俺のかたまり③

 不格好なかたまりに白い羊毛をつぎ足し、何度もニードルで刺して整えた。


 それから、マンゴーカラーの羊毛をこれでもかというくらい丹念にほぐし、少しずつ少しずつ刺しつける。


 ただひたすらブスブスやるのではなく、浅く優しく何度もつついた。


 こうすることで、表面が固くなりすぎたり、刺した穴が目立って汚く見えてしまうのを防げるのだと、さっきネットの記事で見た。


「よし、仕上げだ」


 別の色で作った手足と顔のパーツを、バランスを見ながら慎重に付けていく。


 かたまりがマンゴーくんになった。


 ……けっこういい出来なんじゃなかろうか。


 こんなに丁寧に作業をしたのは初めてだった。


 はじめは怒らせないようにおそるおそるやっていたが、刺しているうちにだんだんと愛着がわいて、心なしか手つきも優しくなっていた。


「できたよ。どこからどう見てもマンゴーくんだ」


「……」


「か、かわいいよ?」


「うれしい」


 かたまり――あらため、マンゴーくんがぽつりと言った。


 無事に完成させたことで、満足したみたいだ。


 これで、成仏(?)してくれるといいんだが。


「これからも……」


「ん?」


「あたしだけをさしてね」


「はい?」


「ほかのコをちくちくするなんてゆるさない」


「いや、もう完成なんですけど……」


 っていうか、マンゴーくんじゃなくてマンゴーちゃんだったみたいだ。


 失礼しました。


「ちくちくして。あたしだけ」


「いや、だから……完成したんだし、もうチクチクはしな……痛ァアア!?」


 マンゴーちゃんを持つ手に鋭い痛みが走った。


 思わず取り落としそうになる。


 マンゴーちゃんは俺の手のひらで何度か跳ねたのち、再び両手の中に収まった。


「ちょ、なにこれ……」


 マンゴーちゃんの背中から、ニードルの先端が突き出していた。


 どういうことだ。折れたニードルは、さっき摘出したはずだぞ。


「……あの、マンゴー……ちゃん?」


「ちくちく」


「へ」


「ちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちくちく」


◆◆◆◆◆◆


 それから三ヶ月が経った。


 俺は相変わらず、羊毛フェルトを続けている。

 だがもう、それは趣味とか娯楽じゃない。


 義務。


 俺の力作であるマンゴーちゃんは、かたまりに戻っていた。


 彼女の望み通り毎日刺していたら、固くなりすぎてニードルが折れるようになってしまったからだ。


 ずっと刺し続けるためには、新たに羊毛をつぎ足し続けなければならない。


 足して刺して、固くなったら、また足す。


 繰り返しているうちに、マンゴーちゃんは原形を留められなくなってしまった。


 はじめはリボンやお花のパーツを作ってつけてあげようと思った。


 でも、俺が他のパーツを“ちくちく”することは彼女にとっては地雷だったみたいで、いつの間にか中に埋まっていたニードルに指や背中を血だらけにされた。


 毎日毎日、俺は彼女が『いいよ』というまで刺し続ける。


 羊毛を触らない日なんてない。


 かたまりはだんだん大きくなって、今ではサッカーボール大にまで育った。


 正直置き場所に困るし、そろそろ終わりにしたい。


 でも……。


「ちくちく」


「あー、はいはい」


 要求を無視して“ちくちく”をサボると、家にあるが行方不明になる。


 一度ケンカをして、彼女の中から果物の皮むき用のミニ包丁が出て来たとき、俺は逆らうことを諦めた。


「ちくちく」


 今でも、この声を聞くと全身に緊張がはしる。


 だけど。


「はいはい。今日は何色にする?」


 どんどん肥大していく彼女の姿は、まるで俺の手料理でふとっていく恋人みたいで、なんだかかわいらしくもあるのだった。


END

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俺のかたまり(ホラー短編集) 神庭 @kakuIvuki

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