平行世界の観測から見る、青き世界の向こう側
国見 紀行
刹那の際に
記憶の不連続性がもたらしたもの
ときどき、自分がおかしくなったのかと思うことがある。
昨日買ってきた朝ごはん、おにぎりを買ってきておいたはずなのに冷蔵庫には食パンが入っていたり、サイズが合わなくて買い直した下着が、最後まで迷ったあげく棚に戻したブルーが買い物袋に入っていたり。
少々の思い違いかと思って放っていたら、先日は友達と買い物に行く約束を思いきり忘れていたらしく、あとで携帯を確認したら確かに友達へ返信もしている。なのに自分の脳には残っていない。
アルツハイマーには早すぎるとか思っていると、実は年齢に関係ないことも分かっていよいよ自分が信用できなくなってきた矢先。
突然、ある朝に金縛りにあった。
体が動かない。目も開かない。
よく『重いものが体にのしかかっているようだ』という話を思い出したが、どちらかと言うととても深い海の底にいる感覚と言った方が的確だと思った。なんせ、全方向から力が加わり、とてつもなく苦しく感じる。
こんなときは、いつも思う。
数日前に食べようか悩んでいた果物フェアの大目玉、グレートピーチサンデー。
食べておけばよかった、と。
「何言ってるの? あんなにおいしそうに食べてたじゃん」
金縛りの話をする流れでその時の後悔を友達に話すと、なんとも奇妙な答えが返ってきた。
「……いや、食べてないけど」
「あんた、いよいよ記憶障害にでもなったんじゃない? それとも、ホイップをほっぺにつけたまま退店するまで教えなかった私たちにまだ怒ってるの?」
「え、そんなこと…… あったの?」
「こりゃ、いよいよ重症だね」
さすがにそんなことはしていない、と教えられて友達とその日は別れたが、ちょっと自分でも怖くなったので、その日から日記をつけることにした。
数日日記を書くようになって驚いたのは、日々自分がどれだけ一日を無味無臭に過ごしているかを思い知らされたことだ。
大学に行って、帰って、コンビニに行って、寝る。彼氏もいないし、趣味もない。家族はいないわけではないが、遠方の大学なので一人暮らしだ。バイトのある日だって客商売ではないから愚痴もストレスもない。はたから見れば恵まれた生活を送っていると思われるだろう。事実、金銭面や人間関係に大きな問題はない。
なので、日々の何気ないことにも最近は注意して観察するようになった。セルフ観測、とでもいうのだろう。
そんなこんなで、とりわけ大きな出来事もないまま一日が過ぎていくよりはいくらか充実した生活を送れるようになったと思う。
最初に変化したのは食べ物だ。具体的には夕飯と朝食は自炊するようになった。とは言え、最初はレトルト食品から始まっているのでコンビニ通いは相変わらずではあった。そこから簡単な料理をしてみようと思い立ち、日記のページ数でいうと一週間後くらいで自作料理に踏み切った。同じレトルト食品の羅列に耐えられなくなったからだ。
簡単なパスタ料理から始まり、数日食べられるカレー。煮物。朝食兼用の卵。アルコールが飲めない私が飲み物以外の物で冷蔵庫が溢れるようになるのに、意外と時間はかからなかった。
だが、それでも記憶の齟齬は発生していた。
カレーを作っていたはずなのにハヤシライスが鍋にできていたり、卵は賞味期限を一日間違えて三つほどダメにしたり、極めつけは何に使うか分からない調味料がキッチンに並んでいたときだ。流石に日記を読み返したが、意気揚々と創作料理のことを書いていた自分に呆れてしまった。
なぜこんな事が起きているのか。だが不思議と過去の自分の行動に怒りは湧かない。ただただ疑問に思うだけだ。
「彼氏でも作ったら? きっと普段の生活に刺激が足りないんじゃないの?」
友達はあきれ顔だ。
「……でもねぇ。なんか異性に興味がわかなくて」
これは建前でもなく本心。本能的に他人に関わることに興味が無いんだと思う。実家にいたときに過干渉された反動だと感じている。友達も、こんな私によく付き合ってくれていると感心するほどだ。
「まあ、あんたS大きっての才女って話だもんね。その辺の男なんてバカに見えて仕方ないでしょうに」
「自分が行けて一番偏差値の高いところに来ただけ。成績はたまたま。どっちかっていうと家から出たかった、が一番の理由かな」
「普通はそんなことで大学決めたりしないの。友達作りたいとか、サークル入りたいとか、将来の仕事の足掛かりにとか。
そんなものか、と思いながら次の講義の教科書を開く。後期から始まる新しい科目の授業で、この大学の目玉の教授が行っているらしい。友達に「この大学に来てこの授業を受けないのはもったいない」とまで言われたからコマを入れたが、それほど興味のそそられる内容でもない気がする。
だが、この後それすら後悔するほどの出会いに、私は人生をかけることになった
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