幼馴染みとの再会 ― 裏

「ふふっ……あははっ! やった、やったやったやった! 嘘みたい!」


 日が沈み、夜の帳が下りはじめたクルリラの村。石畳の上をスキップするように駆けながら、夕やけの林檎亭を後にしたわたしは家への道を急いだ。


 瞼を閉じ、脳裏に奇跡的な再会を果たした幼馴染みの顔を思い浮かべる。


 ハルト君。わたしの大事な大事な大事な大事な幼馴染み! まさかクルリラに戻ってきてくれるなんて!!


 まったく、小躍りしたい気分だった。気分どころか、むしろ小躍りしているけれど。石畳の上でわたしの脚は華麗にタップを踏んでいる。


 六年前にご両親が亡くられてから村を出て行ってしまったハルト君。当時いちばん仲が良かった――と自負している――わたしにすら行き先を告げずに村から姿を消してしまったハルト君。根暗で引っ込みがちだったわたしをいつも気にかけてくれていた、優しく明るいハルト君。


 彼が村を出ていったと聞いたときは、それはそれはショックだった。当然のことながら再会を諦めてなどいなかったけれど、もう一度顔を合わせるにしても、正直もう少し時間がかかると思っていた。

 

 あと三年くらいクルリラで働いて、王国でいちばん人が集まる王都に出てハルト君の手掛かりを探すだけのお金を貯めるつもりだったのに。


「それが向こうから戻ってきてくれるなんて……!」


 望外の結果だ。この上ない展開と言っても良い。むしろ運命と言った方が適切だろう。やっぱりわたしたちは、このクルリラに生まれた時から結ばれることが確定している仲だったのだ。


「このためにわたし、たくさんたくさん努力したんだよハルト君」


 いつかハルト君に再会したとき、彼に恥じない女性であるために、わたしはいろいろなことを学んだ。男の子が好きな性格、お化粧、立ち振る舞い、その他もろもろ。


 わたしはハルト君が店に足を踏み入れた瞬間に誰だかわかったというのに、ハルト君の方はわたしのことがわかっていなかったのは少し減点。でも、それだけわたしが昔とは見違えたということなのだろう。


「ハルト君、わたしの胸ばっかり見てたし」


 まあ、悪い気はしないけど。ハルト君にだったらいくら見られたって減るものじゃない。ハルト君以外の有象無象に下卑た視線を向けられるのは鬱陶しいが。


 冒険者たちに近いところで仕事をしていれば、ハルト君の情報が手に入るかもしれないと思って夕やけの林檎亭で働いていたけれど、情報源に過ぎない冒険者たちに言い寄られることが多くなったのは誤算だった。結局、働いてるうちはハルト君に関する何の情報も得られなかったし。


「それにしてもハルト君、カッコよくなってたなぁ……」


 ふへへ、とだらしない笑みが漏れ出しそうになるのを必死に抑える。


 幼い頃から整った顔立ちだったハルト君だけど、六年の間によりいっそう精悍になっていた。背も伸びて、細身ながらも筋肉質になった体つきは村にたむろする冒険者たちと遜色ない。


 ハルト君のいう『ヤバい女』。そいつのせいで大事なハルト君の体のそこかしこに傷痕が残っていたのは看過できないが、その傷痕もなんだかんだでハルト君のカッコ良さをプラスするアクセントになっているような気もして複雑だ。


「もう少し話したかったけど……焦りは禁物だよね……」


 夕やけの林檎亭で言葉を交わしているときは、喜びが内心で渦巻きすぎてあまりグイグイいけなかったのは反省点だ。正直いまも後ろ髪は引かれている。


 他にも気になることはいくつかあった。ハルト君が口に出した「フェイ」という名前。彼女は確か、一年くらい前にこのクルリラにやって来た女だ。



「……そしてハルト君の家に住み着いてる害虫」



 ハルト君のことを考えているうち、わたしはかつての彼の生家の前までたどり着いていた。


 村の中でもひときわ古い建物となったその家には、件のフェイなる女が我が物顔で住み着いている。彼女は村長から買い取った家の正当な権利書を持っているから、直接わたしがどうこうすることは出来ない。


 だけど、ハルト君の思い出が詰まっている家に何処の馬の骨ともしれない女が住んでいるという事実と、そんな女の名前がハルト君の口から出てきたという事実は、わたしをひどく苛つかせた。


(ハルト君の知り合いなのかな? ハルト君の家に住んでる理由と何か関係でもあるのか……わからないけど、いやな感じがする……)


 ため息を吐いて、わたしはフェイの住居となってしまった家を横目に通り過ぎる。いつの日だったか、急に王都の方からやって来たあの女騎士。あの女からはなんだかいやな匂いがするのだ。思い過ごしであればいいけれど。


「はあ、だめだめ。せっかく良いことがあったんだから切り替えないとねっ」


 フェイの家を越えると、わたしの家は近い。家では六年の間、わたしの孤独を埋めてくれたのライナスが待っている。ハルト君は当然大事だが、もちろんライナスも大事だ。


(いつかライナスにもハルト君を紹介してあげないと)


「……待て、クレア」


 ハルト君と戯れるライナスを幻視しながら軽快な気分で走るわたし。その行く手を遮るように、道端からひとつの大きな影が現れた。


 低く太いその声を聞くだけで、わたしはげんなりした気分になる。ああ、面倒臭い。もうすぐ家に着くところでコイツに出会うなんて最悪だ。不機嫌が伝わるように、わたしはなるたけ低い声で名前を返す。


「……なに、ゴードン」


「なにじゃないだろう、クレア。こんな夜中に」


 わたしの目の前に現れたのは、同年代の村人であるゴードン。


 彼はハルト君と同じく、わたしの幼馴染みにあたる。まあわたしにとって大事な幼馴染みはハルト君だけなので、ゴードンとの関係性なんてどうでもいいんだけれど。


 かつてガキ大将としてクルリラに君臨していたゴードンは、現在はクルリラの自警団長として君臨していた。冒険者が増えたことで少し悪くなった村の治安を守るべく日夜活動しているらしい。


「勝手知りたる村の中とはいえ、お前みたいな女はひとりで出歩かないほうがいい」


「はいはい。ご忠告ありがとう」


「おいクレア。俺はお前が酒場なんかで働くことも反対なんだぞ」


 自警団の理念については称賛すべきだろうが、だからといって毎度毎度、夜中に顔を合わせるたびに説教を垂れられるのは良い気分がするものではない。


「そう。レベッカとかリィズにも同じこと言ったら?」


「あいつらには守ってくれる彼氏がいるだろう」


「独り身の可哀想な女で悪うございました」


 それにそもそも、ゴードンからは心配を装った下心が透けて見えるのだ。幼馴染みの身を案じている体を取っているが、ほかの幼馴染みには口を出さず、わたしにしかこんなことを言わないのだから、わかりやすいことこの上ない。


 わたしの気を引いて、あわよくば関係を持ちたいだけだ。自警団長サマも、そこらにいる冒険者と考えていることは変わらない。


「家まで送るぞ」


「気持ちだけもらっておくよ、ゴードン」


 本音を言えば、気持ちだってもらいたいとも思わない。


 せっかくハルト君と再会できて浮ついた気分でいたのに、フェイやらゴードンやらのせいでどんどん気分が盛り下がっていくようだ。


 幼い頃はわたしをからかったりいじめてたりしてたくせして、いざこちらが成長したとたんに「俺が守ってやらなきゃ」みたいな態度を出されても何も響くものはない。なぜそれがわからないのか。


「クレア、俺はお前を心配してだな……」


 言って、ゴードンが一歩こちらに踏み出してきた。わたしの頭よりふたつかみっつは高い巨体がわたしを見下ろすように立っていて、さすがに威圧感がある。


 しかし、こうやって迫って来るのがハルト君だったら喜んで身を捧げるのに。現実ではゴードンとか他の冒険者なのだから涙が出そうだ。


「だいたい、この前も冒険者たちに言い寄られていただろう。あの時は俺が間に入ったからなんとかなったが……」


「ああ、あったね」


 先日、昼間に村を歩いているとき、冒険者二人組に言い寄られたことがあった。人通りもあまりなかったのでどうやってしようか悩んで黙っていたのだけれど、どうもその態度を押せば行けるものと勘違いされたらしい。冒険者の片割れがわたしの腕を取ったその瞬間、ゴードンが乱入してきたのだ。


 見た目が厳つい自警団長の登場で冒険者たちは踵を返して消えていったけれど、どうやらゴードンとしては、あの出来事はわたしを窮地から救った成功体験として記憶されているようだ。わたしとしては、なんであのピンポイントなタイミングでゴードンが乱入できたのか不思議で仕方がないけど。さては陰でずっと見てたのか。


「もし冒険者に言い寄られたり迫られたりしたらすぐに言え。俺が守ってやるから……」


「……ん?」 


「お前は……その、美人だから……冒険者たちの目を引くだろうし……」


「いや……、あー、そうか……」


「おい、クレア?」


 頬を掻きながら視線を逸らしたゴードンが何か言っていたが、わたしの耳には一言も届いていなかった。それよりも、その前のゴードンの発言を聞いて少し考えることがある。


 今がまさにだが、わたしはけっこう男に言い寄られることが多いたちだ。これがまた非常に面倒で、穏便に事を終わらせるのもわりと労力を使うイベントなのだが。


 ハルト君がクルリラに戻ってきた今、こんなに美味しい出来事はないのではないだろうか?


 結構長い間酒場で働いていたし、実はたまにダンジョンに潜るので、わたしはその身なりや立ち振る舞いから冒険者の実力を多少なりとて測ることが出来る。


 そのわたしの眼に、ハルト君はけっこうな実力者として映った。きっとクルリラを拠点としている冒険者の大半に、彼なら難なく勝てるだろう。


 それだけの実力と彼の性格。このふたつから、あるひとつの推論が導き出せないだろうか。


(わたしが冒険者に言い寄られたり迫られたりしたときにハルト君がそばにいたら、きっとそれを見咎めて、わたしを守ろうと何らかの行動を起こしてくれるんじゃないのかな……?)


 ということは、普段だったらしち面倒くさいナンパイベントが、ハルト君のカッコいいところを間近で見れる最高のイベントに化けるということだ。


 ――あ、最高だ。



「……たまには役に立つね、ゴードン」


「お、おう、そうか!? ……え、たまに?」


 珍しく気づきを与えてくれたゴードンに礼を述べ、わたしは彼の隣をするりと抜けてライナスが待つ家へと急ぐ。背中から何をか叫んでいるゴードンの声が聞こえたがどうでもいい。


 どうやってハルト君のカッコいいところを見よう。というかどうやって彼の目の前でほかの有象無象どもに言い寄られてみせるべきか。


 いや、それもいいけどハルト君にお料理作ってあげるのもいいよね。せっかくだしわたしの血とか入れるのもいいかも。ハルト君がわたしの一部を取り込んでくれると考えるだけでゾクゾクしてたまらない。ああ、いろいろ夢が広がるなあ。


「ふふふ……」


 ありがとうハルト君。ハルト君がクルリラに帰って来てくれて、本当によかった!

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