集束する過去と未来
「
色々あって、結局ゼミに入って三カ月が経つ。
似たような会話ばかりをし続ける教授と、似たような結果ばかりの観測を続けるばかりだ。
少々そんなゼミにマンネリ感が目立つようになって、つい教授に興味本位でくだらない会話を振ってみた。どうせまた聞かれて煙に巻かれるだけだ、と思いながら。
「一つだ。多く生まれようともいずれ平行世界は一つになる」
だから、はっきりと解答が返ってきてむしろこっちが固まってしまった。
「ど、どうして一つだとそんなにはっきりわかるんですか?」
「君は、なにかテレビ番組は見るか?」
「い、いえ、土曜シアターとかで映画は見ますけど……」
「その番組をリアルタイムで見られないとき、どうする」
「録画、しますよね普通」
「たまたま、後から知った私もその番組が見たかったとしよう」
教授は映画とか見なさそうだけど。
「さらに君が、気を利かせて録画データを私にくれたとしよう。すると、君が撮ったデータは二つになるが、君が残したデータは一つだ」
そりゃ、贈呈すればそうなるでしょうよ。
「選択が確定した世界というものは、選択した瞬間は増える。しかし、宇宙のエントロピーは増加し続けることを拒む。つまり、過去が確定したなら複数存在する必要はなくなるんだ」
ああ、なるほど。
「そういえば覚えてるかな? 世界選択権の話を」
「ええ、覚えてます。確か平行世界に選択権の譲渡を行うと、こちらの世界がなくなるやつですよね?」
言葉の意味は分からなかったが、教授がそんな話を授業でしていたのだけは覚えている。
「いいゼミ生だ。直近の平行世界へは簡単な観測と譲渡で変えることができるが、遥か彼方の過去へは戻れない。これは、観測者の経験が関係しているからだと思っている」
変えたい選択を認識できる観測者のみが、変えたい過去へ行くことができる、ということなんだろう。
「だから、その世界での観測者が過去を認識できなくなった状態では過去へ行くことができなくなるなら、限度を超えた昔の過去へは干渉できなくなる。つまり確定した平行世界は一つへ収束していくのが当然だろう。譲渡した録画データを欲しがる人間は、その録画データが何であるかを知ったり興味を持ったりしない限り、当の本人以外には存在していないに等しいからな」
時々この教授のものの例え方が上手すぎて詐欺師に騙されているんじゃないかと思う。
「でも、今でも歴史の教科書は修正や補足が多くされていますよ?」
「歴史は過去じゃない。歴史と言う名の学問だ。思い違い、観測間違い、新事実の発覚など、当の時代を生きていない人間が当時を語ることに意味はない。
今日の教授は饒舌だ。普段はこんなに話がはずんだりしない。
「教授は、過去に行きたいと思ったことはないんですか?」
「君は、数ある
う、っと声が詰まる。
「幾多もの平行世界では君と出会っていない私がいて、この大学を選んでいない君がどこかにいて、それでも出会っているかもしれない世界もあるだろう。平行世界の可能性は無限にあるが、今君がここにいて私のゼミにいるという事実は、きっと誰かに仕組まれて存在している世界かもしれない。私が選択したかもしれない。君がかつて選択したかった世界かもしれない。未来から、こうなってほしいと願った君が、今の君を動かしている可能性を、今まさに君が完全否定できるなら、それはとても面白い仮説だと私は絶賛しよう」
要するに、変えたい過去はないと言いたいんだろう。
「要するに、変えたいと考えた時点でもう世界は変わっている」
いや、ちょっと違った。
「実際に変えられるかどうかは問題ではないんだよ。それは証明ができない。なら、唯一証明できる現在から未来への選択でもって、自身の選択は未来の自分が送った信号や経験の植え付けによって発生したものではなく、今まさに自分が考えて行動して行っている、と結論付ける方が、より建設的で前向きだ、と言いたいんだ」
「それって、このゼミの研究と矛盾しません?」
――この「一之瀬ゼミ」は、『過去を観測する』ことを目標に存在している。
大それた研究対象ではあるが、入るだけで単位がもらえるゼミはそうそうない。なんせ、入る条件が相対性理論と量子力学論、両方で博士号がもらえるレベルの論文を教授に提出し、許可をもらわないといけない。どちらかを修めるだけで大学程度卒業できるのに、卒業する前に教授二人分の知識を要求するゼミって、なんなんだ。
「同一個体の量子分裂がもっと簡単にに実現可能なら、平行世界を跨ぐだけで過去へ行ける。ただ、記憶の受け渡しや倫理的な理由から実験には移れないし、量子分裂を任意で行うことができる研究となると、それだけでノーベル賞がもらえると思わんかね? 別にゼミ生の君たちに実現させろ、というのが目的ではない。八割くらいは私の道楽みたいなものだ」
対象がまともでないなら教授もまたまともではない。だけど、こうした何気ない会話の端々に、ちょっとした可能性と期待が生まれていくのを感じることは否定できない。別に変えたい過去があるとかではないし、教授の話はときどきちんぷんかんぷんだ。恐らく、子供の頃に読んだ難しい内容を理解できた時の快感が、頭の中をぐるぐると巡っているからだろう。分からないことが分かったときと言うのは、何物にも代えがたいものだ。
きっと教授も、そういう快感を知ってしまい、抜けだすことをやめてしまった人間なんだ、とこの時はそれ以上のことを考えるのをやめてしまった。
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