乙女ゲーの主人公になりました/ていうか押しつけられました
笠本
お貴族様のお茶会ってこんな感じでいいんですよね
「お貴族様のお茶会ってこんな感じでいいんですよね……」
学園の中庭のすみっこに設けられたフリースペース。
置かれているのは風雨にさらされて少し色あせたテーブル。
天板にへこみがあるけど刺繍の授業につかう布地をテーブルクロスにして、お茶のポットで目隠しすれば問題なし。
周囲の花壇は少し色合いがおとなしい……地味……っていうかここは薬理部の管轄なんで植えられてるのは薬草とかハーブとかなんですが。
でも花言葉とか花に例えたエレガントなトークとかできない私でも、薬効とか売価とかなら語れますし!?
何よりここなら無料。ふつうはお茶会に使われるセレモニールームはたとえ三等でもお昼ごはん一週間分の費用がかかるところがゼロ。なんてステキな響き!
うっかり貴族やら大商家の子息が集うファリエス学園に入学してしまった、由緒ただしい平民の娘にはこれが限界。
「これでよしっと」
皿洗いを手伝う約束で食堂から借りてきたティーカップを並べればお茶会の準備は終了です。
「あら、あれはセレットさんでなくて」
そのタイミングで自分の名前を呼ばれて振り返れば、そこには三人の女子生徒。
コースは違うけどどっかの共通授業で一緒になったことがあるようなないような。
三人は互いに顔を見合わせてちらっとこっちに視線だけ送って言いました。
「ひょっとしてこれはお茶会のつもりなのかしら」
「そんなわけないでしょう。給仕も用意せずにお菓子もただのクラッカーだなんて。貴族相手に侮辱もいいところですわ」
「あら、だったら問題ないでしょう。セレットさんは平民なんだから。ちょっとお茶会の気分を味わいたくって、独りでごっこ遊びをしてるのではなくて? ふふっ、微笑ましいこと」
そうしてあからさまな作り笑顔をこちらに向けてくる三人。
分かりやすいなあ。
庶民の私がこの学園で場違いなのは承知してますし!?
まあ口で馬鹿にしてくるだけならどうとでも。
「スカーレット様をお招きするつもりですけど?」
驚くだろうなと分かって言った言葉に、相手は思った以上にビックリした表情で。
「はあ!? 本気で言ってらして? スカーレット様はレッドリー侯爵家のご息女ですわよ! こんな粗末な席に招待なんて無礼にもほどがあるでしょう!」
「セレットさん、あなた自分が聖光冠を授かったからって、調子にのりすぎですわ!」
「そうですわ、たしかに聖光冠は古より伝わる魔を
右から順に令嬢ABCが口々に私を非難します。
いやホント、私もそう思いますわ。
っていうか聖光冠ってなに? 私はほんの数ヶ月前にこの人生がスタートしたんでよく分かってないんですよ。前年の教会での誕生祭のときに何か光った的なイベントがあったっていう設定は知ってるんですけど。
それが聖女の資格だっていうんですけど、実際のところ私にできることって教会や王家にある石碑をいい感じに光らせるくらいなんですけど!?
たぶん私が聖女候補として学園に入学するためだけの理由付けだろうから、そんな大した意味はないはず。
これがRPGの世界とかだったらとつぜん邪神が蘇ってきて戦わされるかもですけど、乙女ゲームですからね、この世界。
そこで脳裏に浮かぶのは前世終了時の女神様との対話。
『――――さん、あなたは肺炎をこじらせて命を落としました』
『はあ……』
『テンション低いですね。まあこの現代で両親に放置されて病死なんて最期では落ち込むのも無理ないでしょうけど』
『あの毒親ですから、こういう目にあうのも覚悟はしてましたけど……』
で、あなたは誰ですかと問うたら、いわゆる世界を創造する存在だと名乗った女神様。
そこで勧誘されたのが『ファリエス学園パーティカル』という乙女ゲームをベースにした世界への転生。
『女神様ってそんな俗なノリなんですね……』
『こういう多くの人間の信仰を集めた物語をベースにするとね、もうとにかく創造コストがすっごい低いの』
『作家みたいなこと言ってる』
『ただ問題があって……』
女神様が言うには、そういう出来合いの世界は揺らいだ不安定な状態だそうで。
そこでベースを知っている人間をその中に入れる必要があると。そうすることで観測者効果で世界が確定するとかなんとか。
『そこであなたを勧誘にきたというわけです』
『でも私、図書館でノベライズを借りて読んだくらいですよ? 脇役のサイドストーリーを集めたオムニバスの』
ちゃんとゲーム本編やってないから観測者の資格が足りないのでは?
『いやもうそれで十分だから。ていうか細かく知らないくらいがちょうどいいっていうか、もうマニアはごめんっていうか、ね、ねっ!』
あやふやな説明をしつつ、女神様は私にすがるように一枚の写真を見せてきます。
セミロングで茶髪の女性のおすまし顔。
『なんとあなたに担当してもらうのは主人公役。愛されオーラ全放出で王太子から未来の騎士団長から実は王弟だった教師まで、誰もがあなたの虜。不遇の今生のぶん、思いっきり勝ち組人生楽しんじゃって』
『いやあ、そういうリア充人生って絶対私に合わないです。だいたい貴族ってことはスクールカースト上位ってことですよね。じゃあ私の敵じゃないですか。モブがいいです私。陽キャとは関わらずにひっそりと生きてきたいです』
『あー、色々あったのね…………それなら、このセレットちゃんなんてどう? 平民の娘でちょっと地味だけど』
女神様が見せてくるのは制服姿の女生徒の写真。
『この人、今のと同じ人じゃないですか!? だいたいなんだかんだかなりかわいいですよ!? これで地味とか本物の根暗陰気メガネやってた私に謝るべき』
『こじらせてるなあ。あのね、別にこの子に生まれ変わったからってそういう人たちと付き合わないといけないってことはないから。無事に学園の卒業パーティー迎えるとこまで観測してくれればいいんだから』
ううん……となおも私が渋っていると女神様がぐいっと迫ってきて耳にささやきました。
『それにこのセレットちゃん家は両親がすっごいマトモだよ。贅沢はできないけど暖かい家庭で愛情に包まれちゃお』
『おおっ!?』
『おっ、その気になったみたい?』
そして女神様はどこからか取り出したノートパソコンを開きました。
『さあそれじゃあこの
『あっ、勝手に入力しないでくださいよ!?』
『はーい、一名様ごあんなーい』
『ああっ⁉︎』
……と、強引に乙女ゲーの主人公役に転生、というか憑依? させられたわけです。
ともあれ私は念願の暖かい家庭を手に入れました。
王都の平民街にあるパン屋の一人娘セレット。
寡黙ながら家族のために一心に働く父親。
ちょっと天然だけど料理とガーデニングが得意でいつも家を明るくしてくれる母親。
朝はパンの焼けるいい匂いで目覚めて寝ぼけまなこをからかわれます。
お昼は私が好きだからと特別に粒を増やしたレーズンパンを持たせてくれて。
夜はその日の学校のできごとを語りながら三人で夕食。
『さすがはセレットね』
『セレットはあわてんぼだなあ』
他愛ない会話に娘への愛情が伝わってきます。
寝床に入ればうっすらと浮かんでくるのは子供の頃の思い出。皆で行ったピクニック、風邪で寝込んだ時にお見舞いにつくってくれたネコのぬいぐるみのこと。胸があたたかくなる幸せな記憶。
過去の記憶は捏造? オッケーオッケー! こっちは前世では根暗な読書少女でしたから。フィクションの刷り込みなんて始終やってましたよ。
だからこの家庭があれば私には他に何もいらないのです。
王太子とか生徒に手を出すらしい淫行教師とか、そういう騒々しい人たちとは距離をおいて無事に卒業まで過ごせればいい。
あとはうまいこと聖女に向いていないアピールをがんばって、将来はお父さんのパン屋で働くか図書館の司書なんかになれたらいいなあ。
そんな風に思っていたんですが――――
令嬢Aさんが言います。
「だいたいあなた、平民の身でスカーレット様の婚約者であるアーカム王子に近づくなんて、恥知らずなマネをしておいてよくもまあ!」
いや、こんな地味な根暗メガネなんて貴族っていうリア充の極みみたいな人たちと縁はないだろうと思ったのに!?
よりにもよってこの国の第一王子とあちこちで接点ができてしまったのです。
おかしい。こっちは巻き込まれないようにと気をつけていたのに。ノベライズからの情報で主人公と王子は入学式の代表あいさつで絡みがあるって知ってたから、入学テストもわざと点数おとしたのに。
なぜか首席合格者になってて王子に目をつけられてしまったのです。
「ちょっとセレットさん、聞いてまして!」
反応の悪い私に三人組が声を荒げたところで、「よろしいかしら」とハリのある声が背後から。
私たちが振り向けば、そこにいたのは赤いドレスを着込んだ背の高い女性。
ウェーブがかかった金髪は陽光にきらめき、長いまつ毛がピンと伸びた
「嘘っ! レッドリー侯爵家のスカーレット様」
令嬢トリオが揃って呼んだその名前は。
この王国で最も歴史ある貴族家で現当主は宰相職を務めるレッドリー侯爵家。
その一人娘にして第一王子の婚約者スカーレット。
つまりはスクールカースト最上位、どころか貴族の中でも最上位クラス。つまりは私にとって最大警戒対象。
私はお茶のポットをぎゅっと握りしめます。
お母さんが作ってくれたハーブティー。お貴族様に緊張しないようにって鎮静作用のあるハーブを選りすぐってブレンドしてくれた私の武器。
伝わるお茶の暖かさに支えられ、私はぐっと目に力を入れて相手を見つめ返します。
「初めましてスカーレット様。私は平民ながらこの学園に通う栄誉を授かりましたセレットと申します。お会いできて光栄でございます」
「ええ、初めましてセレットさん。お茶会、お招きいただいたのよね?」
こくりと頷きます。
「ちょっと、セレットさん。ほんとにお招きしてしまったの!?」
「あのね、下位の立場から上位貴族をお招きするには本当はいくつも手続きが必要ですのよ!」
「不用意にお声がけするだけで不敬に問われますわよ!」
「あら、いいのよ。私が掲示板にあった告知を見て勝手に来ただけなんだから。クラッカーパーティーを開くから誰でもご自由にお越しください、ってね」
「ええっ、校舎入り口の掲示板に!? そんな告知、ございましたか?」
ありましたよ。ただし日本語で書きましたが。
アルファベットをちょっと崩したような文字を使っているこの世界の人には読めない言葉で。
ということは、つまりは……
目の前の御令嬢がニヤリと不敵な笑みを浮かべました。
****
「はむ、はむ。うわっ、すっごい美味しい」
クラッカーにクリームと赤黒いレーズンのペーストを乗せた一品。一口かじると口内に広がる芳醇な甘みとかすかな酸味。
「ふふっ、前に立ち上げた商会で西方との取引を始めたの。まだこの国では知られていない種類のレーズンよ。お気に召したようでよかったわ」
スカーレットさんがすっと目線を送れば背後に控えたメイドさんが私にお茶のお替りを入れてくれます。
私が用意したお茶なのに、いつもより美味しく感じられます。さすがは侯爵家メイド。何か注ぎ方にコツがあるのでしょうか。
「ちょっとー! セレットさーん! なに堂々と給仕を受けてますのー! はやく、早く謝罪なさーい!」
少し離れたテーブルから心配そうに呼びかけてくる三人。
なんだ、あの人たち。実は良い人だった!?
「ふふっ、あちらの方々にも同じものをご用意して」
優雅にうなづいたメイドさんが離れていけば、私たちは日本語で話始めます。
「謝罪、いらないですよね?」
「あら、私は婚約者をあなたに誘惑されてしまったのよ。すこしは何かあるべきじゃないかしら」
目鼻立ちがしっかりとしたキツメの美人顔が、でも今はどこか呑気な様子で首をかしげます。
「ていうかあなた日本人なわけですよね? この世界に来たってことはゲームやったことあるわけで。じゃあ婚約者の王子様を聖女に奪われるって知ってるはずですよね? いや、奪いませんけど!?」
なら、どうとでも対処できるはずでしょう。
「うーん。私は王妃教育に忙しくって、ついアーカム様とのお付き合いを疎かにしてしまってたのよね。愛想をつかされて他の女性に目をむけられても文句が言えなかったの」
「あの王子には絡まれて迷惑してるんですけど!?」
「ふふっ、子供の頃から周りがみんな自分にかしずいて当たり前なオレ様王子には、自分に興味をもたない女の子が新鮮みたい」
「ていうか、ぶっちゃけあなたが誘導してますよね?」
「あら? バレてる?」
「やっぱり……」
そうなのです。
あのアーカム王子。最初の出会い以来、こっちが必死に距離とろうとしてるのにやたら詰めてきて。
たしかに当初は庶民が珍しいのかなと思ったけど、なんか合う度によくわからないこと言うわけです。
『まるで何もなかったような態度をとるんだな。ふん、まあいい。礼としてお前がこの学園にいることを認めてやるよ』
『ふっ、聖女様としては学園じゃあそのとぼけた顔でいくっていうわけか』
『ははっ、おもしれーなお前』
はあ? 何言ってんだこの人?
としか思えないんですが、どうも知らないところで私に対する王子の好感度が上昇しているみたいで。
ぶっきらぼうにお礼を言われたりして、「知りませんが?」と答えるとフッとか鼻で笑ってくるわけですよ。「照れるなよ」とか頭をポンとしてくるので思わず「はあ!?」とか不敬しちゃいましたよ。
「最初はなんかゲーム世界だから勝手にイベントが進行してるのかなって思ったんですけど、なら悪役令嬢からいじめられる展開になるんですよね? でもあなたは遠くから微笑んでるだけですし、逆に取り巻きの人が突っかかってくるのを抑えるくらいで」
このスカーレットさんは平民の両親が知ってたくらいに悪評ばかりのワガママ高慢令嬢のはずだったのに。
実際に学園で見聞きするのは―――立ち上げた商会を瞬く間に王国トップ規模にのしあげた才女、儲けを惜しげなく慈善事業に注ぎ込む篤志家、下位貴族にも分け隔てなく接する人格者。
王子が原作通り? に進んでくのに悪役令嬢は違うキャラになっている。それは怪しむというものです。
はっきりとした証拠なしにお貴族様にかかわるのも危険だったので、こんな間接的な接触を図ったわけです。
「悪名高い"鮮血のスカーレット"が"慈愛のバラ"になってれば中身が違うんじゃないかって察しますよ」
「あれヒドイあだ名よね。まあ噂されてるようなことは全部子供時代にやらかしたことだったんだけど。ほんと、リカバリーに苦労したわよ」
さて、ではここからが本題。
互いに転生者と判明したわけですからあとは誤解をとくだけ。
「それでスカーレットさん。なんか私に婚約者を譲らなきゃと思ってるみたいですが、別に女神様は私にそんな要求はしてなかったんですよ。だから安心して王子様と―――うん?」
そこへ耳に入ってきた賑やかな声。
緑、青、黄色の鮮やかで見るからに高価なドレスに身を包んだ御令嬢たちが、従者をひきつれてぞろぞろと近づいてきました。
「おまたせー」
「あれー、時間早くない?」
「ちょっとスカーレット、あんた何抜け駆けしてんのよ!」
えっと、たしかこの人たちは……
離れたテーブルの令嬢三人に顔を向けると即座にアシストが。
「あれはグリーム侯爵家のエメラ様!」
「こちらはブルーメ辺境伯家のマリアナ様!?」
「キール公爵家長姉のジャスミン様もよー!」
つまりはスカーレットさんに負けず劣らずのハイソな御令嬢様方。
「えっと、何でしょうか……?」
困惑しながら尋ねると、代表してエメラさんが柔和な笑みを浮かべながら。
「うふふっ、私たちもお茶会にご一緒しようと思ったのよぉ」
えっ、まさか……!?
****
二つ並べられたテーブルでお偉い御令嬢四名+庶民一名のお茶会が再開。
クラッカーには後続の三人が持ってきたトッピングを色々組み合わせて。
「はむ、はむ」
うわ、これアンコだよ。なめらかな舌触りに混ざる渋い甘みのつぶつぶ。
おいし懐かしの味に身を震わせていると侯爵家メイドさんがすかさずお替りのお茶を注いでくれます。
「セレットさーん! もう行くとこまで行きなさーい!」
例の三人組は追加客のためにテーブルを並べてくれた後はさらに離れた席へ。クラッカーのトッピングを始めて、もう自分たちもお茶を味わうことに専念するみたい。
「それじゃあ全員そろったところで、異世界悪役令嬢会議を開催しましょうか」
司会者っぽく宣言するのはスカーレットさん。
「会議?」
「そっ、この中で誰がセレットちゃんに婚約者を奪われるのか決めようじゃない」
「はあ!?」
何言ってんですかこの人?
「セレットちゃんは乙女ゲーの主人公なのよ。そして私たちは婚約者をアクセサリとしか考えないような愚かしい性根の悪いライバル令嬢'Sなんだから、ヒロインちゃんに奪われるのも当然よね」
「いや奪いませんよ。ていうかライバルになる悪役令嬢ってスカーレットさんのことですよね!?」
「あー、やっぱりセレットちゃんってあんまりゲーム知識ないんだ。ファリパーって攻略対象それぞれに悪役令嬢が設定されてるのよ。まあ貴族といえば普通は年頃には婚約者がいるものだから、攻略対象全員におじゃまキャラがいるってのはリアルっていえばリアルかもしれないけどね」
なんて面倒なシステムなんでしょうか。
「そういういらん要素を盛りだくさんにするのクソゲーって呼ぶんですよね、知ってます」
「その分キャラデザと声優がとにかく神だったのよね」
ブルーメ辺境伯家のマリアナさんがしみじみと。
「ていうか、なんで皆さんおとなしく奪われようとしてるんです?」
後から来た三人もやはり転生者でゲーム知識を持った日本人でした。
時期は違えど、みんな私よりずっと早くこの世界に来てたそうですから、いくらでも対応できたのに?
「いやあ本物の聖女の威光を目にしたら、私らみたいな悪女は逃げるしかないっての」
えー、あんな石碑光らせるだけの能力が?
「あなたのことは調べさせてもらったわ。聖女候補に選ばれてもおごることなく、家のお手伝いをしたり、買い物でお釣りが多く戻ってきたら申告して、迷子の子を見かけたら一緒に親を探してあげたり。まさに聖女の名にふさわしい奇跡と慈愛の数々」
うんうんとうなずく面々。
って聖女認定軽すぎません!?
「そんなのうちのお隣のマリーちゃん10歳だってやってましたよ!」
「入学試験のときも足を挫いたおばあさんを助けて遅刻したりねえ」
「いやあれはテストなんて適当でいいやって投げてたんで…………えっ待って、そもそも私あのときわざと点数抑えてたのに首席合格者になってましたけど何かしたんですか!?」
「あー、うん。あれ私が試験官買収してたから。遅刻するセレットちゃんの分の試験用紙を高等部用のとすり替えといたの。そんなイジワルしたのに結果的にはあなたの優秀さを証明しちゃったのよね」
「なぜに!?」
いや、たしかにその後の授業内容と比べて手応えあったなあと不思議に思ってましたけど!?
でもそんなことしても採点のときにバレるわけで、学園の不手際になるだけですよね!?
えっ、あれ? まさか私が手を抜いても高得点になるように仕向けた……?
「ちなみにあのときのおばあさんは実は私のばあやだったんだ、ノリノリで手伝ってくれたよ。ちゃんと当主の名で学園長にお礼状届けておいたから」
キール公爵家長姉のジャスミンさんがテヘッと仕草しながら。
なんなんでしょうこの人たち。
そんな私の評判あげるようなマネして…………まるでそれくらいに立派な聖女なら婚約者を奪われてもしかたないみたいな…………えっ、ホントに!?
「あの皆さん。勘違いしてるみたいですけど、女神様は私に無理にゲームの攻略対象と付き合わなくてもいいって言ってたんですよ。だから安心して自分の婚約者と結ばれてください」
ところが四人共に揃って目をそらしてバツの悪そうな顔をするのです。
「いや、あの……ぶっちゃけウチのアーカム王子、セレットちゃんにもらって欲しいなあって……」
「はあ!?」
「だってしょうがないじゃない! 商会の運営の方が楽しいんだから。このまま王妃になったら経営から距離置かざるを得ないし。まだやりたいこといっぱいあるのよ! それにあのオレ様王子は女が自分より目立つと面白くないタイプじゃない。商会運営とかあからさまにムッとすんのよアイツ。だからセレットちゃんにお譲りしたいなって」
「私だっていやですよあんなオレオレ系」
「でも王子様だよ。女の子の憧れ。毎日キレイなドレスと宝石で着飾ってゴージャスな生活が送れちゃうんだけど?」
「さっぱり惹かれません。真紅のドレスの似合うスカーレットさんにこそそういう生活がふさわしいと思いますよ」
「私もうやりたきゃ自分の金でできるから。まあそんな暇ないけど」
「そもそもちゃんとゲームやってたスカーレットさんはああいう王子様と恋愛したくてこの世界に来たんじゃないんですか!?」
私がそう言うとスカーレットさんは顔を上に向けて遠い目をしました。
「たしかにね、激務とストレスで荒んだ心の癒やしだったわアーカム王子。だから過労死したときにすぐにこの世界に飛びついたけど…………でも考えてみれば私って恋愛したいんじゃなくて癒やしが欲しかっただけなのよね…………恋とか結婚とかメンドイわ…………必要なのは顔が良くて甘い声で抱きしめてくれるだけの中身のない男。そう、動けるクッションみたいなのでいいのよ」
そんなことを呟くスカーレットさんの顔は、よく見れば目元に疲れからくるクマとか肌荒れが発見できるのでした。
「ていうか今も激務なのでは」
「やー、全然。疲れはするけどストレスはそんなないもの。やっぱ権力はいいわよ。いちいちハゲ部長のご機嫌取りしなくていいし。手柄の横取りもされないし。いやあ、たしかにこれはあの無能共がイス明け渡さなかったわけだわ」
この人、バリキャリってやつだったんでしょうか。
「てなわけで私にはいらない王子だけど、アイツやっぱり顔はいいし、それに一応オレのモノになった女は守るってタイプだから一度試してみてよ。あと王子エンドを選んでくれたら我が商会がセレットちゃんの人生を最大限バックアップします」
そうして挙げてくるのは商会に名義だけ用意して役員報酬を支払うとか保養地に別荘用意するとかパトロンになってる劇場に指定席用意するとか。そんなあからさまな利益供与。
まあ私の心はぜんぜん動かされませんけど。
「ところでこのクラッカー、セレットちゃんのお父さんが焼いてくれたんじゃない?」
「はい……? そうですけど」
「お父様、いい腕よね。それでいて自分の店を構えるだけあってコスト意識も高いし。いいパートナーになれると思うわ」
「ど、どういうことですか!?」
なぜここでお父さんが!? まさかホントの悪役令嬢らしく家族をターゲットに脅迫を!?
「実は今、極秘でうちの商会でお父様との共同事業の話が進んでいます」
「なっ!?」
「貧民層のみんなにもおいしくてそれでいてお手頃価格なレーズンパンを届けたいと言われてね。その確かなコンセプトとビジョンに賛同してウチで原料の提供とコスパいい厨房機器をモニターって形で貸し出す方向でね」
「たしかにお父さん、最近はりきってるなって思ったら…………」
その途端、今までクラッカーのトッピングを楽しんでいた他の令嬢たちが騒ぎ立てます。
「卑怯! 卑怯よスカーレット!」
「だめよスカーレットちゃん、そういう悪いことしては」
「ああん!? あんた主人公と家族には接触しないっていう条約結んだの忘れたの!」
「違いますう! 西方のダブついた小麦粉を引き取ったからギルドに使い道あるか持ちかけてたらお父様の方からお声がかかったんですう!」
「絶対わざと耳に入るように仕向けたんでしょうが!」
「セレットちゃん、私と組んでお父様のパン屋をフランチャイズ化していきま――――」
青と黄色の令嬢にスカーレットさんが締め上げられるのをよそに、一人動じずにいるグリーム侯爵家のエメラさんが何やら冊子を取り出しました。
「それじゃあ次に私がオススメしちゃうのはこの子よ」
開いて見せてきたのはあどけない顔つきの少年の肖像画、っていうかお見合いの釣り書きですわ。
「私の婚約者のヴェルちゃん。私たちのいっこ下で来年ここに入ってくるの。すぐ背伸びしたがってちょっとナマイキな口をきいちゃうけど、根はいい子だから素直になったときのギャップがたまらなくカワイイ子よ。あなたみたいなしっかり者と相性いいと思うの」
「そのまま自分で愛でてください」
「だって私は前世でこども三人と孫が二人いたけどみんな女の子だったんだもの。こういうやんちゃな男の子が孫に欲しいなって、思って攻略してたんだもの。そんな気になれないわよ。それにいまさら若い子なんて、駆け落ちまでして一緒になったおじいさんに悪いじゃない」
「いえ、今の時代は第二の人生で再婚ってよくありますよ」
さらっと中身は年配者だと明かしたエメラさんが続いて爆弾発言。
「私からの特典は和食一生分。我が家秘伝の土魔法を駆使して実現した米と味噌とついでに醤油をごちそうしちゃいます」
「おおっ!?」
思わず前のめりに。いけない、こんな食いついちゃあ、と思うも周りの皆がそれ以上に興奮。
「おばあちゃんお願い、それウチの商会に……いえ、私が欲しい、言い値で買うわ」
「卑怯、それは卑怯よ!」
「エメラ様、私にも清酒作って!」
「あらあら?」
そうしてエメラさんが他の三人から和食セットのサンプル提出を約束させられて。
続いてブルーメ辺境伯家のマリアナさんが姿勢を正して言いました。
「カワイイ系が趣味じゃないならガタイのいいスポーツマン系よね。ということで私の婚約者シアン様は将来の騎士団長よ」
あー、王子の側近にそんな人らしいのいたなあ。肌寒い日でも二の腕だしてた背が高い護衛役っぽい人。
「ていうかマリアナさんはなんであの人ダメなんです?」
もう流れがつかめてきた私です。
「いやあ私、シアン様じゃなくて川添くんが好きなのよ」
「誰?」
「あれ、川添くん知らない? 君恋のアニメでデビューした若手声優なんだけどとにかく美少年役がめっちゃハマってて一見女声なんだけど吐息とか『へぇ』みたいな応答の時だけちょっと低めの声にしてあっかわいい顔してこの子男の子なんだよねえとか意識させるのがほんと上手でっていうかたいてい黒幕とか腹黒系で闇を抱えてるってオチなんだけどそういうのをセリフのかすかな部分で匂わせるのがホント巧みでもうこっちはそれやられるとゾクっとしちゃうじゃない? 最新作のファリパーじゃあ脳筋青年役だったからそれどうよって思ったけどルート進むと縋る婚約者ににこやかに応じてながら消えろよ女狐って感情を副音声で伝えてくる謎技術披露してきてなにコレこれは生で聞かなきゃってなるじゃない?」
うわあ、一息に言い切ったすごい肺活量です。
「あっ、はい。じゃあそのステキな美声で思う存分耳元で愛を囁いて貰えばいいんじゃないですか?」
「だってあいつくだらないことばっか言うんだもの。深爪しちゃったとか汗かいたら股間が痒いとかとかガキっぽいっていうか生活感あるっていうか。川添くんはそんなこと言わないんだよ!」
「言うよ! 家ではそういうこと言ってますよ! 声優さんだって生きてるんですよ!?」
「それにねえ、あの脳筋は私の執筆活動を否定してくるんだもの」
「うん? 作家さんなんですか?」
「そっ。こっちではまだデビュー前だけど前世では宮絵亜紀のペンネ……」
「ええっ!? あのネメシア小説大賞でデビューした宮絵亜紀さんですか!」
「あらー、もしかしてセレットちゃんてば私の読者だったり?」
「はい! 星霜シリーズもあやかし書画シリーズも大好きです! ていうかファリパーもゲームやったことないけど先生のノベライズだから読みました!」
なんということでしょう。憧れの作家が目の前に! 知らない間に亡くなってたなんてショックですがこうして新しい世界でも執筆を続けてくれているなんて。ということはアレもコレもこちらで続きが読めちゃうということ!?
「そうなのー。じゃあ私から婚約者奪って修道院送りにしてくれるよね! やっぱ私って缶詰にされないと執筆できないタイプだったのよ」
「やですよ。ステキな恋をして作品に活かしましょうよ」
「小学生からこっち、恋愛経験無しの喪女が妄想だけでベストセラー産みましたが何か?」
「はい、すみません」
あやかしもいませんでしたね。
「それにいいの? セレットちゃんってば現代日本のエンタメに浸かってた身でここの近代レベルの小説で我慢できるの?」
「うっ!?」
そうなんです。この世界、活版印刷も紙の量産技術もあって小説も大量に出版されてますが、ちょっと物足りなさは感じてたのです。
面白いことは面白いけどちょっと大時代的というか、やたら大げさというか。好みとしてはもうちょっとライトに身近な主人公の活躍を見たいわけですよ。
ううっ、やばいです。今まで一番報酬が魅力的な…………
「ちなみに私、別名義でBLもやってるから報酬としてそっちのリクエストも受けちゃうよ。誰かモデルにして欲しい王子様とかいる?」
「いええええ!? そそそそ、そういうの読んだことないですけど!?」
図書館に置いてないですし! いや、ちょっとあやかし書画シリーズが寡黙美形な画家と骨董品屋の主人公が、なんか怪しいというかいい感じなそれでちょっと思う所ないわけではないわけですが!?
「マリアナ様ー、押しかけコンサルティングの続きヨロシクー」
「最近の子は凄いわねー」
「言っとくけどあんた。ここで生でBLやるとガチで首とぶからね」
ということで物騒な忠告をしてきた最後の一人、キール公爵家長姉のジャスミンさんの番です。
「あのお……いや、私としてはこの学園で教師やってる婚約者のオード様がとっても情熱的な方だという点を…………こう、オススメしたいなあと思いまして…………」
オード先生はこの学園の教師。一年生の私と絡む授業はありませんが、たしかに美形で女生徒に人気の方です。
それにしては推薦コメントがなんか歯切れ悪いです。と思ってたらジャスミンさんが突然テーブルに突っ伏して叫びました。
「…………っていうかどうせ拒否されるのは分かってるの! だってうちの婚約者ヤンデレだもん。束縛系でナチュラルに監禁とかストーカーするし、あれ普通に犯罪者だから! いや分かってましたよ! 危ないヤツだってのは! はいすみません、二次元と三次元ごっちゃにしてましたー! ゲームの時にこれって愛の証だよねとかうっとりしてた私がバカでしたー! …………ダメ……だよね?」
顔を伏せたままちらっと目線を上げたジャスミンさんにきっぱりと告げます。
「お断りです」
「だよね……うわー! 私だけ微妙に家格低いから逃げられないしー! 何か攻略者補正でどこにいてもすぐ補足されるしー! もう終わり、私はこのあと死ぬまで家に閉じ込められるの! ニートやってた私へのバツなのよコレー!」
令嬢にあるまじき喚き泣き。
どうにかしてよとお付きのメイドさんに目を向けるも、すっと知らん顔されました。
さて、どうするか……。
「ていうか、どうにでもなるのでは?」
「へっ?」
「いえ、ジャスミンさんの家では太刀打ちできないかもしれませんが、ここに力強い味方がいるじゃないですか」
見回せば侯爵家令嬢にして商会オーナーのスカーレットさん、グリーム侯爵家のお見合いお祖母さんエメラさん、ブルーメ辺境伯家の将来のベストセラー作家マリアナさん。
「皆が協力すれば穏便に婚約破棄くらいできるのでは? ていうかガチの犯罪者なら普通に通報しましょうよ」
私も名前ばかりですが聖女なわけですし、何かしらの力になれるかもしれません。
ええ、変なの押しつけられるよりかはずっといいです。
「まあしゃーないわね、同郷の
「あら、私も皆のことは娘みたいに思ってるからまかせておいて」
「私ファリパーの設定資料もらってるけど、あいつガチで過去にやばいエピソード抱えてるからそこ攻めれるかもね」
「セレットちゃん……みんな……」
うんうん、そうですよ。私に婚約者を奪わせようなんて考えに固まってたみたいですが、視野を広げれば他に手はあるはずなんです。
ていうかほんと押しつけんな。
それにうまいこと無理して今の婚約者と結ばれなくてもいいんだって実例できれば、他の皆も無理強いしないでしょうし。
そんな感じで場はひとまず穏やかな雰囲気に。
まだ何も解決はしていませんが、光明が見えたことでジャスミンさんも落ち着いてお茶を味わっています。
私もまだ試してないトッピングを楽しみます。
……エメラさん、クラッカーに田楽味噌は合わないですわ。
お茶で口直しをしたら私は皆に尋ねました。
「ていうかそもそも皆さん、なんで悪役令嬢になったんです?」
女神様に最初から主人公役にさせてもらって、普通に王子たちを攻略すればよかったのでは? 女神様もそうして欲しかったみたいですし。
すると御令嬢方々は優雅に小首をかしげ、不敵に、とぼけた表情で、バツが悪そうに、声を揃えて言いました。
「うーん、おもしろそうだったから?」
その答えを聞いて私は理解しました。なんであの女神様がゲーム知識の乏しい私を選んだのか。
ストーリーを知ってると余計なことをやらかして舞台をめちゃくちゃにしちゃうからなんだと。
それにしても、それにしても…………私は思わず叫んでしまいます。
「
さて、こうしてこのお茶会で結成された異世界悪役令嬢連盟は、のちに望まぬ婚約を強いられた女性を助けるための互助会に発展していくことになるのですが、それはまた別の話です。
乙女ゲーの主人公になりました/ていうか押しつけられました 笠本 @kasamoto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます