エピローグ
葦名律が墓に向かうと、葦名家の墓の前に先客がいた。
遠目でも分かった。神代結歌だ。
彼女はベージュ色のカーディガンとスカートに白のインナーを着ている。顔にはマスク。
以前に彼女にここで会ったとき、彼女は夏服を着ていた。
あれから時が経ち、もう十月半ば。かなり涼しくなった。自分も長袖のトレーナーだ。
墓の前で彼女の横に並んだところで声をかける。
「神代さん。うちの墓に手を合わせてくれて、ありがとう」
神代が葦名を見る。
「ここに来ると、葦名君に二人きりで話せると思いました」
神代の顔は、金曜日の夜にビデオ通話で見たときと同様に明るい。話の内容は悪くないかもしれない。
「そっか」
軽く答えて、彼女が語るのを待った。彼女はゆっくり語り始める。
「神代家は、どうなるか分かりません。母さんは、仕事を失った父さんとは離婚すると言っています。兄さんの様子は、今はまだ語れません。それでも、父さんは今までの自分の振るまいと向き合うようになりました。神代家は、当たり前の家庭に、少し近づいた気がします」
神代は、葦名に聞こえるように、そして自分に言い聞かせるように、語る。
「神代家は限界に来ていたんです。大変な損害を受けましたが、ちょうどいいところで止める手が入ってくれました。そう思うんです。それで……」
神代がゆっくりと、しかし、たしかに語る。
「私は、短歌と、神様と約束する方法ではなく、純粋に言葉として向き合いたいんです。それで、歌会に入りたいと思います。そして……」
神代は改めて葦名の目を見る。
「そのとき、隣に葦名君がいたらうれしいです。これは私のわがままです。無理でしたらそうおっしゃってください」
神代は、そこで口を閉じた。彼女の目は、今までのように押し切るときとは違う、柔らかい目をしている。彼女は、じっと、葦名の言葉を待つ。
葦名律は思う。神代は変わったと。それでは、自分はどうするか。
損害を受けたのは葦名家も同じだ。父はもうすぐ退院するがリハビリが続く見通しだ。今は会社を休職しているものの、休職中に運動機能が戻らなければ失業する。自分は大学に行けるのか分からない。それどころか、今すぐにでもバイトを始めなければいけないかもしれない。経済的に困窮しているのは神代家以上。遊びに時間を使う暇なはい。
それでも……
葦名律は「葦名家代々之墓」と書かれた墓石に目をやる。脳裏にある母の笑顔の、輪郭がぼやけ始めていることに気づく。
葦名律は神代結歌に向き直る。
「いいよ」
葦名律は、人間である神代結歌と約束した。
神様と約束する方法 村乃枯草 @muranokarekusa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます