変わり果てた故郷
「あれ? ここクルリラだよね……?」
王都のはずれ、≪剣聖≫の庵と呼ばれるセツナ様の家を発ってから一週間ほど。僕は生まれ故郷であるクルリラの村まで戻って来ていたのだけれど、そこで目に飛び込んできた景色がどうにも僕の記憶の中にある村と一致しなくて、思わず疑問が口を衝いて出てきてしまった。
僕の故郷クルリラは、王国の西側に存在する村だ。ちょっとした町程度の大きさはあったけれど、煉瓦造りの建物なんて村長さんの家くらいしかなかったはず。
だというのに、僕の視界には、村の建物のほとんどが煉瓦造りに生まれ変わり、村を走る路地には石畳が敷かれている街並みが鮮明に映っている。クルリラはもっと木造建築が多くて、そこらへん原っぱだらけのド田舎村だったはずなのに。
六年故郷を離れただけで、こんなに変わるもの?
僕がセツナ様のお世話をしながら日々死にかけているうちに、クルリラ村は王都レベルの街並みに進化を遂げてしまったのか。なんだか置いて行かれた気分だ。
「しかもなんでこんなに人が多いんだ……?」
村の入り口にぼっ立ちする僕は、村を歩く人々の、その数の多さにも疑問を持った。クルリラは貧しい村だったから、働き手は基本王都とかに出稼ぎに行っていて、村にはお年寄りか子供かくらいしかいなかったはず。
なのに、今のクルリラには僕と同じ年頃の男女がたくさん歩いているではないか。彼らはみんな、程度は違えど鎧をはじめとした防具を身に着け、ガチャガチャと武器を鳴らしながら村の大通りを闊歩していた。
こういう装いをした若者に、僕は見覚えがあった。冒険者だ。
魔物討伐、薬草採集、重いものは戦争への参陣、軽いものは失せ猫の捜索。この世のありとあらゆる類の、人々のお悩みを解決し、その対価に報酬を得る。その日暮らしの根無し草。保護者の皆さんが子供にやらせたくない職業ナンバーワンと名高い冒険者が、クルリラの村に詰めていた。
「不思議だ。冒険者は金の匂いがあるところにしか集まらないはずなのに」
特産はリンゴと羊の乳くらいしかないクルリラ村に、金に聡い冒険者がこんなに集まるなんて。クルリラの近くにダンジョンが発生したとかで、この村が拠点として便利になったから人が集まってきたのだろうか。なんかありそうな気がする。
「しかしこれだけ人が多いとクレアを探すのもひと苦労だね」
クルリラ村が僕の知る通りの田舎村だったら、住民の数も知れているから僕がいま一番会いたい女の子であるクレアをすぐ見つけることもできただろうけど。こうも人が多いとクレアに会うのも難しそうだ。
「というかそもそもクレアがこの村にいるのかどうかも定かではないんだった……」
セツナ様の元から逃げ出すのとクレアに会うことで頭がいっぱい過ぎて、勢いで突っ走りすぎてしまった。
そういえばセツナ様はどうしているかな。僕みたいな小間使いがいないでまともに暮らしていけるのかちょっと心配な気持ちがないわけではなかったけれど、あの人もいい年齢なんだしそろそろ自立してもらわないと。
そう、これは僕の愛のムチなんですよセツナ様。だから許してくれるね。ありがとう。
「おっといけない……いまだに小間使いの癖が抜けてないぞ僕」
もう僕はセツナ様の小間使いじゃない。失った青春を取り戻すためにこのクルリラに戻ってきたのだから、あのヤバい女のことはいったん頭の片隅に追いやろう。
とにかくいまは、この変わってしまったクルリラで幼馴染みのクレアを探そう。彼女を見つけ出して、あの時の約束がまだ有効かを彼女に尋ねるんだ。僕の幸せな家族計画のために!
クレアとの六年ぶりの再会を夢見て、僕はうきうきした気分でクルリラの村へ足を踏み出した。そして、六年前とあまりに様変わりした村の街並みの前に敗北を喫し、僕は道に迷った。
「……仕方ないよ。だって僕ずっと王都のはずれの森の中で暮らしてたんだもん」
喜び勇んで足を進めたのにさっそく迷子になってしまった。そんな気恥ずかしさをごまかすため、独り言をつぶやきながら僕は村の中を歩く。
ぶつぶつ自分に言い訳を重ねながら歩く僕を見て冒険者たちが訝しむような視線を向けてきたが、僕にとってはクレアに会うことが現状第一優先目標なので気にならなかった。嘘。ちょっと気になったので声のトーンは落とした。
冒険者たち向けの食事処や宿、露店、鍛冶屋などが軒を並べているクルリラは、本当に僕の記憶にある村とは異なっている。もはやクルリラの街と呼べるほどの変わりよう。
「……ご先祖様が頑張って拓いた村がここまで栄えたんだから、喜ばしいことかもね」
僕のじいさんのじいさんのじいさんはこのクルリラ村を開拓した最初の移住者のひとりで、僕のじいさんの口癖は「この家系は代々クルリラで生まれてクルリラで死ぬんじゃ。家を大事にせい」だった。
じいさんの口癖にあやまたず、僕の両親もクルリラで死んだ。けれど僕は両親が死んだ直後にこの村を出てしまったから、幼い頃に暮らしていた家がどうなったかを知らない。
クルリラが変わり果ててしまったいま、かつての生家がどうなっているのか。じいさんの口癖を思い出したらなんだか無性に気になってきた。
「じいさんがあんだけ大事にしろって言ってた家なのに今まで忘れてたよ……」
だから僕はまず、クレアの前に自分の家を探すことに決めた。生まれ故郷の村で宿を借りるのも金が勿体ないし、仮に家が取りつぶされてたりでもしてたらじいさんに顔向けできない。
しかし、僕の家系はクルリラで生まれてクルリラで死ぬ、か。僕はセツナ様の無茶ぶりに振り回されても死ぬことなく、結局じいさんの口癖通りこの村に戻ってきた。これってつまり幼馴染みのクレアと結ばれてこの村に骨を埋めることの予言だったりしないかな。
そんな益体もないことを考えながら通りを歩いているうち、僕の脳裏になんとなくかつてのクルリラ村の風景が蘇ってくる。この道は覚えがあるな。とすると僕の生家は、
「あれだ」
村のメインストリートからちょっと外れたところに建っている、僕の生家。煉瓦造りの建物が主になったクルリラの中で、まだ村だった時代の趣を残す粗末な木組みの家。
あ、やば。なんだかいろいろとこみ上げてきそうで、ちょっと泣きそうだ。僕は目元をごしごしとこすって、改めて懐かしの我が家を見つめた。
六年ぶりに見る我が家は、僕が村を出たばかりのころより小さく見えた。いや、僕が大きくなったのかな。
「懐かしいなあ……」
しみじみ呟きながら、僕は家の玄関へと向かった。六年も放っておいたから、中は相当埃っぽいことになっていそうだ。
セツナ様の元で身に着けた掃除の腕が鳴るな、なんてことを考えつつ玄関の扉を開ける。瞬間、殺気を感じて僕は頭を屈めた。
先ほどまで僕の首があったところを、一条の銀が煌めき通り過ぎていく。剣の横薙ぎだ。どうやら僕の生家には望まれざる先客がいるらしい。
玄関から居間の方へ素早く前転。見えざる敵の追撃を避けるために距離を取る。
仕切り直せるだけの距離を離せたところで片膝立ちになり、僕は腰に佩いた東方風の剣の柄に手をかけた。
この剣は、基本ダメ人間だったセツナ様が僕にくれた数少ない贈り物のひとつ。五人の賊を斬り捨てた時も、ダンジョンで魔物たちを四時間斬り続けた時も、僕の手元にあった逸品だ。
「誰だか知らないけど、人の家に上がり込んで家主の首を狙うなんて恥知らずじゃないかな」
言いながら、僕は家の中に視線を素早く走らせる。玄関の扉のすぐ横に、僕の首を狙ってきた下手人の人影があった。
そのシルエットは女性のものだ。少しくすんだ王国騎士の鎧に身を纏い、王国騎士の制式剣を片手に持っていた。アッシュグレーの髪の毛を肩口近くで切り揃え、切れ目で涼しげな視線を僕に送ってくる彼女。口元に何だか妙に厭らしい笑みを張り付けているその立ち姿を見て、僕は呻いた。
僕は彼女を知っている。彼女も僕を知っている。それはもう、知りすぎているほどに知っている。
「……なんで君がここにいるんだ、フェイ」
「……ここがあたしの家で、いまの家主はあたしだからよ、ハル?」
剣の切っ先をこちらに向け、妖艶に笑ってみせる女騎士。
王国の不良騎士、フェイ・シンクレア。かつて僕と恋仲にあった……元カノ女騎士が何故か僕の生家にいた。
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