩は静まるはずだ! その代わり彼にはあらぬ誤解を与える事になるかもしれないが、背に腹は代えられない!


 俺はカッと目を開き、素早く鏡に視線を向けて俺の股間をクールダウンさせてくれるミスタ―ビキニを探す。


 その途中で俺はドネートを見つけてしまい目を奪われる。


 俺の相棒の異世界ギャルも当然ビキニ姿で普段の露出度を考えると実はそんなに変わりはないがだけどやっぱりビキニは良い物で新鮮なエロさがある。でもそれは首から下だけで首から上は至って真面目、この馬鹿みたいな異世界ホットヨガ教室を誰よりも真剣に頑張っている。


 もしかしたら自分にも少しくらい魔術系の加護があってこのホットヨガ教室を通して眠っていた力が開花するかもしれない。なんて事を本気で思っているわけはないだろうが、それでも僅かな望み抱いて祈るような気持ちでヨガヨガやっているのだ。健気すぎる。


 そしてそんなドネートのような人間を騙して食い物にする――受付の姉ちゃんや講師の黒ギャルはドネートを含め参加者全員に才能があると褒めちぎっていた――この魔術塾に俺は腹が立った。


 別の所も立とうとしている。それがどこかは今更説明するまでもない。万事休す。敗因はただ一つ、異世界ギャルのビキニ姿がエッチすぎた事だ。


 ゆっくりになった時間の中で脳裏にはスペースシャトル発射風の謎いカウントダウンが響き渡る。もう一人の俺は既に俺の制御を離れ起立準備に入っていた。


 それじゃあ皆さんさようなら。


 このカウントが終わる頃にはここは地獄みたいな空気になっている事だろう。


 5


 4


 3


 2


 1


「それではここで本日のスペシャル導師、金獅子亭所属の大魔術士であるテクネ=キューボーデンさんをお呼びしましょ~」


 子供向け教育番組の歌のお姉さんみたいなノリで言うと異世界黒ギャルが俺達の背後にある入口に手を振った。


 はぁ? と思いながら振り返ると、そこには魔術士の癖にプロボクサーみたいなガタイをしたビキニ姿のテクネがあーやだやだ女の裸なんて一ミリも興味なんですよねぇ~的な気怠さで斜に構えている。


「どーも。ご紹介頂きました特別導師の……おやおやおや♂」


 ♂、じゃねぇんだけど!?


 目ざとく俺を見つけると、青空みたいに澄んだ碧眼が飴玉を転がすようにして俺の身体を舐め散らかした。


 グググ……ズッキュ~ン♂


 と人目も憚らず黒ビキニからもう一人のテクネが顔を覗かせる。女性客達は甘い悲鳴を上げ、ドネートは真っ赤になって俯いた。お陰で俺の股間には氷河期が訪れて萎え散らかしすぎて内側に引っ込みそうな勢いだ。


 もう一人の男性客は……なんか乙女の恥じらいみたいな顔でちらちらテクネを覗きながら内股で股間を隠している。ブルータス、お前もか!?


 てかどうすんだよこの空気俺は知らねぇからな! と他人のふりを決め込んでいると、GTT――グレートチンコテクネ――はパンパンと手を叩いて下半身に向けられた注目を上に移動させる。


「ご心配なく。僕の性的対象は男性なので。そこの素敵な彼、リュージと言うのですが、僕は現在彼に恋をしています。素敵な偶然に恵まれて少しばかり興奮してしまいました。さぁ、レッスンを始めましょう」


 堂々としたテクネの言葉に女性客――ともう一人の男性客――が嬉しそうな悲鳴を上げる。俺は否定したいがテクネが一方的に俺を好いているのは事実だし、下手に口を出すと余計に拗れそうなので言葉に出来ない。


 テクネは相変わらず覚醒モードのそれをブンブン振り回しながらインストラクターである異世界黒ギャルの元へと向かう。途中で俺の横を通過し、今更無駄だと思いつつ知らんぷりを決め込む俺の尻をペロリと撫でていきやがった!?


「あひん」


 と、不意打ちを食らって変な声が出てしまい参加者に笑われる。俺は精神的に穢されたような気持ちになって物凄く泣きたくなった。


 男同士だからってそういうのよくないと思います。


 ……いや、マジで。

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