朝と昼と夕方と、朝と
装置の規模としてはさほど大きくなく、小さな講義室の半分くらいのサイズの建物に収まるということで場所は問題ないらしいが、特殊な光線を作る装置やわざと重力の影響を強く受けるようにするために、ブラックホールのようなものを作る装置や、逆に重力の影響から解放するような装置…… 読んでいて頭が痛くなるほどに資料の内容は見慣れない名前と金額が続いていた。加えて、それらをすべて一括で内包する建物から作るというものだから金額の多きさもうなずける。
「ここいいる学生にとって、これらがどのような実験に用いられるかは言わずもがなと思うが、今年は新入生が非常に多く入ってくれたために一通りの説明をしておこうと思う」
開始予定時刻を十五分も過ぎたために、ゼミを始めたくてウズウズしていた一之瀬教授がまず話を開始した。
「まず、手元のテキストを見てほしい。その冒頭にある論文の書き出しは、あそこの席にいる
教授は、望の方に手を向けて彼女が論文の作者であることを紹介しつつ、説明を続ける。
「着眼点が少し変わっているが、これは私が普段話している内容から逸脱することなく、かつ今まで用いられることがなかった手法で光粒子を観測する方法を提案している。それが『超重力下における光粒子の影響を観測するための環境構築理論』だ。知ってのとおり、光の粒子は重力の影響を受ける。だが、その影響は観測できるほど大きなものではない。また、影響を観測するには地球の半分がが平らでなければならないほどに極端な環境が必要だ。現実的ではない。が、より強い重力下での観測が可能なら、あるいは光が重力によって引き寄せられる現象を見つけることができるかもしれない。鏡やプリズムを用いることがなく光の動きをコントロールできるなら、それは平行世界へ信号を送る、数少ない方法として使うことができるかもしれないからだ」
……望はいったいどんな論文を教授に読ませたんだろうか。
「それで、君たちには彼を紹介しようと思う」
そう、部屋の中で一人顔の知らない人が教授の近くに座っていた。その人…… 作業服を着た男性は、教授の手招きで教壇へと昇る。
「彼は
和野十六夜と呼ばれた男性は、ちょっとおどおどしながら教授から自己紹介を促される。
「え、と。ここにいる学生たちには馴染みないですが、六年ほど前までここで教授たちとゼミにいました、数野と言います。卒業生ということと、今回設置する装置の開発と設置に携わるということで、私が会社から抜擢されました。実験環境の構築完了後も実験補佐として何年かご一緒するかと思います。よろしくお願いします」
それだけ言うと、彼は元いた席へと帰っていった。
「……個性的な人ね、彼」
「珍しいじゃない。望が他人をそんな風に言うなんて」
私の知る限り、望が他人を初見で評価することはまずない。彼女の処世術と言うか、外見と少ない会話ですべてを評価する・されるのを嫌うからだ。それが、一言もかわすことなく他人のことをあれこれ言うのは、彼女にとってとても意外な発言だ。
「うーん…… なんでだろ? 以前から知ってたみたいな雰囲気がなくない?」
ますます彼女らしくない発言だ。
「もしかして、知り合い?」
「まさか。歳も十歳近く離れてるのに」
従兄弟か、あるいは地域的に近い場所に住んでいるか、いくらかは可能性はあるがそれなら私も知っているはずだ。そうでないとすると、本当に全くの他人であるはず。
「前世からの因縁? あるいは運命のいたずら? カッコイイとか、できる人だとか、そういうんじゃなくて、なんていうか……」
「生理的に感じるもの、ってこと?」
むしろ、それなら『生理的に受け付けない』と言うのではないだろうか。彼女の評価は、どちらかというと前向きなものに聞こえたのだが。
「かなぁ。久しぶりにお父さんにあったときみたいな安心感がある、みたいな?」
やっぱり彼女の感覚は理解しがたい。
この日は、研究施設の設置場所や予算の流れ、今後のゼミの内容などの話で時間となり、解散した。
望はやはり先ほどの感覚に納得がいかず、ゼミが終わった後に教授のところへと向かった。
私は特に残る理由もなかったのでそのまま帰るつもりだったが、途中研究棟の近くでゼミに参加しなかった二宮先輩を見つけた。
「あ、九重さん」
先輩もこちらを見て手を振ってくれた。いつもヨレヨレの白衣を着てはフラフラしている。今日のゼミの欠席も卒論に必要な実験結果のレポートをまとめていたからだろう。目の下にくまを作っていた。
「また徹夜ですか? 体、大事にして下さいよ」
「堅物が服を着て歩いている君に言われたくない。これでもそこそこ寝ているさ」
「おでこに変なあとがありますよ。また机で寝てたんでしょう? 今何時か分かります?」
「ああ。朝の9時過ぎだ。今日は昼から講義があるから出るつもりなんだ」
「もう夕方ですよ。ゼミも終わりました」
先輩の動きが止まる。次いで、顔に汗が一筋。恐らくまた時計を見間違えたのだろう。
「しっかりしてくださいよ、未来の教授殿」
「……一之瀬教授、怒ってた?」
「いーえ。新しい機材を導入するとかでえらく上機嫌でしたよ」
二宮先輩は心底安心したようで、さっきよりも背が丸くなった。しゃんと立てばかなり長身なのだが、猫背が癖なのかあまりまっすぐ歩いているのを見たことがない。
「まあ、怒られないことが目的ではないからね。教授の悲願や君が見たという観測現象の解析が進むことの方こそ、ぼくとしては大切だけど」
二宮先輩には、例の平行世界観測現象の事を話している。
ゼミ生のなかでも飛びぬけて一之瀬教授の理論に近い認識を持ち、自身の理論展開も持っている数少ない学生だ。しかも、普段はあまり話をしないが研究の話題となると会話のネタが尽きることがない。周りの友人と話が合わない生活を送っていると話が合う人が極端に少なくなるところは、私と同じだ。
「じゃあ、とりあえず寝過ごしたみたいだし。もう少し籠ってくるよ」
「あ、私も行きます! また寝ちゃったりしたらどうするんですか」
なんとなく放っておけない。
きっと、話が面白いからだ。話が合うからだ。一緒にいて、苦にならないからだ。
なんとなく、これを「恋」という言葉に収めるのには抵抗があるけど、きっと近い言葉はこれなんだろう。でも今は、それはそっと心に仕舞って。
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