等間隔の時間
孤独と言う名の集合
「私、教授のゼミに入りたいんです」
私は一之瀬教授の部屋に入るなり、要望を伝えた。
「……私の授業に出ていた学生だね」
いつも白衣を着ない普段着の一之瀬教授は、私を不思議なものを見るように顔を覗き込んでくる。私自身は決して怪しくはないと思うのだが、噂通り学生側からゼミへ入りたいと言ってくるものが少ないからだろう。なにせその理由として、
「そうだな、君には相対性力学についての論文を一つ、書き上げてもらおうか」
「そ、相対性力学、ですか?」
きた、『お題』の提示。
「今うちのゼミには将来有望な学生がいるんだが、他の学生に相対性理論に熱いものがいないんだよ。君がそうなら助かる、というわけだ」
なるほど。両方の理論における識者を探しているわけか。
「それなら、こちらをご覧になっていただけますか?」
私は持参のUSBメモリを取り出し、教授に渡す。
「トップの『課題』フォルダの中に『重力波』という文書ファイルがあると思います」
パソコンに挿すまではしどろもどろだったが、いざメモリを取り付けると慣れた手つきで教授はカチカチとマウスを操作する。目的のファイルを発見するとすぐにアプリを起動し、両方の眼球を左右に走らせる。
内容は簡単ではあるが、光の動きを限定化させて重力波の観測をする、という机上の空論を書き上げたものだ。測定のための装置が必要だが、表現や方法・アプローチはかなり現実的なものを提示してある。
「ふむ…… ふむ……」
問題は、この装置がどのような方法でもって観測を行うか、などに触れておらず、単に「このような結果を観測できる装置を想定し」という、希望ばかりが書かれているため、論文と言うよりは要望書に近いかもしれない。
しかし私はこの論文でゼミに入れることを確信している。なぜなら事前に「こういう論文を書いて来いって言われるよ」とゼミ生である友人から聞いていたからだ。
「わかった。毎週月曜日と水曜日、あと土日のどちらかで行う。詳しいことは九重君に聞くといい」
一瞬、背筋が冷える。
「……私が九重の友人と申し上げたことはありませんが」
「そうだね。今は聞いていない。ただ、見えた」
「彼女と一緒にいるところを、ですか?」
「いや。君が九重君と友人である、と言ったところを、だ」
その後の会話は正直あまり覚えていない。とても奇妙すぎて、頭の中で整理がつかなかった。
先日の出来事を、土曜日のゼミ会に向かう途中で彼女……
「あー…… 多分、『見た』っていうのは教授の超能力みたいなもので、気にしなくていいよ」
刹那は苦笑いを返しながら隣を歩く。
「超能力? 本気で言ってるの?」
無気力でどこのサークルにも入らなかった刹那が急にやる気になっているのを見て興味がわいた
「
「未来視ってこと? いやにピンポイントな明晰夢を見られるのね。たまたま一緒にいたところを目撃したとかの方が、いささか現実的だと思うけど」
この大学では、他と違って教授側がゼミに入る人数や資格を制限している。そのため入学してすぐゼミに所属できるかどうかが曖昧になるため、一年次は猶予期間として入らなくてもいいし、複数に所属してもいい。そのかわり二年時からは一つに必ず所属することが決められている。刹那は
「逆に、そういった限定的というか現実的なものしかわからないの。出ないと『見えない』から」
「あ、確かに『見えた』って言ってた。何が見えたんだろう」
「そりゃ、
ああ、なるほど。
「まるで予言ね」
「見てるんだから、予言っていうより予知? 予見? うーん……」
刹那が珍しく考え込む。よりよい語彙で悩むなんて、彼女らしくない。
「まあ、ゼミに参加してれば分かると思うよ。望も『見えるようになれば』ね」
そんなことを言いながらゼミの教室に到着した。
「やあ、待っていたよお二人さん」
講義室には一之瀬教授と、他のゼミ生が数人まばらに座っている。刹那に聞いた話だと彼女以外にヘッドハンティングされた学生は二人で、同じ学年の五条君と二つ上の
(今日は二宮先輩、休みみたい)
空いている席を探して座ると、その机の上には数枚の印刷されてまとめられた資料が配られていた。
「あ、これ」
それは、私が書いた論文の一部とともに『実験装置設置工事について』と書かれていた。
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