第4話 実はそんなに余裕でもない



 ◇ ◇ ◇



 家まで送り届けて、家に帰って。

 俺はベッドに身を投げた。

 

 ボスリという音と共に、ベットが少し軋みを上げる。

 それはまるでベッドからの抗議の様でもあったけど、そんなものに配慮する余裕なんて今は無い。


(こんなに色々と疲れる下校、初めてだった)

 

 昨日の下校は勢いだった。

 けど、今日は違う。


 時間があって、多少なりとも頭が冷えた。

 だからこそ、噛み締める様な実感と共に気恥ずかしさや緊張が増していた。


 そんな状態の所にやってきたのが、バリバリに俺を意識したアイツだった。



 昨日は自分の事で精一杯で気付かなかったが、アイツが俺を1人の男として見てガタガタになっているのがすぐに分かった。


 分かりやすいにも程があった。

 でもその分かりやすさが、嬉しかった。



 息が上がっていると気付いて、走ってきてくれたのだと分かって。

 俺はまた嬉しくなった。

 

 だってそうだろ?

 好きな奴が俺の為に走ってきてくれる。

 そんなのまるで「早く会いたかった」と思ってくれてるみたいじゃないか。


 でも舞い上っちゃいけない気がした。

 だからあくまでも外面だけは平静を装った。




 歩き始めて、しばらくして。


 コッソリとアイツを見遣ったのは、何も言わないアイツの事が気になったからだった。



 こういう時、大抵アイツから何かしら話し始める。


 大抵はケンカ腰だったが、それだって軽口の様なアレで本気でケンカはしに来ない。

 そうだと分かっているから俺も、最初の方は兎も角として、今ではあれも一種のコミュニケーションだと思っている。


 だからそれが無い事に、俺は疑問を抱いたのだ。



 盗み見れば、何やら考え事をしている様だった。


 こちらから話を振っても良いのだろうが、どんな話題を振ったら良いのか分からないし、そもそも考え事中ならば邪魔してもいけない気がする。


(まぁ、せっかく一緒に帰ってんだから考え事は後にして欲しいのは欲しいけど……って、ん?)


 俺に集中して欲しい。

 そんな小さな独占欲を抱いた所で気が付いた。


 彼女が何故か、とある一点をチラチラ見てる。



 調子に乗らないと決めていたのに、どうしても口元がフヨフヨと浮いてしまう。


 だってそうだろう。

 アイツの視線の先にあるのは、俺。

 もっと厳密に言えば、俺の手だ。


 どんなに鈍感を装っても、自意識過剰なんじゃないかと思っても、そのあからさまな視線と真っ赤な顔と。

 そして何より感情ダダ漏れのその表情を見てしまえば、もうどうしようもない。


 

 手を繋ぎたがっている。

 恥ずかしくて困っている。

 開いた微妙なこの距離を、もどかしいと思っている。


 そんな彼女の感情が察せてしまい、俺は「もう我慢は必要ないな」と思い至った。



 俺だって、アイツと手を繋ぎたい。

 昨日も確かに繋いだが、それが一体どうしたというのだろうか。

 

 触れたくて、でもずっと触れられなくて。

 そんな関係性が変わって、アイツに触れても良くなった。


 アイツが嫌がるなら未だしも、だ。

 嫌がってないのに恥ずかしいから我慢だなんて、どうしてそんな勿体無い事が出来るのだろうか。


 そう思ったから、俺はアイツに手を伸ばした。



 おずおずと出された手の指先が、掠める様に俺に触れた。

 俺はすぐさま握り返して、その手を引っ張り歩き出す。


 何だかとても、柔らかい。

 俺より背は高い癖に、手はどうしようもなく『女の子』だ。

 そのふんわりとした感触と少し汗ばんだ熱い手からは、確かな緊張が感じ取れた。


 それさえも何故か嬉しくて、思わずフッと笑みを溢す。


「……なんか余裕な感じが腹立つ」


 少しだけいじけたその声に、俺はまた声を押し殺して笑う。



 バカ言えどこが余裕なものか。


 こんなにずっと心臓バクバクで、こんなにずっと後ろが気になって、こんなにずっと感情が揺り動かされる。

 一体これの、どこを取ったら余裕なのか。

 寧ろ誰か教えて欲しい。




 うつ伏せになっていた体で、ゴロンと仰向けに寝返った。


 繋いだあの左手を、俺は天井に向かってゆっくりと掲げる。

 

 

 何の変哲もない、ただの俺の手。

 だけどそこには、確かにあの手の感触と体温の温かさがまだちゃんと残っている。


「……あぁぁー」


 ため息の様な声と共に、掲げていたその手の甲を額の上にスリッと乗せた。


「どうすんだアレ、どうすんだ俺」


 今日のアイツはいつも以上に、何だかとても可愛く見えた。



 感情が、ダダ漏れなのがいただけない。

 


 触りたい。

 独占したい。

 

 そんな一見すると好きなら当たり前の様なそれらの感情が、ここに来て一気に吹き出してきている様な感覚に陥る。



 多分今まで俺はずっとそういう気持ちをセーブしてて、あっちも多分それは同じで。

 だけど俺たちは『許された』から、その途端にタガが外れた。

 多分そんな感じだろう。



 素直にならなきゃ勿体無い。

 それは確かに本心で、アイツも望むなら尚更で。

 でもだからって「手が早い」と思われるのは、ちょっと困る。


「はぁー……」


 ついたため息は、今後の攻防を思ってだ。


 何と何の攻防かというとそれは勿論、自分の中の理性と本能の攻防である。



 〜〜Fin.

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今日、アイツと2人で帰ります。 野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中 @yasaibatake

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